Act1-2. 行き倒れさんと人探ししてお医者様の助手になって別の街の恋人さんに花を届けてしごとの引継ぎをして街を出るまで。


Act1-2. 行き倒れさんと人探ししてお医者様の助手になって別の街の恋人さんに花を届けてしごとの引継ぎをして街を出るまで。


~~ソウルイーターのこと~~

 そのとき、ノックの音とともに、お医者様が入ってきた。
「皆さん落ち着いてください。どうされたんですか、クレフさん?」
 するとギルダーさんは泣きながらお医者様のひざにすがった。
『おれが……おれが……死んでる………
 先生。俺、お化けになっちまったあ………!!』
「お、落ち着いてくださいクレフさん。あなたは生きてますよ」
『違う、俺……』
「まさか、……ギルダーさん……」
『そうだよ! ギルダーだよ!!
 お化けになってこいつに取り付いちゃったんだ!! 頼む、たすけてくれ!!!』
 信じがたい、といった様子で目をむく先生。
 リアナが安心させるように微笑む。
「大丈夫ですわ。
 心の落ち着くお茶を飲みながら、ひとつずつお話しましょう、先生、ギルダーさん」


 そしてリアナは、二人にソウルイーターのことを話した。


 ソウルイーター。むかし、この国のために戦った特殊な能力を持つ人々。
 自分か相手の生命に危険が迫ると、相手の生命と魂を、自分のなかに吸い取る。
 吸い取った生命のチカラはソウルイーターの肉体にチカラを与え、同時に魂の主が生前もっていた能力も使えるようになる。
 そんな、戦場においては無敵の能力を持った彼らは、逆にそれゆえ平時には、ときの権力者たちに疎まれた。
 そして命じられた――
『国を出て、“輝ける神”の棲む、禁足地へゆけ』と。

 禁足地を汚せば神に殺される。地上に住むだれも“輝ける神”にはかなわない。
 事実上の死刑宣告だ。
 しかし辿り着いたさきでソウルイーターたちは驚いた。
“輝ける神”は彼らを迎えて言ったのだ。
『おまえたちは我らが仲間、神族である。
 これからはこの地をふるさととするがいい。
 心身の傷がいえたら旅に出よ。
 そのチカラをもって、無念を残した死者の魂を、その身に受け入れ救ってやるために』
 それがお前たちに与えられた、真の使命、生きる意味だ――と。

 ぼくたちは彼らの末えいだ。
 それぞれいきさつは違うけれど、輝ける神の禁足地に集い、使命のために旅立ったことは同じだ。
 そしていま、ぼくたちはここにいる。


「つまり、ギルダーさんは、……
 クレフさんに助けていただいたんですね。心残りを果たすために」
「えっと……そういうことに…なるのかな……」
『冗談だろ? こいつと飲み比べなんかしなきゃ俺は』
「おい」
「ギルダーさん!」
 ロビンが口を開こうとした、そのときに滑り込んできたのは、お医者様の声だった。
「このままでは先が長くないといわれながら、それでもお酒をやめなかったのはどなたですか?
 昼間倒れたばかりだというのに、酒場で相手を挑発し、飲み比べの勝負を始めたのはどなたでしたか?
 あなたというひとは。本当に、後先も周りのことも考えないで。
 親兄弟じゃないかも知れませんが、心配している人間だってあなたには、……
 すみません、ちょっとだけ失礼します」
『……ゴメン、先生』
 お医者様は目元を片手で覆ってうつむき、席を立ってしまった。
 ギルダーさんは消え入りそうな声で、その背中に謝っていた。



