Neetel Inside ニートノベル
表紙

彼女は彼女で彼女でなく
彼女は鏡で鏡でなく

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 三姉妹。そして全員美人、あるいは美少女。このシチュエーションは傍から見れば羨ましい限りであろう。そう見られている自信がある。俺だって当初はうきうきエブリデイを送っていた。
 女性のステータスに間違いなく容姿は含まれる。だからこそ彼女たちは大きなアドバンテージを有していると言えるだろう。
 けれど、だから俺は思うのだ。
 中身って大事だなぁ。

「よう、はよう!」
 朝、俺が学校へ行こうとすると、後ろからいかにも勇ましい女の声が聞こえてきた。
「ああ、おはよ」
 振り返るとその勇ましさが嘘のよう。なんとも陰気な少女がそこにいた。全体としてそこまで髪は長くなく、肩に着くかつかないかと言ったところか。しかし前髪が異様に伸びている。いや、伸ばしているのか。とにかく垂れ下った栗毛のせいで眼を合わすことは無い。やや猫背の姿勢もあってテンション駄々下がりしそうなネガティブオーラがむんむんである。
「さって、じゃあ学校いくかぁ!」
 声だけは豪気な彼女は、ひっそりと足音を立てるのを恐れるかのようにそろそろと歩き始めた。俺は歩調を合わせてついていく。しかし本当に、同時アフレコでもしてるんじゃないかと思うくらいツラと声が合わない。
 新神鏡、にいがみかがみ、は俺のお隣さんの次女である。ちなみに同学年、すなわち高校二年生である。
 いかにもヒッキーな彼女がどうして声だけ元気なのかについてはちゃんと理由がある。果たしてこれを理由と言っていいのかは解らないけれど。
「お前さ、たまには普通に喋ってみろよ」
「普通に喋ってるじゃねぇか。これじゃ駄目なのか?」
「いや、駄目っていうかさ。それがお前の素ならそれでいいんだけど、いや微妙だけど、俺お前の地声って聞いたことないぞ」
 怪訝そうにこちらを見る鏡。顔が隠れているからはっきりとは見えないけれど、雰囲気的にそうだ。
「これが地声だが」
「嘘を付け。キャラと合ってねーんだって。真似するならキャラまで真似ろよ」
 そう言うと鏡はこちらの方を首をグルンと回して口を大きく開けた。
「はずかしいだろ!」
「いや、今でも十分恥ずかしいと思うが……」
 嘆息混じりの俺のセリフを受けて、どうにか納得したらしい。
「よし、わかった」
 こほんと喉を鳴らし「あーあー」と声を出す。またたく間に声色が変わっていった。太い、勢いのあった声が細く、か弱い声になる。
「こ、これでい、い?」
 今度は挙動不審そうに不安定な声音だった。イメージのまま。見た目とのギャップはほぼ無い。だが、これも違う。俺はこの声の本当の持ち主を知っている。
「キャラには合ってるがそれは妹だろう!」
「そ、そんなことない、よ?」
 そんなことある。いくら否定しても、本人を知っている身からすればバレバレだ。完全に僻美(ひがみ)のパクリだ。
 セリフの頭の文字を繰り返し、最後の文字で一拍置くのは僻美の専売特許である。まるで後輩のギャグをパクる先輩芸人のようだ。鏡はそういうのとは毛色が違うけど。
 なまじ声が合っているだけにそうには聞こえないが、これもれっきとした声真似である。
「はぁ、わかったよ。もういい。けど、学校に着いたらそっちのキャラの方がいいぞ。伊紙(いがみ)さんの声はいくらなんでも合わな過ぎる。見た目は虐められっ子、声は番長ってその取り合わせはちょっとないな」
「そ、そう。わかった、わ」
「なんかそれもしっくり来すぎて嫌だけどな」
「ち、注文が多い、よ」
「いや、フツーに真似ずに喋れって言ってるだけだろ」
 まぁ、無理強いしてまでは聞きたくないからいいけどさ。
 
 学校に着くと俺達は別々のクラスに入った。流石に、お隣さんで同じ高校で同じクラスなんて用意されたシチュエーションは無い。
 けれど、クラスなんてものは所詮授業を受けるため、あるいは管理するための区域わけであって、学校以外はもちろん休み時間もあまり関係ないものだ。とはいえ、クラス内でグループを作っているのが普通。
 しかしその場合、全員が全員どこかに所属できるとは限らない。修学旅行の班分け、余ったやつらが入る班がどうしてもできるだろう。そういうことだ。

