Neetel Inside 文芸新都
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 気がついてはいたのだ。二度目に車内が揺れたとき私と幼さの残る女学生との身体が入れ替わった。いたずらが過ぎたと今は反省しているが私も混乱していたのだ。何も首を絞めるほど怒らなくてもよいのではないか。友人のいない君のため迷惑メールからつながったサイトにプロフィールを登録してあげた私にこの仕打ち。いやお礼のつもりかもしれない。なぜなら意識が遠のくことに反比例して快楽の波がやってきた。新たな性癖に目覚めそうな私をよそに私の格好をした女学生はいっそう力を込めた。女学生に首を絞められるシチュエーションが尚の事私を興奮させたがよく考えれば私は私に絞められているわけでこれではただの変態ではないか。

 ひどくだらしのない顔をしたアタシが汚物のように無造作に床に転がっていた。あまりの惨たらしい姿にアタシは目をそらし一つの疑問が浮かぶ。なぜこうも車内が静かなのか。首を絞めるという残虐な事件が起こっているというのに誰も止めようともしない。確かに隣の住人もわからないくらい冷めた世間である昨今であるがあまりにも無関心すぎるのではないか。これほどまでにアタシという存在に興味が持たれないのであれば死ぬという行為も虚しいだけのような気もしてくる。再びアタシに視線を戻すと相も変わらず恍惚な表情を浮かべ小刻みに痙攣していた。

 私にはどうしても答えの見いだせない問題があった。人はなぜ生きるのか。おかしな話だと思わないか、もし生命がその種を拡大させる事を本能とするのであれば現在の人類の生活システムは無駄が多い。ただ生きるためであれば食物だけ生産していればよいのだ。女学生と入れ替わった私になぶられて目覚めた快楽。これこそが何千年もの間進化し続けた人類の末に産まれた私が出した答えである。それに気づかせてくれた私の顔をした女学生に感謝を伝えるために震える身体を支えながら立ち上がった。

 今目の前にいるアタシの姿をしたコレはなんという生き物だろうか。四つん這いになり立ち上がれず産まれたての子鹿のようにプルプルと震えている。不意に笑いがこみ上げてきた。何年ぶりだろうか、いやもしかすると初めてかも知れないというほど声をあげてケタケタとアタシは笑った。声色がオヤジのものであるのも拍車がかかり尚いっそう笑い転げた。何なのだろうかこのオヤジは。始終おかしな行動ばかりではないか。このような人間が生きていける世の中なのだから死ぬのがバカらしくなる。キョトンとするアタシにアタシはキスをした。なんだかどうでもいい気分だった。

 私の腐ったキュウリの顔をした女学生がゲラゲラと笑っている。何とも異様な光景だと感じると同時に私はこのように無邪気に笑う事ができるのだと感心した。もともと不細工な顔立が鼻水を垂らし放送できないほどの醜態をさらしているがなんと活き活きとしていることか。何がそれほどまでに可笑しいのかはわからないが腐っていたのは私の顔でなく心であった。誇れるような人生ではないかもしれないが愛する女性をめとり愛すべき娘も産まれた。私自身がそれを否定する生き方をしていたのだ。そう思うと無性に家族に会いたくなってきた。今からでも間に合うだろうか。私もこの女学生のように笑うのだ。

 再び車内が大きく揺れた、と思う。気がついたときには見知らぬ天井がある見知らぬ部屋のベッドで見知った二つの影を見ていた。いつの間に仲直りしたのか両親が喜びながら抱き合っている。アタシのいないところでしてほしいものだが何だか少し嬉しかった。母の説明によるとアタシは一週間ほど昏睡状態だったようだ。電車の整備不良による緊急停止の衝撃でアタシとオヤジは頭部を打つけ今に至るらしい。置いて行った遺書の事もあり頑に退院すると言い張るアタシを両親はとても心配していたようだ。アタシは大丈夫と笑顔で答えられた。もう一度あの夏に見た花火を三人で見たいのだから。そうだ浴衣を買ってもらおう。

       

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