~~新生活(まずは入院させられた)~~

「それで、皆さん。これからいかがなさいますか?」
 戻ってきたお医者様は、すっかり元通りの笑顔になっていた。
「ギルダーさんのお心残りは、あのロケットの女性を探すことですよね。
 もしよろしければ、うちを拠点になさいませんか?
 ギルダーさんはしょっちゅうここに運び込まれてましたし、二人と一匹増えましてもあんまり変わりませんから」
「えっ、いいんですか?」
 ぼくたちは顔を見合わせた。
 ギルダーさんだって、もうずいぶん探していたはずだ。それでも見つからないとなると、長期戦になるかもしれない。
 リアナが代表して言う。
「ですが……いつまでかかるかわからないのです、そこまで甘えさせていただくわけには……」
「でしたら、ここにいる間だけでも、うちを手伝ってはくださいませんか?
 こんな小さな医院ですが、意外とやることはたくさんあるんです。
 たとえば医術は身につけておいででなくとも、どなたか一人でもお力を貸していただければ、とてもありがたいんですよ。
 それにここには、毎日色々な方がおいでになります。情報を集めるにもいいでしょう?」
 するとリアナが言った。
「……そうね。
 みんなさえよければ、わたし、先生をお手伝いしてみたいわ。
 もっと医術を勉強するいいチャンスですもの。
 わたしたちはソウルイーターだけれど、何かあったときにやっぱり手当ては必要だし、これからの旅のためにも身につけておきたいの。どうかしら?」
『リアナの言うとおりね。あたしは賛成よ』
「そうだな。俺は力仕事とか得意ですし、クレフはちょっと教えれば会計もできると思います」
『仕方ないニャ。ならば我輩も、このあふれる気品を活かして看板ねこ様をやってやるにゃん。あいつは野郎だが悪いやつじゃなさそうだし、ちょっとぐらいならモフらせてやっても構わんニャ。ありがたく思うにゃん』
 ミューはそういいつつ、お医者様に向けてニャー、と鳴いた。
「あ、ミューも看板ねこをやってくれるそうです」
「よかった。それではしばらくの間、よろしくお願いします。
 あっ、申し遅れました。私はフェリペと申します」
「よろしくお願いします、フェリペ先生」
 ぼくたちは握手を交わし、ここに新生活が始まった。


 それからぼくたちが最初にしたことは、昨日の事後処理だった。
 ロビンは酒場でぐでんぐでんになったぼくを見た瞬間、頭に血が上ってしまったらしい。
 そして、ちょっと派手に暴れてしまったらしい。
 そのため(リアナに連れられて)そのことを酒場に謝りに行き、片付けを手伝ってくるという。

 一方元凶のぼくはというと、寝巻き姿で病院のなかにいた。
 どうやら、昨夜ぼくは急性アルコール中毒を起こしていたらしい。
 ソウルイーターでなかったら、ギルダーさんと一緒に天国に行っててもおかしくなかったということだ。
 そのダメージは、ギルダーさんを“食った”ことで飛んでいるはずだが、大事をとって入院することになったのだ。
 ミューによれば『飲み比べをした相手が死んでいて、ぼくだけ無事にすぐ出てきたらそれこそ、人殺し扱いされかねない。ロビンがあれだけ暴れた理由も申し訳つかなくなる』というのが本当の理由らしい。
 本当はぼくもロビンとリアナを手伝いに行きたかったのだけれど、そういうわけで、今日一日はこうしていなければならなくなってしまった。

 しばらくぶりの、何もない一日。ぼくは病院においてある本を読んで過ごすことにした。
 ロビーの本棚から、一冊を手に取り、ぱらぱらとめくってみる。
 内容は、優しい雰囲気の童話風小説。なんとなくよさそうだ。
 するとギルダーさんがこんなことを言ってきた。
『なんだ、お前こんな字ばっかの本読むのかよ。男ならエッチな本でもぐごっ』
『あんたねえ、今度オトメの前でそんなこと言ってみなさい。氷付けにして粉々に砕いてやるんだから!』
 そのまま、二人はまたしても口げんかを始めた。
 ぼくはもうどうしようもないので、その本をベッドに持って帰り、二人が鎮火するまでひたすら読みつづけることに決めた。
 ため息をつくと、ミューが肩に飛び乗ってきた。
『お前もタイヘンだニャ、クレフ』
「ありがと……」
 ミューはぽんぽん、とほっぺたを叩いて慰めてくれた。
 ぷにぷにの肉球がきもちいい。ぼくはちょっぴり癒された。