「んで、昼休みになると逃げてくるわけですか」
「や、休み時間ならともかく、昼休みなんて長い時間一人はちょっと厳しいか、な」
「さいですか」
 実際、鏡の俺のいる1組に逃げてきているのだった。こいつは6組だからそんなに教室が近い訳でもない。ご苦労なことだ。
「まーまー、いいじゃん! 俺は好きだよ、鏡ちゃんみたいな大人しい女の子!」
 俺がふぅと溜息を一つ入れると、横から元気いっぱいの面倒くさい奴が現れた。もちろん溜息がこいつを召喚する儀式なわけは無い。ただ単にこいつも俺の所に寄ってくるのだ。俺は変人を引き寄せる香りでも発しているのだろうか・
 関わるのも面倒くさいから、こいつは名前さえ紹介したくない。というわけで生徒Aとしておこう。どうして面倒くさいかは面倒くさいから言わない。まぁ、そのうちわかる。
「なーなー?」
 腕を俺の首に絡ませ、無駄に顔を近づけてくる。おい、鼻息荒いぞオマエ。そんなに頑張って身体から空気を追い出さなくたって身体の換気はできるだろう。
「なんだ、生徒A」
 だるさ全開で返答する俺。
「生徒A?! なんで知らないうちにどっかのゲームの敵みたいになってんの?!」
「いや、しょうがないだろう」
 だって面倒くさいんだもの。
「しょうがない成分が全く無い! 俺の名前は澪片貴臣、み・お・か・た・た・か・お・み、だ!」
「おお。新聞紙みたいだな、生徒A」
「だーから貴臣だっての! 回文なのは仕方ないだろ! 親に言ってくれ!」
 机を目一杯叩いて抗議する生徒A。って、俺の机なんだけど。
「だからこそあえてお前を生徒Aと呼ぼう」
「いや、だからそのあえてがわかんねぇよ!」
「ふふっ、くすくす」
 横から、笑い声が聞こえてきた。鏡だ。
 前髪で隠れているから上手く表情は見えないが、口角が上がっているからきっとそうだろう。
 しかし残念なことにその笑い方も僻美の笑い方だ。本当の鏡は一体どこにいるんだろう。たまに俺は疑問に思う。
 でも、今笑ったのは鏡が面白いと感じたから。そこに僻美は関係ない。だからとりあえずよしとしておこう。
「あー、鏡ちゃんわらった!」
 貴臣、そろそろ生徒Aはやめておいてやろう、は鏡の顔を覗き込んで言った。
「わ、笑ってない、よ?」
 鏡は即座に前髪を直し顔を隠すようなしぐさをとるが、口元は隠せていない。まだ上がった口角と、こらえるような話し方で笑っていたことはバレバレである。
「ぜってー笑った! 鏡ちゃんまで俺を生徒Aとか呼ぶなよ?」
「だ、大丈夫だよ。貴臣く、ん」
「おおー! ほら見ろ、お前も鏡ちゃん見たく優しくなれ!」
「ふん、知ったことではないな!」
 別にもう貴臣と呼ぶ気だったんだけど。また生徒Aと呼んでやろうか。いや、それは面倒くさいことになるからいいや。
「いい加減にしないと生徒Zまで仲間呼んでお前を囲むぞ? 円の中心ってかなり居心地悪いぞいいのか?」
「いいぞ。お前にZまでいくほど友達がいればな。そもそも生徒Bさえ呼べるかどうか」
「な……っ」
「友達何人いるか教えてくれよ」
 俺の言葉が刺さったのか、貴臣は目に涙をためて叫び教室を出ていった。
「ばかああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 厄介払いはこれで済んだ。いや、毎度のことながら楽しいなあいついじるの。今頃廊下を全力疾走してるんだろうなぁ。
 少し楽しげな俺の横で、鏡は微妙な表情をしていた。
「わ、私達も人のこといえなかったり、ね」
「それは言うな……」
 俺は鏡の口をふさいだ。それだけは言っちゃいけない。
 ふと、黒板の方を向く。書かれた修学旅行の班分けを見てなんだか切なくなった。類は友を呼ぶらしい。貴臣に投げた言葉が、いつの間にかブーメランのように俺に突き刺さった。

       

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