Neetel Inside ニートノベル
表紙

彼女は彼女で彼女でなく
彼女は僻美で三女である

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 親が伊紙さんたちに俺を任せたがために面倒を見られることになった。
 あらすじと言うものを最低限で表現するとこんな感じになるだろうか。しかし、こうして自分で要約してみても未だ現実味は無い。とはいえ伊紙さんに蹴られたが為のこの鈍痛はまごうこと無き事実であって、ならばせめて新神家のオアシスを頼りたい。オアシスの方から寄ってくるのならばそれはもう大歓迎である。
 と言うわけで。
「いいよ」
 俺は快諾したのである。

「お、お兄ちゃ、ん」
「ん、どした?」
「あ、あの。い、今から夕御飯のお買い物行くんだけど。そ、その。付いてきてくれないか、な?」
 願ってもない提案だった。これならば頭のおかしい姉二人から逃れることができる。俺達は家を出て、一番近いスーパーへ向かった。それほど遠くは無いが、四人分の食事の材料をぶら下げて歩くには女の子にとっては若干厳しい。つまり俺は荷物持ちなのだろう。
 伊紙さんなら買い物袋を小指一本で支えてブン回しながら帰ってきそうなものだけれど。あくまで俺は一般女子の話をしているのだ。

 とにかく、離脱できたのは僻美のおかげ。
 ありがたや、ありがたや。俺は僻美に手を擦り合わせる。その様子を見て何事かと僻美は怯えた。
「え。な、何どうかした、の?」
「いや、ちょっとオアシスを拝んでたんだよ」
「お、オアシ、ス?」
「まぁ気にすんな」
 本人に告げた所でしょうがないことだし、謙虚な彼女が素直にことば通り受け取るとは思えない。多分「そ、そんなことない、よ」「いやあるって」「そ、そんなことな、い」「あるよ」と日本人らしく堂々巡りするに決まってる。
 俺達は特に会話もなく歩いていく。無言というのはどうにもやりづらい。だが口を出せる雰囲気ではない。一旦黙ってしまった空気を打破することは難しい。相手が僻美であることを忘れていた。
 新神家の人々は彼女を除いてみんなお喋りだ。伊紙さんも鏡もなんやかんや喋る。だから俺はつい聞き手にまわっているのだ。おそらく僻美もそう言う立ち位置なのだろう。そして現在、聞き手と聞き手が相まみえている。そりゃ会話が弾むはずもない。ツッコミとツッコミを並べて漫才が始まらないように。
 けれど、年長者としてお兄ちゃんとしてこちらが沈黙を破らざるをえまい。
 俺は息を目一杯すって話しかける。
「なぁ」
「な、何か、な?」
「最近学校はどうだ?」
「た、楽しい、よ?」
「そうか、それならいい」
 ……。
 …………。
 ………………。
 駄目でした。弾みませんでした。ていうか、なんだこの会話。
 俺は俺にツッコミを入れる。
 これむしろ親と娘の会話じゃないか! しかも大分心に距離感のある感じがするし。何故俺はこんな言葉をチョイスしたんだよ! もっとあるだろう。ほら、例えば……うん、あるだろう! あるんだよ! うん、ごめん。やっぱない。
 どうしてだろう。お隣さんでしかもそれなり付き合いもあるのに。そうか、そういえば俺は僻美のこと何も知らない。部活も趣味も何もかも。
 大体会話の真ん中に居るのは伊紙さんか鏡で、だから俺達だけで話すということがまず無かった。だから今こんなに沈黙にまみれて窒息死しそうなんだけど。オアシスとか言っておきながら実際は一番会話をしていなかったのだった。
「そういえば、お前って部活何やってるんだ?」
「え、と。さ、さろう部だ、よ」
「去ろう部?!」
 お前は何から逃げようとしているんだ。っていうかそんな消極的な部活は部活としていいのか? さぞ顧問は暗いんだろうなぁ。いや、もしかしたらサローというよくわかんないどこぞのマイナースポーツでもあるのかもしれない。
「ご、ごめん。噛んじゃった。さ、茶道部だ、よ」
 俺が勝手に捏造していると、僻美が恥ずかしそうに言った。
 か弱く小さい、女の子らしい声。姉二人に行かなかった分、可愛さは妹に集約されたようだ。
「それならイメージ通りだ」
「そ、そうか、な?」
「ああ」
 俺はそう言うと、僻美は少し悩むような少し悲しいような表情をした。
「どうした?」
「や、やっぱり私って大人しいイメージだよ、ね?」
「まぁそうだな」
 俺の返答に、やはりいい顔はしなかった。深く考えているよう。何か良くないことを言ってしまったのだろうか。
 そこで再び会話が途切れた。これ以上話しても上手くいかない気がする。原因が解らないから下手に話せばますます空気がまずくなる。しかし、そう言うことを抜きにしても気になる。理由が俺にあるのなら謝らねばならない。いやこの流れでいえばほぼ間違いなく俺のせいだ。
「やっぱりどうかしたのか? 俺変なこと言った? ならごめん」
 素直に謝ると僻美は一転、驚いて口をぽっかり開けた。
「い、いや。そういうんじゃない、の!」
 らしくない大声だった。といっても俺は普通に喋る声と同じくらいだったけれど。
 慌てるように手をバタバタさせる。伝えようとしてもそう素早くは働いていない僻美の言語中枢はうまく表してくれないらしく、代わりに手足が動いているようだ。
「ならいいけど。大丈夫か?」
「あ、ああ。う、ん」
 やっと口にできたのは軽い応答だけ。彼女はきっと他人に悪いことをしてしまったときに重く受け止めすぎるタイプだ。
「ゆっくり話そう」
「あ、ありがと、う」
 そう提案すると、少しリラックスしたような表情をした。
「あ、あのね」
 ゆっくりと話し始める。俺はそれをしっかりと聞いていた。