~~ギルダーさんの記憶の回復~~

 それからまもなく。
 教会から人が来て、ギルダーさんの遺体を引き取っていった。
(そのころには、いいかげん二人も息をきらせて停戦していた)
 遺体は一日安置され、その後埋葬されるとのことだった。
 もともと記憶喪失で身よりもないため、遺品といえば衣服と、いくばくかの小銭と、胸に下げていたロケットだけ。
 そのうち、ロケットはギルダーさんの希望でぼくが(実質上ギルダーさんがだけど)もらいうけておいた。
 親指のつめよりふたまわり大きいくらい。金色の、アーモンド形の、すべすべしたロケット。
 このなかに、ギルダーさんが探している人の写真が入っている、はずだ。
 フェリペ先生は、リアナと似ている、といっていたけれど、どんな人なのだろう。
『おう、そいつが気になるのか? いいぜ、見ても。いずれみせるつもりだったからな』
「ありがとうギルダーさん」
 ふたを開けてみると、小さな小さな写真。
 ハンサムな青年ふたりと、ふたりの間でにっこり笑うきれいな女性。
 女性は髪の色こそ違うけど(きれいな亜麻色だ)、どことなくリアナに似ている。
『ホントね、ちょっと似てる……どういうひとなの? この左右の人たちは?』
『ああ……恋人、だ。左は俺で右はダチ』
 ギルダーさんはそういった。
「え?」
 今ずいぶんはっきり断言したな。ギルダーさんは記憶がないはずなのに。
『?! ちょっとあんた、まさか記憶が』
『ああ、戻ってきたみたいだな。頭の中のつかえがとれてる。
 これも死んだおかげかもしれないな』
『それじゃさっそく会いに行きましょうよ、その人に』
『待て待て待て、そこまで都合よくないわ。
 この三人についちゃ思い出したが、俺がどこから来たかとかそのへんについちゃさっぱりだ。
 まだしばらく聞き込み続ける必要はありそうだな』

「ただいまー」「ただいま帰りましたわ」
 夕方になると、ロビンとリアナが帰ってきた。
 ぼくたちはエプロンをつけたままだったがとりあえず出迎えた。
「お疲れさま。ごめん、手伝えなくて」
「いいって。短気起こして暴れたのは俺だし。
 リアナもごめんな、つきあわせちゃって」
「そんな。だってわたし、ロビンとクレフの奥さんだもの。当たり前のことをしたまでよ」
「あ、そ、そうだよな」
 するとロビンは赤くなって頭をかいた。
「酒場のおじさん、優しい方だったわ。
 わたしたち、今日からしばらくお店を手伝いましょうって申し出たんだけど、そんなことまでしてくれなくていいですってお断りされちゃったの。
 テーブルとか、けっこう壊れちゃってたのに……」
「ほんとに申し訳なく思ってさ。
 せめて掃除だけでもってお願いして、あとできるものだけでも修理してきたんだ」
「あ、あとこれ。お夕飯のお惣菜を買ってきたわ。
 だぶっちゃってたらごめんなさいね」
「ていうかさ。クレフお前、一体いつ料理なんて覚えたんだ?
 すっげーいいにおいしてるし!」
 ふたりの視線は、ぼくがしているエプロンに向いている。
 ぼくはちょっとはずかしくなって、思わず両手でエプロンを隠していた。
「あ、これぼくじゃないんだ」
「え、じゃあアリスか?」
『………つけたのはね』
「まさか」
『ご名答~♪
 ったく、こいつらに任せといたら生命がいくつあっても足りなそうだったからよ。
 仕方ないこの天才ギルダー様が、可愛いお嬢ちゃんたちに代わって極上の晩飯をこさえてやったというわけだ! 大いに感謝しろよお前たち!!』



