Neetel Inside 文芸新都
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 自慢ではないが私の勤める会社は誰しも聞いた事がある企業だ。それなりに高給取りだと自覚している。あの腐った野菜の身体をした私の妻は私の肩書きに引かれただけではないのだろうか。暗いリビングにぽつんと置かれた数枚の紙には離婚しましょうという文字と離婚届にそして慰謝料の金額が書かれていた。紙飛行機にするととてもよく飛んだ。はて私の人生は何だったのであろう。時に血反吐を吐き頭部は寒くなった。それでも家族ためと言い聞かせ娘の入卒業式など一切合切参加せず仕事に明け暮れ今では身体が女体化するという始末。それほど悪くない人生かもしれない。

 まずアタシがオヤジ化した時の事を思い出そう。確か車内が大きく揺れた後だと思う。その時何が起こった。今起こっている事はアタシが嬉しそうに胸をもんでいる。集中できやしない。おもむろにアタシがバッグの中を確認し始めた。ほんとうに止めてほしい殴ってやろうかしら。見られて困るような物はないが知らないオヤジに探られるというのはとても気持ちが悪いものだ。鏡を取り出しアタシの顔を色々な角度から見ている。さあアタシの顔に見とれている間に思い出さなくては。

 今の私は希望で満ちあふれている。なにしろ若い肉体が手に入ったのだ。思えば私の青春時代は残念なものだった。幼少の頃より私は厳しく育てられ外で遊ぶ級友を横目に勉強に明け暮れていた。そんな私がとある有名大学へ入学しこれから素敵な出会いが待ち受けているのだと期待を胸にキャンパスのライフを過ごしたが何も無かったのである。なんのことはない私には女性と接する耐性が無かったのである。そもそもそれ以前に男友達でさえ一人もできない私は独り寂しく便所飯をしたものだ。すべてのトイレで食した者はおそらく私だけに違いない。お勧めは三号棟の二階にある女子トイレだ。

 車内が揺れたときの事を思い返す。あの二度目の揺れは尋常ではなかった気がする。規則正しくケツに当たる腰に嫌気がさしたアタシはオヤジの胸ぐらを掴み痴漢ですよねと疑問を投げかけた。そうして車内の揺れである。そうだあの揺れの中何が起きたのか思い出した。オヤジの散らかった空き地のような頭がアタシのデコを打ち付け漫画のように目から散った火花がハゲ頭に反射し何とも奇麗なものだと幼い頃に一度だけ父に連れて行ってもらった花火大会を思い出す。あの日の母の笑顔はとても幸せそうだった。

 よく考えてみたのだがこの肉体を手に入れた事で芽生えた煩悩はほぼ性欲であるといっても過言ではない。取り逃がした青春を掴み直したいのだ。しかし今の私は幼さの残る女学生。これでは汚らわしくも醜い男に私は襲われる形になるではないか。少し興味をそそりはするがとてつもない寒気がした。世には女性と女性が絡むというプレイがると噂に聞いた事があるが私はそのような変態ではない。あれは見て楽しむものなのだと思う。先ほどまで満ちていた希望が急速に萎んでゆくのを感じた。しかし一筋の光が私を照らす。男心は心得ている。私は悪女になる事を決意した。

 明らかにアタシの姿をしたオヤジの行動がおかしい。悲しんでいるかと思えば喜んでいるようにも思え、再び沈んだかと思えば今は不適な笑みを浮かべつつバッグの中を探っている。どうやら時間があまりないようだ。これ以上アタシの姿でおかしな事をされてはかなわない。しかし先ほどから思案を続けてはいるもののいっこうに良い案が浮かばない。そもそも気がついてしまったのだ考えても意味が無い事に。自分でもバカらしい事だと思うのだがやはり一つの答えがしっくりとこの状況を説明できる。アタシとオヤジの身体が入れ替わったのだ。いや心が、だろうか。どちらにせよ気持ちが悪い。

 今の私は悲しみと慈愛に満ちている。これほどの衝撃を受けたのはいついらいだろうか。娘が見知らぬオヤジと腕を組んでホテル街へテコテコ歩いてゆく姿を追いかけていると若い男と接吻を交わしながら小汚いホテルから出てきた腐った妻を発見したときには驚きはしたものの何か宝くじでも当てたかのような確率ではないかと少し嬉しくもあったくらいだ。この幼さの残る女学生が持っていた携帯電話には人物を示すアドレスがいっさい登録されていない。試しにメールボックスを開いてみると迷惑メールが几帳面にグループ分けされていた。この子も孤独なのだ。震える指は間違えて迷惑メールに記載されているアドレスを開きワールドワイドな世界へとダイブした。

 何も今日この日にこのような体験をしなくてもよいのではないか。アタシは今朝居間のテーブルに遺書を置いてきた。これは自らの命を絶とうとするアタシへの神様からの罰なのだろうか。なんて粋な神様であろう。幼気な少女をこのような姿にしてしまうなんてアタシの背中を押しているに違いない。尚の事死にたくなった。だが優しさの塊であるアタシはこの姿のままで死ぬのはアタシが可哀想でしのびない。オヤジが女子校で自殺するなんて絵図らは最悪ではないか。そもそもこの姿のまま飛び降りてアタシは死ねるのだろうか。二度も死の恐怖に耐えられるほどアタシはタフじゃない。ここでまた妙案が浮かんだ。今目の前にいるアタシの形をしたおっさんを殺せばよいのだ。

       

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