Neetel Inside 文芸新都
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ハローワーク
一日目

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ここへ来るのは二回目だ。目の前にそびえる煉瓦造りの建物が、僕を圧倒するように遥か上から見下ろしている。この一見風変わりで奇妙な建物の前に、ただ一つだけぽつんと看板が置かれている。

【ハローワーク】

ハローワーク。この建物は、今日まで街中に溢れかえっている無職者のオアシスと言うべき建物である。その見てくれとは裏腹に、建物内は意外と柔らかな雰囲気だ。
僕は一回、この中に入っている。三日前の僕は、親からの仕送りが底を尽き、今住んでいるアパートの家賃どころか一回の食事代さえ危うい状態だった。そんな状態の中で入ったのが、ここだ。
ここでは紹介してもらえる仕事の難易度によって、いくらかの窓口に分かれている。
前回の僕は、無難で中くらいな報酬である子守の仕事を請け負った。だが、考えが甘かったことを思い知らされる。
どうにか約一週間分の食費が稼げ、大喜びだった。その翌日にとてつもない筋肉痛に見舞われ、午前中は外に出ることもままならない状態であった。それから僕は、毎日トレーニングを続けている。
その稼ぎも残り少なくなり、またここへ来た。今度は仕事の内容までしっかり把握しておくようにしようと心に留めておこう。
中へ足を踏み入れた。薄い青色の壁とレトロな天井の明かりが、上品な雰囲気を醸し出している。何人の人がソファーに座っていたり、依頼書を貼り付けたコルクボードに見入ったりしている。
多少勝手を知っているとはいえ、まだこの場所には慣れない。いろいろな色の窓口には、受付嬢がその色ごとの制服を身に着けている。
その中で緑の服の受付嬢が僕の好みだった。なので、今日は緑のコルクボードから依頼を選ぶことにしよう。

依頼難易度:2

・畑仕事の手伝い   報酬:銅200 銀1 
・ラジオの組み立て  報酬:    銀2
・リンゴの運搬    報酬:銅800 銀1
・薬剤の調合     報酬:銅100 銀2


僕の今出来そうな仕事はこのくらいだ。報酬だけで判断せず、じっくりと吟味して選んでみよう。
さて、どれにする?

     

いろいろと悩んだ結果、僕はリンゴの運搬の仕事を行うことにした。単純に果物が好きなだけで、もしかすると仕事の終わりにいくらか貰えるかも知れない、と言う淡い期待のためでもあった。
コルクボードから依頼書を剥がし、緑の窓口まで歩いていく。緑の服を着た受付嬢は、僕が手渡した依頼書を見ると、
「少々お待ち下さい。」
とにこやかに言い残し、奥へと消えていった。そして一分も経たないうちに戻ってきた。何やら手に茶色の箱を持っている。
「お待たせいたしました。こちらに依頼内容の詳細と、その場所までの交通費をお控えしております。」
またもにこやかに笑みを僕に向けて、茶色の箱を渡してきた。中には折りたたんである紙に敷かれるように、何枚かの銅貨が入っているだけだった。
「それでは、頑張ってくださいね♪」
再度僕に向けられた笑みに、不覚ながらも僕の胸がときめいてしまった。そして、この娘が僕以外の誰かにも同じような笑顔を向けているんだろうな、と考えると少し虚しい気持ちにもなった。
茶色の箱を手にハローワークを後にし、先ほど取り出した紙に目を通してみた。
依頼の実施日は明日の二十七日となっており、その場所は地球となっていた。地球とは、このメルトン星から約十二時間宇宙船に乗って着く場所だ。
時間は午前十時から午後四時まで。今の時間は午前十二時だ。地球行きの宇宙船は午前九時の便と午後三時の便しか無いので、早速荷物をまとめて宇宙ステーションまで行かなくてはならない。
自宅に戻るまで少しかかるので、途中目に付いた喫茶店に立ち寄り、食事を済ませた。
店を出た頃には一時になっていた。あとの二時間をどこかで潰そうと考えたが、まだ読んでいない本が溜まっているのを思い出したので、急いで自宅に戻る。
アパートに戻り、すぐに手頃なカバンに旅行用具と本を一通り詰め、キッチンで水をコップ一杯飲んでからドアの鍵を掛け、自宅を後にした。
宇宙ステーションまで歩いて三十分はかかるが、支給された金額にタクシーの費用まで含まれていなかったので仕方ない。
それよりも、一度は行ってみたいと思っていた地球に折りよく行けるようになったこともあって、足取りは知らず知らずのうちに軽やかになっていた。
宇宙ステーションでは、あいも変わらず人が溢れかえるような有様だった。その中にちらほらと、この星ではあまり見られないようになったアニマイド(※①)も見られた。
地球への便は43番ゲートの船らしい。僕は早足で43番ゲートに歩いていき、途中のベンチで腰を掛けた。
そして、膝に置いたカバンを開け、中から分厚いハードカバーの本を取り出した。
明日の仕事について考えを起こしながら、僕は本を読み進めていく。
半分ほど読んだ頃、天井に仕組まれた大型のスピーカーから聞こえてくるアナウンスが僕の耳へ入ってきた。
「43番ゲート、地球行きのお客様。あと三十分で船が出港いたします。繰り返します。あと三十分で船が出港いたします」
本に栞を挟んでカバンに入れる。早いうちに入っておけば、良い座席に座れるのだ。
ゲート前の料金入れに銅貨を数枚入れて、機械が番号の書いてあるチケットを吐き出す。半ば上の空でそれを千切り取り、船のタラップを上がっていった。
船内には人一人居なかった。辺りを見回し、一人用の船室を見つけ、ドアを開ける。
まさに僕が思い描いたような部屋だった。柔らかいソファに幾らかの本が入った本棚、そして宇宙を見渡せる大きさの窓。
カバンをベッドに放り投げ、ソファに思い切り腰を掛けた。冷蔵庫のコイン口に銅貨を数枚入れ、中からフレッシュジュースの大瓶を取り出す。
備え付けのグラスにジュースを注ぎ、少しずつ飲みながら、ソファに沈み込み目を閉じた。
「まもなく発車いたします。まもなく発車いたします。まもなく発車いたしま・・・」
アナウンスの声が次第に遠ざかっていった。体が次第に睡魔に覆われていく快い感覚を最後に、船はメルトン星を後にして、地球へまっしぐらに向かっていった。


(※①アニマイド …動物の姿をした人間。別名動物人間。知能は人間とほぼ等しいが、身体能力はそれを上回るものや、ほぼ同程度の者まで、様々な種類が存在する。)

       

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