~~ギルダーさんとロビンの和解~~

「まあ! ありがとうございますギルダーさん。楽しみですわ!」
 リアナはにっこり笑ってお礼を言う。
 しかしロビンはこんなことを言い出した。
「……においがうまそうなのは認める。
 だが、マジで食えるんだろうな?」
『なんだコラ? 俺が先生にまずいものを食わせるとでも』
「俺はお前の味覚を知らない。そしてぶっ壊れた言動は知っている。
 ちょっと食わせろ。自信があるならそれくらいいいだろ」
『な! おいちょっと待て!! 俺の料理のテイソウはてめえなんざにっ』
“料理のていそう”って何だろう? と思ったら、アリスに顔を真っ赤にしてひっぱたかれた。なんでだろう。
 その間にも二人は(まあギルダーさんはぼくの身体なんだけど)とんでもない勢いで、奥の台所へ走ってゆく。
「どうしました?」
 そこへ先生がやってきた。
『先生! こいつが先生のメシを奪おうと!!』
「俺はこいつの味覚を信用してません!! だから先生に食べさせる前に毒見を」
『だから俺が先生に毒を食わせるわけがっ』
 そのとき台所からミューが出てきた。
『何騒いでるニャ?
 メシができてるからはやくしろニャ。
 さっき一口頂いてみたがなかなかのデキだにゃん。ダレだあれ作ったのニャ?』
『……!!』
 するとギルダーさんはがっくりと床に手をついた。
『う、奪われた……
 猫に奪われた……
 さよなら、俺の………』

「なんだ、そういうことですか」
 食卓で事情をきいた先生は声を上げて笑った。
「おふたりとも、僕のためにありがとうございます。
 僕はまったく果報者ですよ」
 先生の前ではロビンが赤くなってうつむいている。
「でもこれで、ロビンさんもギルダーさんを信用できるようになりましたよね?」
「はい……。
 ギルダーさん。すみませんでした。
 俺あなたのことをどうしても、クレフをどうにかされそうになった相手って思ってしまって……
 でも、これからはちゃんと信用します。
 よければあなたも俺のこと、仲間って思って頼ってください。よろしくお願いします」
 ロビンが深々と頭を下げると、ギルダーさんは赤くなって照れ隠しをする。
『どうにかって、俺さすがに男はどうもしないって。最悪脱がせばわかったんだし』
 ぼくのなかでアリスが深呼吸している。ごめんいまは殴らないでアリス。
「ち、ちが、そういう意味じゃ……ちょ、ちょっとはありましたけど……」
 口ごもり、ロビンがさらに赤くなる。
「ロビンったら☆」
 リアナが笑う。
 先生も笑う。
 ぼくもなんだか楽しくなって笑った。
 アリスは呆れたように言う。
『おひとよしなんだから、もう……クレフ、あんたほんともうちょっとしっかりしなさいよね。イザとなったらあたしがふっ飛ばしてあげるけど、どうも心配なのよねあんたは』
「わかった、がんばる」
 すると先生も言った。
「ギルダーさんも。これからは少し、言動を優しくしてあげてくださいね。
 いちおう、彼らは愛すべき人生の後輩なんですから。
 また今日みたく、かっこいいところみせてあげてください。お願いしますね」
『……お、おう。料理とか、今ならタダで教えてやるぜ。
 これでも昔は………
 なにやってたっけ?』
 そのとき一瞬、どこかの風景が頭をよぎった。
 もう一度見ようとしてもそれは、まるで雲に隠されたかのように見えなくなってしまっていた。

~~助手の就任~~

 その翌日のこと。
 ぼくは晴れて退院。ギルダーさんの主張(いいかげん外の空気吸いたいし食材とか買いに行きたい)で聞き込みにまわることにした。
 最初に向かったのは教会。ギルダーさんの葬儀だった。
 葬儀にはヒトが集まるし、自分の葬式も見てみたいというのでギルダーさんはノリノリだ。
『ちょっと、なに楽しそうにしてるのよ。クレフが不謹慎だと思われるんだからやめてよね!』
『へーいへい。おっ、あそこに綺麗なねえちゃんが! よーしさっそく聞き込み聞き込み』
『だから!!』
 しかし、アリスの攻撃が炸裂する前に、ギルダーさんは足を止めた。
『……やめだ』
『な、どうしたのよ』
『あいつ苦手なんだ。だからパス』
『知ってるヒト?』
『ん、ああ、ちょっとな。
 それにあいつにはこないだハナシきいたし』
『そう、じゃ仕方ないわね、次行きましょう』
『よっしゃ、じゃあつぎはあのねえちゃん』
『だあああ!!』
 そしてギルダーさんは、片っ端から……といっても、なんかえり好みはしながら、聞き込みに走ったのだった。

