Neetel Inside 文芸新都
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DESERTIONS
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第一章 引き金を引く指

 アイクにとってそれは朝起きて寝ぼけた自分の顔を鏡で見ながら顔を洗うのと同じような日常的な日課となっていた。アイクは今、監視台として使っている廃ビルから双眼鏡を使い廃屋と瓦礫とで埋もれた自分達の隠れ家の周りに敵がいないか監視していた、隣には相棒の狙撃銃が壁に立て掛けてある。
 アイクは兵士と言うには背も低く、少年というにはあまりに幼い子供だった。
 恐らくまだ12にもなっていないだろう。しかし着ている身なりは薄汚れたボロ衣をただ羽織ったような粗末なモノで間違っても親が子供に着せるような服装ではない。なによりまだ幼い顔に刻まれたその表情は子供というにはあまりに歪でその瞳はあまりに鋭く、冷たく悲しかった。
 「一体何があったんだ?テルビア軍もセルテナ軍もピリピリし過ぎだ・・・」
 アイクは子供とは思えないほど低く冷たい声で呟いた。
 今日は少し両軍の様子が慌ただしい。どうやら両軍とも何かを追撃しているようだ、何を追っているのかまでは解らないが先ほどから単発的な銃声や爆発音、戦闘音が轟いている。
 しかし彼らが何を追っていようがこちらには関係のない話だ、大事なのは彼らに仲間達がいる隠れ家を発見させない事にある。
 「やれやれ、どうやら一仕事やらなきゃならないみたいだ」
 (全部で34人、テルビア軍の一個小隊か・・・しかも最悪なことに隠れ家の方へと向っている) 
監視を続けているとテルビアの一個小隊が隠れ家の方に近づいていくのを手にした双眼鏡が捉えた。
 双眼鏡から手を離し脇に立て掛けた狙撃銃を手に取りスコープを覗き込む、テルビアの兵士達は600m程ほど先から隠れ家の方へと向かっている、アイクは軽く舌打ちをした。 
 もしこのまま手を出さず彼らを見逃したら隠れ家にいる仲間達が見つかる危険性がある。見つかったら最後、仲間達は殺されるかもしれない。 
 実際アイクは一度だけ彼らを見逃し大切な相棒で幼なじみの親友だった仲間を喪っている。
 自分達の存在を脅かす彼らの一人をスコープ越しに捉え、狙った相手をレティクル内に収める、そして風向き、距離、自転、狙った対象の行動予測から着弾点をはじき出し照準点を相手の脳天のやや右上に定める。

後は簡単、引き金を引くだけだ。

 アイクは一切の躊躇もなく引き金を引いた、狙った相手の頭がはじけ飛びその少し後に甲高い銃声が轟く。すぐさま彼らの隊列が防御陣系を取り周囲の遮蔽物に身を隠しながら姿無き狙撃手を探し始める。
「……まずは一人目。」
 死と隣合わせのこの状況においてアイクは冷静だった。
 それはアイクが彼らよりも土地勘があり、撃ち下ろしができる絶好のスナイピングポジションを確保し、絶対的な優位に立っていたからでは無い。
 単にこの状況に馴れているだけであり、死の恐怖が麻痺し何も感じない程同じ行為を繰り返しているという事だった。
 彼らは周囲を警戒しつつ遮蔽物から遮蔽物に身を隠しながらアイクを捜している。
 どうやらアイクがどこに潜んでいるか大体の目星を付けているようだ
 着実に彼らはアイクが身を隠す廃ビルに近いてくる。
 アイクが身を隠している廃ビルの隣には同じように鉄筋が剥き出しになり、外壁はひび割れや弾痕などの傷痕が深く刻まれた廃ビルが並んでいた、日の出間近のオレンジ色の日の光を背後に浴びたその光景は正に世界の終末を思わせた。
 大まかな目星は付けられたとしてもまだアイクの居場所はバレていない、まだまだイニシアチブを握っているのはアイクだった。
 しかしアイクには敵を全滅させるつもりは無い。
それは慈悲から来るものでは無くだからと言って相手の戦力が圧倒的で手が出ないという訳でも無い。
 ただ相手を全滅させてしまえば次からは隠れ家一体に大部隊を投入されるだろう、そうなれば虱潰しに追い立てられ遅かれ早かれ隠れ家は見付かってしまう、そうなれば隠れ家にいる仲間達はたちまちに殺され完成間近の『切り札』は接収されるだろう、それだけは絶対に許してはならない。
 彼らがアイクのいる廃ビルまで450m程まで近づいて来た時アイクは自身の身長より大きい狙撃銃をたすきのように肩にかけるとすぐさまこのビルの屋上に出た。
 屋上の手すりにはスコープ付きのアサルトライフルが立て掛けられている。それを手に取りスコープを覗き込んだ、彼らは既に400m弱の所まで迫っていた。

       

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