Neetel Inside 文芸新都
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 さて、不可思議な事が起こった。私に淡い想いを思い出させた幼さの残る女学生が消え腐ったキュウリのような顔をしたおっさんが現れた。なんともまあ変わり果てたものである。私は私でおっさんの胸ぐらを掴んでいるのだが私にそのような趣味は断じてない。なんとも異様な光景に驚いていると眼前のおっさんも同じ気持ちのようだった。なぜ私はこのようなみすぼらしいおっさんとシンパシーを感じなければいけないのか。だので私は冷静に胸ぐらを掴んでいる腕の力を緩め余裕の笑顔を見せつけた。勝利を確信しつつこの男どこかで見覚えがあるなとデジャヴュのようなものを感じていた。

 何が起こったのだろう。目の前に突然アタシが現れた。アタシのケツにカバンを突き刺したオヤジは実は変態でなく魔法使いだったのだろうか。よくよく見れば髪の分け目ほくろの位置が反対だ。単純明快やはりこいつは偽物なんだ。このオヤジもうまく化けたものだが聡明なアタシの頭脳の前ではかたなしだ。それにしてもアタシのコンプレックスたる箇所まで忠実に再現してあるところをまざまざと見せられると改めて心の傷が深くなった気がした。このオヤジはアタシなんぞに化けて何がしたいのだろう。なぜ笑っている。やめてくれ、その三白眼は笑うといっそう恐ろしくなる。

 大変な事に気がついてしまった。股間が涼しげなのだ。それは冷蔵庫の野菜室にこっそりと冷やしている私のブリーフを履いた時のごとく。一度フリーザーにかけてみたがあれは失敗だった。なにしろカチコチで装着できないのだ。しかしあの肌を突き刺すような爽快感は素晴らしいゆえに冷凍室でも凍らないパンツを誰か発明してくれないものか。しかし今問題とするのは股間以前に下半身すべてが涼しいという事だ。なにやら気流まで発生している気がしてならない。恥ずかしい気持ちを抱きつつ私は私の気流あふれる下半身を確認した。

 先ほどから気になっている事がある。人一人殴り殺せそうなアタシのケツに刺さったカバンを左手に抱えていた。いったい何が入っているのだろう。思えばアタシの父親も同じような大きさのカバンをよく抱えて出かけていた。中身は不倫相手のマンションに泊まるための着替えだったりする訳だが。それにしても変じゃないか。何故アタシはこのカバンを持っているのか。そもそも手がおかしい。鶏ガラみたいに骨に皮のへばりついたみすぼらしい手が腕から生えている。薬指には指輪がしてあるがアタシはいつの間に結婚したのだろう。

 はじめに言っておくが私には女装の趣味はない。興味はあるがしかしそれは超えてはならない一線であると肝に銘じている。だが今の私はどうだ。ひらひらと踊る一枚の布の先から膝小僧がこんにちわと挨拶をしている。私のすね毛はどこへ行ったというのか。上の毛とは日々お別れの連続だがすね毛さんまで私に愛想をつかしたというのか。先日出て行った妻だけでは飽き足らず神は私のすね毛すらも奪おうというのか。はてそれにしてもおかしい。私の枯れ果てた足を観察しようとすると胸が邪魔してよく見えないのだ。これはいったいどういうことであろうか。

 今起こっている事を冷静に考えてみた。まずはこの醜い腕についてだ。これは明らかにアタシの腕じゃない。そもそもいつの間にか背広を着ているのだ。先ほどから何やら妙に視界が広い。そうか今のアタシは以前より遥かに身長が高くなっているのだ。いつもならば人に埋もれて見渡せない車内がよく観察できた。なるほどとアタシはこれほど沢山の人が乗った電車で通学していたことに感心した。ふと乗降口の窓を見るときょろきょろと辺りを伺うアタシが映り込んでいた。いや厳密に言うとアタシではない。オヤジの形をしたアタシである。

 なにやら丘になった私の胸に手を当ててみた。針金のような筋張った固さを感じる。この感触には覚えがあるぞ。私の腐った野菜のような身体をした妻が胸に身につけていた物とおそらく同じ物であろうと確信した。初めて事に及んだ際これに触り、私は心底落胆したものだ。思えばあの頃から私に対して冷たい態度を取り始めた気がしなくもない。しかし仕方がないではないか固いのだから。あまつさえ何枚もの貝殻のような布を敷き詰めていた。おもむろにまるでフリスビーがごとく投げて遊ぶ私を妻は泣きながら見ていた。あの時宙を舞うパッドを軽やかにキャッチしていた飼い犬のチャコは事故で死んだ。妻が死ぬべきだったと今でも思う。

 アタシは愕然とした。アタシの姿をしたおっさんがアタシの胸をもんでいるのだ。それも哀しそうに。なんて失礼な奴なのだろう。砕けそうなアタシのガラスのハートを守るため止めさせようと手を伸ばした。いや少し待ってみよう。よくよく考えると今のアタシは変態オヤジの姿をしているのだ。目の前のアタシの行為がいかに変であれこの身体で止めるのはまずい気がする。下手をすると痴漢扱いになるのではないか。ただでさえ頭が混乱しているのだこれ以上問題を起こしたくはない。ああ、アタシがとうとう涙まで流し始めた。そんなに残念な胸なのだろうか。

       

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