 僻美の悩みというのは至極気にすることでもない小さいことだった。しかし考えてみれば、いつも弱気な彼女らしい。小さなことを大きく考えてしまう。いや、本人にとっては大事なのかもしれない。他人にとっては小さいだけで。悩み事は大概そうだ。
 内容としては「お姉ちゃんみたいにもっとはつらつとしていたほうがいいのか」という話。アレをはつらつで済ませるかはさておき、当人にとっては悩みの種だったらしい。
「と、友達がね。『僻美ちゃんのお姉ちゃんってすっごい元気だよね』て言ってた、の」
「それでどうしてお前がもっと元気な方がいいって話になるんだ?」
「そ、それでね。その子がね。『僻美ちゃんももっといっぱい話してよ』って言ってた、の」
 多少の飛躍がある気はしたが、そう解釈しようとすればできなくはない。
 つまり、本当は関係のない二つの言葉を勝手に関連付けて「僻美ちゃんのお姉ちゃんは元気でよく話すのに、なんで僻美ちゃんは話さないの? もっとお姉ちゃんみたいになろうよ」と解釈したのだろう。
 他人の思考がどんな順路で思考したかなんて解らないけれど、結論はそう。それだけ解れば十分だ。

「別に気にすることもないだろ」
 話を一通り聞いたところで俺は言った。
「そ、そうか、な」
「まぁ、確かにもっと元気があってもいいとは思う。けど、そっちの方がいいって言うんじゃなくて『そういう僻美もアリ』ってだけだ。だから僻美がそうなりたいんならいいと思う。でも今の僻美も同じだけ『アリ』だ。その友達だって今の僻美の友達になろうと思ってそうなったんだから無理に自分を変える必要なんてないだろ」
「け、けど『もっと話した方がいい』っていって、た」
「それはもっと僻美のことが知りたいってことだろう。誤解だよ。今みたいにゆっくりでもいいから、もっと教えてくれってことだ」
「そ、そっ、か」
 どうやら納得してくれたようだ。にこやかになってきた。俺も嬉しくなる。本当の妹を持ったような気分だ。まぁ、お兄ちゃんと呼ばれてはいるんだけど。呼ばれ続けてとうとう無意識が僻美をリアル妹だと認識してしまったのだろうか。
「それに俺は伊紙さんや鏡を見習う必要はないと思うぜ。だってもしあの二人見たく育っていたら、今日俺はおいしいご飯に巡り合えなかったわけだしな」
「ふふっ」
 ようやくちゃんと笑った。
 途中どうなるか解らなかったけれど、上々だ。年上としてお兄ちゃんとしての責務は果たしただろう。と、まるで予定調和だったかのように言ってみる。そこで、まるで会話が終わるのを見計らっていたかのように、ちょうど良くスーパーが見えてきた。
 僻美がこちらを向く。
「ね、ねぇ。お兄ちゃ、ん」
「なんだ?」
「き、今日の晩御飯何が良い?」
「おいしいものを所望する」
「ふふっ、まかせて、よ」
 女の子らしい女の子。そんな彼女が笑うと、やはり絵になる。
 買い物かごを取りに行った僻美の後ろ姿をを見ながら俺はそんなことを考えていた。

       

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