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ニーノベ三題噺企画会場
お題②/アンブレラ・アンブレラ・アンブレラ/硬質アルマイト

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 ざあざあ。

 世界は雨に塗れていた。空は鈍色の雲で覆われ、地は泥と水溜りにまみれ、そして僕らは傘を差さなくては、暮らすこともままならなくなってしまった。
「やあ、君はそんなに外が好きなのかい?」
 傘を手にし、長靴を履いた彼はそう言って僕にぎこちなく微笑みかけてくる。そんな彼に一礼をしてから僕は、傘の端から空を覗き込んで見た。
「外が好きではないのです。この雨が何時晴れるか。それを期待してこうやっていつも外に出ているのです」
 僕がそう言うと、彼はそうか、と呟きそしてぎこちない微笑みから、ぎこちない悲哀の色を浮かべて僕を見るのだ。彼は知っているのだ。この雨がそう簡単に止むことがないということを……。

 もう何年も前の話だ。不意に降り始めた雨が、強い毒素を要していて、それによって沢山の生物が命を落としていった。無機物は暫く雨に晒されているうちに酷く腐敗し、肉を持った生物が爛れ、そして苦しみにのたうちまわりながら命を落としていった。
 その雨はきっと浄化の雨であったのかもしれない。生物達はこの世界の寿命と言う名の時間をついに使い尽くしてしまい、そして自らの危機と感じたこの世界が判断したのは『全てをまっさらにすること』だったのだろう。
 次第に命という命が消え、草木が息絶え、次第に腐敗していく世界に生物達は逃げ場を失っていった。人間は生存本能をむき出しにして狂いに狂っていた。
 けれども、それでも希望を失おうとしない者達によって、この世は少しだけ、ほんの少しだけ生き延びる道を見つけたのだった。
 毒をもった雨を一時的に防ぐことのできる傘と、それを生産し、また外をある程度までなら防ぐことのできる防護手段を作り出したのだ。生物というのは本当に生命の危機に瀕するたびに強くなるものだ。
 そうやってその手段を考え付いた者達は「組織」を組み立て、困難に満ちた世に無償で救いの手を差し伸べ続けたのだった。
 今も尚雨は降り続いているが、それでも僕らはこうしてこの地に足をつけているのだ。

 ざあざあ

「私は雨がとても嫌いなのですよ」
 空を見上げる僕に、彼はそう言った。手にした傘は雨を弾き、液体に塗れた大地に波紋を広げて、吸い込まれて行った。
「雨は光を隠してしまう。まるで薄暗い部屋へと閉じ込められたかのような気持ちになるのです」
 その意見に関しては、強く肯定の意を向けたかった。
 強く降る雨の中では温かい気持ちを持つこともままならない。ただ呆然と見つめるだけで時間が過ぎ去り、僕らの生き続けられるリミットを容赦なく、とても冷徹に削り取っていってしまう。
「僕も雨は嫌いです。けれども、そんな雨から逃げるつもりはありません」
 僕は言った。強く、はっきりとした口調で。
 彼はその声を聞くと一度下を向いた後にもう一度僕を見つめる。どうしてだい、そんな言葉を投げかけられているような気がした。
 だから、僕は言ったのだ。
「籠もることはできます。逃げることもできます。けれども再び起き上がった時に晴れているのでは僕は満足ができないのですよ。僕は雲が割れて、そうして出てくる光を待ち臨みたいのです」
「つまり、雨が止む瞬間を見ることが貴方の望みなのですね?」彼は僕の言葉を噛み砕くと反芻するように、自らに納得をさせるようにそう言葉を吐きだした。
 そういうことです。と僕は頷いた。
 暫く彼は何かを言いたげであったが、諦めたのか、傘が“限界”を迎え始めていることに気付いたからなのか、どちらなのかは分からないが、背を向けて後方にある小さな穴の中へと歩いていく。僕はそんな彼の背中を暫く見つめてから、僕は再び空を見上げることにする。
 この空が晴れ渡った時、世界は再び命を吹き返すのだろう。僕はそれがとても楽しみでならないのだ。草木が生い茂る世界に、動物達の動きまわる世界に、再びゼロに戻されたこの地の姿を見る為に、僕はこうやって見難くも生き延び続けていた。
「なあ君、そのまま見続けるのもいいが、そろそろ戻ってきなさい」
 背後から声がした。ああ、もうそんな時間なのか。僕は顔を下に向け、首を振った。
「“バッテリー”がそろそろ切れてしまうよ」

 ざあざあ。

 無機質だけが残った世界に、雨は尚降り続けていた。

   終わり。

       

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