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ニーノベ三題噺企画会場
お題②/雨の日のラヴ・ストーリィ/文造恋象

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 あのう……。いきなり変な事を言うかもしれませんが、僕ってすごく可愛いらしいんですよね。
よく道行く人から可愛いと言われるから、たぶん、そうなんだと思います。特に女の人から人気がありますね。小さい女の子から若い女の人まで。その人たちは口々に僕の事を可愛いと言ってくれます。目が可愛いとかお鼻がキュートだとか。時々おばあちゃんからも可愛いねと言われます。

 
 可愛いと言ってもらえて僕はとっても嬉しいです。

 
 いつも僕はあるお店の軒下に置かれている木でできた大きな椅子に座っています。結構、座り心地がいいんですよ。その椅子に座りながら毎日僕は街を歩いている人たちを観察しています。他にやる事がないから一日中そんな事をしながら過ごしています。意外とこれが楽しいんですよ。だって街中には色んな人がいるんですからね。たいていの人は無表情のまま歩いているんですけど、たまに、笑っている人や悲しんでいる人や怒っている人なんかも歩いていたりして、そんな表情をしている人を見つけると僕はとても羨ましいなあという気持ちになります。
 え。どうして、羨ましいと思うのかって。だって、僕は表情を作る事が出来ないんですもの。なんて言ったかな。あ、そうそう。表情筋って言うんでしたね。表情を作るために必要な筋肉って。そもそも、僕にはその筋肉という組織がないんですよ。
 え。どうして。と思う人もいるかもしれません。でも、僕には筋肉がないんです。だから、僕には表情というものが作れないんです。僕はその事がすごく悲しいです。
 

 僕は色んな表情をしてくれる人が大好きです。色んな表情がありますよね。
 その中でも、一番好きなのは、やっぱり「笑顔」。これに尽きます。
 僕は笑顔を見ているだけで幸せな気持ちになれます。
 どうして、僕は笑顔を見ていると幸せな気持ちになれるんだろう。やっぱり、それは僕の事を「可愛い」と言ってくれる人がみんな笑顔で「可愛い」と言ってくれるからだと思います。
 なんだか……僕って、いやらしい存在かもしれませんね。
 

 たくさんの人が笑顔で僕の事を「可愛い」と言ってくれるわけですが、そのたくさんの人の笑顔の中でも一番お気に入りの笑顔をしてくれる人がいます。
 その人の名前なんて僕は知りません。
 わかる事と言えば……。
 その人は長いサラサラの黒髪が似合う女の人であるという事。
 パッチリとしたお目目がキラキラと輝いていて、とても素敵だという事。
 睫毛(まつげ)が長くてしっかりと整っていて可愛らしいという事。
 ベビーピンクの口紅がとても似合っているという事。丸顔がとても子どもっぽくて魅力的だという事。
 そんな素敵な顔で微笑みかけられたら、誰だって恋に落ちてしまうに違いありません。
 ……そう。僕はその女の人に恋をしてしまったんです。好きなんです。大好きなんです。
 その女の人に飛びっきりの笑顔でずっと「可愛い」と言ってもらいたいです。
 ずっと……。ずっと……。ずっとです……。
 

 僕は時間が憎いです。だって、時間が過ぎてしまえば、あの人は何かを思い出したかのように、僕の許から立ち去ってしまうからです。
 その女の人は「バイバイ」と僕に手を振りながら立ち去って行くわけですが、やっぱり、その時も笑顔なんです。その笑顔も素敵ではあるのですが、その笑顔を思い出す時、逆に僕は悲しくてもどかしい気持ちになってしまいます。
 

 今日はとっても素晴らしい日です。その女の人が僕がいる所までやってきてくれたからです。
 とってもとっても嬉しいです。
 そして幸運にも今まさに雨が降ってきました。
 その女の人は傘を持っていません。傘が無いのであれば、その女の人はこの場を立ち去る事は出来ないでしょう。だって雨で身体が濡れるのは嫌じゃないですか。僕だって嫌です。その女の人だって雨に塗れるのは嫌なはずです。
 このお店の軒下で……僕の所で雨宿りをするのが賢明な判断だと思います。
 雨玉が滝のように激しく空から降ってきています。しばらく止みそうにありません。
 その女の人はとても困った表情をしています。
 その女の人と一緒にいられる時間が増える事はとても嬉しいのですが、困った表情をしているその女の人を見ているのはすごく悲しいです。
「早く、雨、上がるといいのにね」
 その女の人は僕にそう言いました。でも、僕は何も答える事が出来ませんでした。
 

 まだ、雨は降り続けています……。
 

 しばらくすると、遠くの方から男の人が大きな傘を差してこちらに歩いて来るのが見えました。 誰でしょうか。
 その男の人は、その女の人の前まで来ると「ごめんね、迎えに来るのが遅れて」と謝っていました。「遅いよ~」とその女の人がその男の人に言いました。
 それも、笑顔で。僕に見せた事がないような、笑顔で。
 そして、二人は一つの傘を使って仲良く僕の前から立ち去って行きました。


「待ってください!」
 僕はそう言ってその女の人を呼び止めたかったです。出来る事なら二人を追いかけて行きたかったです。
 でも、僕には出来ないんです。
 どうしても、それが出来ないんです。
 とても、とても悔しいです。悔しいです。
 

 どうして……どうして……。
 僕は「熊のぬいぐるみ」なんだろう。


       

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