 その日、手がかりはまったく見つからなかった。

『はあ……やっぱだめだな。もう、やめちまおっかな』
 晩ご飯を終え、食後のお茶を飲みながら、ギルダーさんは笑った。
 食卓の椅子にもたれて、宙を見上げて。
「どうしたんだよ、ギルダーさんらしくない」
 するとロビンが言う(あのあと……お前のですますコトバはいまさらくすぐったいからやめろといわれて、ロビンはギルダーさんにさん付けのためぐちでしゃべっている)。
 先生も励ましてくれる。
「あきらめたらだめですよ。
 本当のギルダーさんにつながる、大切なひとじゃないですか。
 このまま、ゆかりの方のどなたにも会えず、天の国へいくなんて寂しすぎますよ。
 僕でよければいくらでも協力しますから。一緒に頑張りましょう?」
『……うん。ゴメン先生』
 リアナがお茶のおかわりを注いでくれながら微笑む。
「もしお疲れでしたら、明日はわたしがかわりに参りますわ」
『いや。そいつは悪いわ。あんたは先生んとこで医術を勉強するんだろ。
 あんたがいると、ここに来た奴らも喜ぶしな♪』
「まあ☆」
「あ、えっと、オホン」
『ああ悪い悪い。ダンナを前にして悪いこと言っちまったな。
 いいからあんたも残れよ、ロビン。
 こいつらは俺が守ってやるからよ』
「あ、えっと、ええ……」


 しかしそれから一週間、手がかりはなおまったく見つからなかった。
 そしてギルダーさんはお酒をたくさん飲んで、玄関先で倒れてしまった。


 気がつくとぼく(たち)はベッドの上にいた。
 先生がかなしそうにぼく、というかギルダーさんを見下ろしている。
『あ、……先生っ……』
 ギルダーさんははっと身体を起こし謝ろうとした。
 しかし、先に謝罪を口にしたのは先生のほうだった。
「ごめんなさい、ギルダーさん。
 ひょっとしたら、僕が協力する、と言ってしまったのが、あなたに負担をおかけしてしまったのかもしれません。
 ギルダーさんは本当は、天の国にいらっしゃりたかった……のではないでしょうか?」
『い、いや!!
 聞き込みあるけど、なかなかみつかんないけど、ここでの暮らし楽しいし!
 先生の手伝いとかできて。なんかはじめて俺、ひとの役に立ててるって思えて……
 俺、こうして暮らせるなら、もういいかなって思っちゃって。
 でもそれじゃいけないっても、思って……
 ……ゴメン先生、俺馬鹿だから、もうワケわかんない』
「……… やめましょうか」
『え』
「さがすの、やめましょうか。
 クレフさんたちがいいといってくれたら。
 ここで、一緒に暮らしましょうか。
 医術はできなくても、やれることはいっぱいあります。
 いまみたくお手伝いして、あのおいしいご飯つくって下されば、僕の助手としてはもう充分過ぎるくらいですから」
 ギルダーさんは、差し出された手をぎゅっと握って泣いた。
 子供みたく声を上げて。
 先生はギルダーさんが泣き止むまで、やさしく背中を叩いていた。

 魂のひとが心残りを晴らすまで、長くて数十年かかることもあるときく。
 実際ぼくは、領主様の館やその近所で、数年間を“器”として過ごした経験がある。
 ぼくたちはソウルイーターだ。この身に迎え入れた魂の、心残りを晴らしてあげる、それがぼくたちの務めだ。
 だからもちろん、ぼくたちに異論はなかった。
 ギルダーさんは晴れて、フェリペ先生の住み込み助手として就任したのだった。



