~~お別れは、いわないつもりだったけど~~
思ってもなかったギルダーさんの言葉に、ぼくたちは驚いた。
『ちょ……なんでなのよ。先生は……』
『先生は優しいから俺なんかを、兄貴みたいに思ってくれてたけど、ホンモノの兄貴はちゃんといるんだ。
それに――
先生には、キレイで可愛いヨメさんがいる。
そのシアワセは壊せねえよ。
いくら俺がしょーもねー変態くそおやじだって。
あそこにかえったって、俺の居場所はねえんだよ。
ハナから、なかったのに、気づかないふりしてた。
けど、ふっきれた。
ふっきれたんだよ、これで』
『そん……な。
だったら、何で……』
そう。だったらなんで、顔が熱いんだ。
『っと……カンチガイすんなって。雨だよ。雨なんだこいつは』
雨が、熱いよ。
ほっぺたが、熱い――
「ギルダーさーん!!」「ギルダーさん!!」
そのときばしゃばしゃ、と駆け寄る足音とともに後ろから声をかけられた。
ロビンとリアナ(肩の上にはミュー)だ。
ふたりは息を切らせてぼく(たち)の前に立った。
「ギルダーさん! なんで死んだだなんて、……
それに、居場所がないなんて、……そんなことない。
先生はあなたのことをあなたとして好きなんだ。お兄さんの代わりなんかじゃない。このままいなくなったら、だれが先生のご飯作ってあげるんだ。あんなメシ俺には作れない。ソフィアさんは仕事もあるし、ギルダーさんが、いてくれれば、……」
ロビンは言いながら泣いていた。
「わたしも……同感ですわ。
せめて、ごあいさつくらいなさってからでも……」
リアナの美しい瞳にもいっぱいの涙がたまっている。
『そうだニャ。おまえ急にそんな寂しいこというニャ。お猫さまを泣かせるヤツは万死に値するにゃん。だから早まるニャ!』
ミューも肩に飛び乗ってきた。すりすりと顔をすりつけてめいっぱいに甘える。
『あのよ、お前ら。……
俺は、しょーもねーくそおやじだけどよ。
せめて退場くらいはサクッと華麗に決めさせてくれ。
俺のために泣いてくれてるやつらがいるうちに』
ギルダーさんは手を伸ばし、ぼくたちをみんないっぺんにぎゅっと抱きしめた。
そして、ミューを撫でるとリアナに渡し、歩き出した。
『え。先生!』
だけどおどろいて立ち止まった。そこにはフェリペ先生が立っていたからだ。
先生はギルダーさんに歩み寄り、もっていた傘を差しかける。
そして静かな微笑みで言った。
「ギルダーさん。
……天国へいかれるんですか」
『心残りは果たしたんです。俺はもう行かなきゃならない。
短い間だったけど……ありがとう、…… ございましたっ!!』
そのときギルダーさんがはじめて泣き崩れた。
先生はしゃがみこんで肩を抱く。
「ギルダーさん。泣かないでください。
何も永遠の別れじゃないんです。
天国に行ったら、神様にお願いして……
僕の息子として生まれてきてください。
そうすればまた、一緒にいられるじゃないですか。
ほんとの、ギルダーさんは、……やさしくて、いいひと、ですから……
ソフィアとも、きっと、なかよく、……なれます……から……」
そして先生も泣き出した。
ギルダーさんのそばにひざをついて、今度は顔を隠すことなく、ぼろぼろと涙をこぼして。
「握……手、しましょ、う。
約束の、握手です」
『……っ………』
しゃくりあげながら先生が言う。
ギルダーさんは嗚咽してしまってしゃべれない。
言葉のかわりに両手を差し出す。
雨の中傘が落ちた。
二人は、固く固く、気持ちの全部を握りこむように、握手を交わした。
その手がどちらからともなく解けたとき、ギルダーさんの魂は、ぼくの身体から抜け出した。
『先生。俺のロケット、もらってください。
約束の印です』
「わかりました。お元気で、ギルダーさん」
『先生も!!』
泣き笑いで手を振りながら、ギルダーさんは天に昇っていった。
その後も少しだけ、ぼくたちは先生のお手伝いをした。
スタッフがいきなりいなくなっては、困るだろう。
新しいスタッフが見つかるか、ソフィアさんの仕事がひと段落し、この医院のお手伝いができるようになるまで、と。
結局先生は新しいスタッフを募集せず、ぼくたちはソフィアさんに引継ぎをして、この街を出ることにした。
その日はすっきりと晴れていい天気。
ぼくたちは先生たちに見送られて馬車に乗った。
行き先は、隣の町、ピルスナー。
そこでぼくたちは、予想もしなかったすごいものを目にすることになる。