「あら、あららららっ!? なんだか私、今とーっても聞き捨てなら無い一言を聞いた気がするんですけれど」
「……?」
 どこからか、女の子の声がした。声から判断するに小さな女の子のようだったけれど、どうしてこんな状況で?
 そんなことを私が思っていると、一人の女の子が私とクオーツの真ん中に立っていた。いつのまにか、全く誰にも気取らせる事無く。見た目は普通なのに、なんだかその存在が間違っているようで――気味が悪く。表現し難いけれど、なにかがズレている。まるで、体と心の持ち主が違うかのような。
「もうっ、駄目じゃないですかみなさん。折角私が出てきたというのに、もう消そうとするだなんて。私は御立腹なんですよ。みなさんはここで戦う運命なんですから、きちんと責務を果たしてもらわないと」
「ちょっと貴女――いったい何を」
「つ・き・ま・し・て・わぁっ!! ……みなさん死んでくれますぅ?」
 そして――消えた。
(……っ!? 一体どこに――)
「でわでわぁ、またいつの日かお会いできますことを祈りまして、死んでくださいね♪」
「ぅ……ぉっ!?」
 どうやって移動したのだろうか、彼女はルートの懐に入っていて、そして彼の胸に手を当てていた。体勢としては精一杯背伸びしているようななんじだった。けれど、それはすぐに終わる。ルートが“消えた”からだ。彼が何かしらの魔法を使ったようには見受けられない、この彼女がその“何か”をしたんだろう。
「貴女、彼をいったいどこに――」
「殺しましたよ」
「…………え?」
「少々抵抗されたみたいで、存在ごとの“情報”の抹消はできませんでしたが、それでも今この場での彼は死にました。運が良ければ数百年後ぐらいにまた生き返ってるんじゃないですかね」
「こ、ろし……た?」
 あいつを? あの自尊心の塊の彼を?『万魔の王』の彼を?
「あ、もしかして会えなくなったことを悲しんでいるんですか?だったら安心してください、あなただけでもいつか生き返られるように殺してあげますから」
 いや、そんなことじゃない。一体、どうしてこんな事態が発生しているの?このまま話し合いで解決できそうな流れだったのに、この子は一体……?ルートが死んだ云々はよく分からないにしても、何かが異常だ。なんだか世界が――狂っている。
 まるでこの子は、全てを台無しにするためだけの存在――というよりも駒のようで、私には何が何だか分からない。この子はどこかが終わっている。始まっていないにしても、終わっている。始まりはなく、終わりだけをもたらす存在とでも言うのだろうか。
「イリザ、なんにしてもこいつは不確定材料過ぎる。どうこう言う前に拘束したほうが良さそうだぜ」
 クオーツもこの存在の異常さを感じ取ったのだろう、声にもどこか余裕が感じられない。
「イリザさん……この女の子……どこか変です……」
「……エンド?」
「なんだか……まるで中身と外見が一致しないみたいな……」
 中身と外見が不一致、か。なるほど、言われてみればそんな気がしないでもない。本来存在しないはずの存在が現れているとも言える気がする。
「はいはーい、余計な詮索は女の子に嫌われちゃうんですよー? 以上、私によるお得情報でしたーっ」
 そしてまた――消える。
(この消え方も……なんだか変。さっき感じたのは、まるで彼女が初めからそこにいたという錯覚。世界が根底からひっくり返されるような、そんな違和感)
「さてさてぇー、これで二人目ですね」
 声を辿ると、彼女はエンドが“立っていた”場所にいた。彼もまた、ルートと同じく消えていた。これまでと同様、それは、彼はそこに初めからそこに存在しなかった、とでも言わんばかりの違和感を私たちに残した。
(ま、さかっ……この子は……!?)