~~転機~~

 その数日後。
 買い物ついでに教会に寄ったぼくたちは、ちょっとびっくりする光景を見た。

 ギルダーさんのお墓の前に、きれいな女の人がいた。
 栗色の髪を肩に流し、藤色のツーピースを着た、聡明そうな女性。
 彼女はお墓に花を手向けると、すぐそばで待っていたフェリペ先生に歩み寄った。
 そっと寄り添う彼女の肩を、先生が優しく抱く。
 その瞬間、ギルダーさんはきびすを返し歩き出した。
『ちょっとちょっと、なによ、どうしたのよ?!』
『あいつとは顔を合わせたくない』
『やだ、まさか昔の』
『なわけねーだろ。
 オンナだ、先生の』
『なるほど嫌われてるのね。気持ちはわかるわ、同じ女性として』
『ハイハイそうですね。』
 ギルダーさんのテンションは、明らかに低い。
『……なによ……
 どうしちゃったのよ。そんなに嫌な思い出があるの?』
『そりゃダレだって嫌だろうよ、ひそかに自分嫌ってる女なんてさ』
 そしてギルダーさんは立ち止まった。
『あのさお前ら。
 先生に頼んでくれないか?
 あいつ……ソフィアには、俺がこうなってること知らせないでくれって。
 俺は死んでる。あくまでそういうことにしてほしいんだ』
「わかった。ぼくが先生を呼ぶよ」

 遠目の初対面だけど、ソフィアさんという女性は、そんな意地悪な考え方をする人には見えなかった。
 けれど、とりあえず距離をおきたいというならそうしよう。
 いい雰囲気になってる二人に水を差すのは申し訳なかったけど、ぼくは先生を“緊急のハナシがあるから”とちょっとだけ離れた木の下に引っ張っていった。
 そして、声を潜めて言った。
「あの……
 ギルダーさんからお願いされたんです。
 ソフィアさんには、ギルダーさんがぼくのなかで生きてるってこと、知らせないで下さいって。お願いできますか?」
「え? どうしてですか?
 ソフィアもギルダーさんがご無事と聞けば、きっと喜んでくれますよ」
『いや、あいつ俺のことちょっち嫌みたいだし……』
「そんな。嫌な相手のお墓に花なんて手向けませんよ。ほら、行きましょう」
『頼む! 一生のお願い!! 今回だけでもいいから!!』
「……しかたありませんね。
 ひと段落ついたら、事情を教えてくださいね」
『ありがと先生。恩に着る!!
 そーと決まったら買い物買い物!! よっしゃあ、がんばるぞー!!』
 ギルダーさんはそして、明らかに不自然なテンションで歩き出す。
 後ろから、風に乗って会話が聞こえてきた。
「フェリペ、あの人は?」
「ああ、新しい助手のひとりです。
 最近この街に来た方で、名前はクレフさん。
 彼には主に会計をやってもらってるんです」
「そう……へんね、どこかでみたことあるような気がしたんだけど……
 ま、いっか。助手さんだったら、わたしも仲良くしなくちゃね。
 フェリペ。このしごとが終わったら、わたし、……」
 その瞬間、ギルダーさんが駆け出した。

~~ギルダーさん、走る~~

『ちょっと! もう、買い物するんじゃなかったの?!』
 そうしてやってきたのはうちの前。
『それどころじゃねえ!!
 俺は行く。行かなきゃならないんだ』
 ものすごい勢いで待合室を突っ切る。
 モップをかけてたロビンが唖然とする。
「え、ギルダーさん?!」
『行くってどこへ』
『マーガレットのところへだ!!』
 部屋に駆け込み、札入れをつかむとポケットにねじ込む。
『誰、そのひと。まさか』
『俺の恋人だ。
 俺はやっぱりここにいちゃいけない。俺はマーガレットに会う。
 会って、決着をつけるんだ。
 おいロビン!!』
「なんだよ、どうしたってんだ」
『ちょっとクレフ借りるぞ。行き先はメルファンの町だ。晩飯は頼んだ』
「ってまさか」
『ああ全部思い出した。
 俺は恋人の元に戻ってプロポーズをする。
“うまくいく”よう祈っててくれ』
「そんな、……待てよ!! 何があったんだ、おい!!!」

 丁度やってきた乗合馬車に飛び乗った。
 馬車集合所まで乗って、乗り換える。
『メルファンは隣の隣の町か。
 くそ、この時間じゃ今夜はどっかで泊まりだな』
『プロポーズするつもりならその方がいいわよ。
 あんた思いっきり普段着じゃない。
 もうちょっとぱりっとした服と、最低限花束も必要ね。
 ひげはクレフほとんど生えないからいいとして、髪とかはそうね、散髪屋さんでブラッシュアップしてもらいなさいよ。
 お金が足りなきゃクレフの名前出して領主様のツケにすればいいわ』
 するとギルダーさんの(魂の)あごが落ちた。
『……おまえら一体ナニモノ??』