「貴様、図に乗るのも大概にしておけっ!」
 私が最悪の予想に辿りついた時、運悪くメスティアが彼女に対して抜剣して駆け始めた。静止の声をかけるが、その時既に遅かった。
「ティーっ! 待ってっ――」
「これで残るは二人、と」
 そしてメスティアさえも消される。今度もまた、彼女はいつの間にか移動していた。いや、移動じゃない。あれは、そんな類のものじゃない。
「ちっ、なんつー移動術だ。早いのか、魔法なのか……」
「クオーツ、そんなのじゃないわ。あれは……彼女が初めからあそこにいたから、ただその場所にいるだけなんだから」
「……なんだそりゃ?」
「つまり――」
「――えーっとですね、他人の個人情報をばらそうとするのはやめておいた方がいいと思うんですよね、私は。プライバシーの侵害です、そういうネタばらし、やめません?」
 にこり、と。悪意に満ちた笑顔。手に握っているのは、投擲用ではなく、大振りのナイフ。それも、さっきまでは持っていなかった。つまり今度はどこからか出した。
「……脅迫のつもり? 今更そんなことで驚きはしないわよ」
「あら、そうですか。残念です。でしたら、これはあなたにあげましょう」
「……?」
 数瞬後、それが私に“刺さっていた”。左の手首と肘の間、そこにそれが刺さっていた。あまりに一瞬すぎて、体の痛覚が追いつかないほどのスピード。いや、スピードではない。
 それを理解したところで、遅れて痛みがやってくる。
「ぐぅ……ぁっ……」
「なっ――」
 さっきまで彼女が持っていたナイフがいつの間にか消えていることにクオーツも気づいたんだろう。そして今度は私が声を洩らしたのでこっちを見てみたら、腕にナイフが刺さっているのが見えたといったところだろうか。
 大振りのナイフ、けれど意外と傷は浅い。こうして色々と考えている今だって絶え間ない痛みに襲われている私だけれど、それでもそういうことを考えられるだけの痛み。投げたらこんな傷にはならない。つまりこれも、“初めからそこにあった”。そういう風に――彼女が情報を改ざんした、ということだ。
 自身や物質における位置座標の改ざん。
 存在という情報の抹消。
 それこそが、これまでの彼女の行動の正体だ。つまりは……“消された”みんなは、彼女の言うとおりに殺された。消去されたんだから……それはつまり、死。
「あー、……なんでかしらねぇ」
 遠くを少し見つめてから、彼女を睨みつける。
「無性に腹が立ってきた」
「――っ!?」
 驚愕の――というよりは恐怖の表情を浮かべたのはクオーツだ。……無理も無い、自分で理解しているというのも変だけれど、私は怒ると怖い。半端じゃないぐらい怖い、らしい(クオーツ体験談)。
 自分で分かるくらいに不機嫌な顔を浮かべて、扇をパッと開いた。
「……クオーツ、突撃」
「っ、分かった」
 そのまま真っ直ぐにクオーツは彼女の方へと走り出す。当の彼女の方はというと実に余裕ありげな表情で、彼を見ている。
 そして、また“何か”をしようとしたんだろう。が、何も起きない。
「あら――?」
「ぅらぁっ!!」
 その間に、クオーツが彼女を一閃。斬ったクオーツさえも驚くほど彼女が何もしてこなかったので、見事に直撃。胴の部分で上と下とに体が分かれる。……血が噴き出す。血の噴水と言っても過言ではないほどの血の嵐。
 それでも何も無く、むしろ呆気にとられて彼も動けない。その“彼女”の血を返り血として大量に浴びることになっているが、驚きで動く事ができなかった。
「……『退魔』、ってね」
 ようは私が彼女の魔法を妨害したわけだ。だから当然さっきみたいな移動は起きないし、消されることもなかった。単純にそれだけの話、彼女は何もしなかったんじゃなくて、させてもらえなかった。そういうことだ。
 全身血まみれとなった彼が、はっとしたのかこちらを向く。
「今ので終わり……なのか?」
「手を下した貴方自身がそれをよく理解していると思うけれど?」
「いや、まあ……なんか、呆気なさ過ぎやしないか? あれだけの人間が、これだけで死ぬとは思えないというか、なんというか……」
「別にそうでもないんじゃないかしら。現実世界、そんなにくどくどと長い時間かけてやるような戦いなんてほとんどありえないし、物事なんてどんなことでも、呆気ないものだと思うわよ」
 これは私の本音だ。別に悟ったわけでもなんでもないけれど、経験上での話。終わってみれば、物事なんて大抵は呆気ない。すぐに過ぎ去ってしまうものだ。
 なんだか彼は渋々納得といった表情で同意する。
「…………こりゃー、服の洗濯が大変だな。新しい服でも用意してもらうとするか」
「そうしといた方がいいと思う……け、ど……!?」
 それが彼が“消える”直前、最期に言った言葉となった。
(また、感じる――)
 あの、どうしようもない違和感。ソレが、彼がいた場所になお立っていた。斬られたなんて、そんな事実は存在しないとでも言いたげな風貌でなお――彼女は立つ。
「これであなたで最後ですね。安心してください、あなたを消した後の事後処理に関しては、私の独断と偏見で創り上げてあげましょう」
「本当に……何でもありなのね……!!」
 私は気圧され、そして――なお一歩前へと進み出た。