 言い忘れていたが、ぼくはあれからいったん領主様――シストバーン様の元に戻り、無事と真相と決意を報告した。
 領主様はとても喜んでくれた。
 そして以降全面的に、ぼくたちソウルイーターを支援してくれることになったのだ。
 もっともあまり甘えてもいけないので、普段の路銀とか生活費なんかは自分たちで働いて稼いでいるけれど。


 そして翌日。
 すっかりぱりっとしたギルダーさん(身体はぼくだけど)は、花束を持ってマーガレットさんの家に向かった。


 その日、町はマーガレットさんの結婚の噂でわいた。


 そしてぼく(たち)は、小ぬか雨のなかを歩いていた。



~~お別れは、いわないで~~

『なんなの?! どうしたのよ一体?!』
 アリスがギルダーさんに詰め寄る。
『どうして……』
『いいんだよ。
 マーガレットには、あいつがいる。
 俺の入り込むスキなんかはもうねえよ』

 ――それは、ついさっきのこと。

 呼び鈴を押すとドアが開き、その人が出てきた。
「はい、どちら様ですか?」
 リアナに似た、亜麻色の髪の女のひと。
 確か名前は、マーガレットさん。
『えっと、……俺は、……』
 そのとき彼女の後ろに、見覚えのある男性がやってきた。
 ロケットで見た、ハンサムな男の人だ。
 彼はそっと支えるように、マーガレットさんの肩に手を置く。
 ギルダーさんは、一つ大きく息を吸い込むと名乗った。
『ギルダー……
 さんからの使いです』

 ぼくたちは驚愕した。
 しかしギルダーさんはぼくたちをしゃべらせないまま、言葉を継いだ。
『これはギルダーさんからお預かりしました。
 どうか受け取って差し上げてください』
 そして花束を押し付けるようにマーガレットさんに渡す。
「あ、ありがとう……ございます。
 それであの、ギルダーは……あのひとは今どこに?!」
『神様のみもとです』
「……………」
『トレジャーハンティングの際の事故で、記憶をなくしさまよっておいででしたが、お亡くなりになる直前に、すべてを思い出されて……
『俺は天から見守ってる。キャンベルと幸せになってくれ』との言伝を残して、天に召されました。
 最期は……安らかなお顔でした』
「ギルダー……」
 マーガレットさんは、涙で花束を抱きしめた。
「ありが、とう……」

『ねえ、あんた……じゃなくて、ギルダー…さん。
 ほんとにこれでいいの?』
『いーんだよ。
 なに辛気臭いカオしてんだよ。いいんだよこれで。
 だいたいそもそもムリだろ、俺はもともと“わいるどばっとふぉーまる”なちょいわるオヤジだぜ。こんなお嬢ちゃんみたいなかあいいぼっちゃん顔じゃ……
 あいやそういうイミじゃなくてな、えーと、俺のダチそっちのシュミ多いの忘れてたわ、だからいろいろ危険だろ、単にそういうイミなんだってば。クレフは別段悪くないんだ、それだけは確かだから、うんっ』
「……?」
 そういう意味って、どういう意味なんだろう。ていうか、そっちの趣味ってなんだろう。
 考えてみたがぼくにはさっぱりわからなかった。
『ク、クレフはわかんなくていいわっ。
 それじゃ、サクサクうちに帰りましょう。
 先生心配してるわよ!』
『いや、俺はもうかえらねえ。
 心残りははたしたし、天国いくわ。』

~~お別れは、いわないつもりだったけど~~

 思ってもなかったギルダーさんの言葉に、ぼくたちは驚いた。
『ちょ……なんでなのよ。先生は……』
『先生は優しいから俺なんかを、兄貴みたいに思ってくれてたけど、ホンモノの兄貴はちゃんといるんだ。
 それに――
 先生には、キレイで可愛いヨメさんがいる。
 そのシアワセは壊せねえよ。
 いくら俺がしょーもねー変態くそおやじだって。
 あそこにかえったって、俺の居場所はねえんだよ。
 ハナから、なかったのに、気づかないふりしてた。
 けど、ふっきれた。
 ふっきれたんだよ、これで』
『そん……な。
 だったら、何で……』
 そう。だったらなんで、顔が熱いんだ。
『っと……カンチガイすんなって。雨だよ。雨なんだこいつは』
 雨が、熱いよ。
 ほっぺたが、熱い――

「ギルダーさーん!!」「ギルダーさん!!」
 そのときばしゃばしゃ、と駆け寄る足音とともに後ろから声をかけられた。
 ロビンとリアナ(肩の上にはミュー)だ。
 ふたりは息を切らせてぼく(たち)の前に立った。
「ギルダーさん! なんで死んだだなんて、……
 それに、居場所がないなんて、……そんなことない。
 先生はあなたのことをあなたとして好きなんだ。お兄さんの代わりなんかじゃない。このままいなくなったら、だれが先生のご飯作ってあげるんだ。あんなメシ俺には作れない。ソフィアさんは仕事もあるし、ギルダーさんが、いてくれれば、……」
 ロビンは言いながら泣いていた。
「わたしも……同感ですわ。
 せめて、ごあいさつくらいなさってからでも……」
 リアナの美しい瞳にもいっぱいの涙がたまっている。
『そうだニャ。おまえ急にそんな寂しいこというニャ。お猫さまを泣かせるヤツは万死に値するにゃん。だから早まるニャ!』
 ミューも肩に飛び乗ってきた。すりすりと顔をすりつけてめいっぱいに甘える。
『あのよ、お前ら。……
 俺は、しょーもねーくそおやじだけどよ。
 せめて退場くらいはサクッと華麗に決めさせてくれ。
 俺のために泣いてくれてるやつらがいるうちに』
 ギルダーさんは手を伸ばし、ぼくたちをみんないっぺんにぎゅっと抱きしめた。
 そして、ミューを撫でるとリアナに渡し、歩き出した。
『え。先生!』
 だけどおどろいて立ち止まった。そこにはフェリペ先生が立っていたからだ。

 先生はギルダーさんに歩み寄り、もっていた傘を差しかける。
 そして静かな微笑みで言った。
「ギルダーさん。
 ……天国へいかれるんですか」
『心残りは果たしたんです。俺はもう行かなきゃならない。
 短い間だったけど……ありがとう、…… ございましたっ!!』
 そのときギルダーさんがはじめて泣き崩れた。
 先生はしゃがみこんで肩を抱く。
「ギルダーさん。泣かないでください。
 何も永遠の別れじゃないんです。
 天国に行ったら、神様にお願いして……
 僕の息子として生まれてきてください。
 そうすればまた、一緒にいられるじゃないですか。
 ほんとの、ギルダーさんは、……やさしくて、いいひと、ですから……
 ソフィアとも、きっと、なかよく、……なれます……から……」
 そして先生も泣き出した。
 ギルダーさんのそばにひざをついて、今度は顔を隠すことなく、ぼろぼろと涙をこぼして。
「握……手、しましょ、う。
 約束の、握手です」
『……っ………』
 しゃくりあげながら先生が言う。
 ギルダーさんは嗚咽してしまってしゃべれない。
 言葉のかわりに両手を差し出す。

 雨の中傘が落ちた。
 二人は、固く固く、気持ちの全部を握りこむように、握手を交わした。

 その手がどちらからともなく解けたとき、ギルダーさんの魂は、ぼくの身体から抜け出した。
『先生。俺のロケット、もらってください。
 約束の印です』
「わかりました。お元気で、ギルダーさん」
『先生も!!』
 泣き笑いで手を振りながら、ギルダーさんは天に昇っていった。


 その後も少しだけ、ぼくたちは先生のお手伝いをした。
 スタッフがいきなりいなくなっては、困るだろう。
 新しいスタッフが見つかるか、ソフィアさんの仕事がひと段落し、この医院のお手伝いができるようになるまで、と。
 結局先生は新しいスタッフを募集せず、ぼくたちはソフィアさんに引継ぎをして、この街を出ることにした。
 その日はすっきりと晴れていい天気。
 ぼくたちは先生たちに見送られて馬車に乗った。
 行き先は、隣の町、ピルスナー。
 そこでぼくたちは、予想もしなかったすごいものを目にすることになる。
sage