Neetel Inside ニートノベル
表紙

禁術師
ぷろろーぐ

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「あんたを、あたしのお兄ちゃんにしてあげる」
 俺の名前はルゥラナ=メグザ。職業は旅人(職業とは言わないが)。この世界のいろんな国を巡り、冒険し、世界を見つめている。……などど言うと聞こえはいいかもしれないので、ぶっちゃけて言うなら、ただの放浪者。それだけだ。ただ気の向くままに旅をして、ときどき誰かの依頼を受けて金を稼ぐ。傭兵、とは違うかもしれないが、そんなことをしている。
 十歳ぐらいのころから剣の扱いを習い、まあそこで才能が開花するわけで、それから数年後に家を飛び出し、今に至る。言ってしまうと短いけれど、俺の人生なんてこんなものだ。今が何歳かなど分からないが、だいたい二十歳ぐらいだと思っている(永遠の二十歳だとかそういうのではなくて)。
 愛用の武器は大剣だ(大剣の中では普通の剣に近い見た目だ)。背中に背負っているのがチャームポイントだと思っている。一応旅先で見つけた、いわゆる魔法剣とやらで、切れ味がよく刃毀れも無い仕様になっている。なっているようだ。これについてもう少し言及するなら、「金が浮くから助かるなあ」だ。こんなものだろう、やはり(旅人なんて金が無くて困るのが大半だ)。
 そしてそんな俺が、今日も今日とてやっぱり旅人、な風に過ごしていたところ(つまりいつも通りだ)、突然声をかけられた。ついさっき町を出て、次の町へ向かっているときのことだった。
「あー、……誰だ?」
 俺に声をかけてきたのは女(より詳しく言及するなら少女の部類。髪が長くストレートで、よく分からないが仰々しい赤い服を着ている。豪華な、とでも言うべきか)だったんだが、知り合いなどではなく(旅人という時点で知り合いに出会えることなんてまずないのだが)、見知らぬ奴だった。ぱっと見た感じ、16歳ぐらいに見受けられる。
「あたしはあたし、もちろんあたし。そしてそしてよくぞ聞いてくれたわね。そう、あたしがかの有名なメイラ=シュライナ。親しみを込めてメシって呼んでくれてもいいわよ」
「食い物かよ」
「ほんとに言ったらぶっ飛ばすからね」
「どっちだよっ!」
 なんだ、こいつ。よく分からん。やけに親しげなのは多めに見ておいてやるとしても、もう一回言う。……なんだ、こいつ。
「なんだよお前。俺に何か用か?」
「あーあー、その前に一つ確認事項。あんたの名前、ルゥラナ=メグザ。二つ名『殺人周期(キャプリースフェイト)』。職業は旅人……ってこれは職業なのかしら。まあそれはいいとして、合ってるかしら?答えることを許してあげるわ」
「何故に上から目線だ」
 ますます意味が分からん。
「答える義務など俺には無い」
「そ。ならあんたをそうだと仮定して話を進めるわ。あんた、あたしのお兄ちゃんにならない?」
「……は?」
 そういえばさっきもそんなこと言ってたっけか。なんとなく無視させてもらったが、なんだ、本気だったのか。なるほどなるほど、『お兄ちゃん』ねえ……。
「……悪い、俺の理解力が無いからなのかお前の言い方が悪いからなのかは判断しかねるが、意味が分からん。分かれ、という方が酷だろう、それ」
「あたしは前者を推奨するわ」
「いやいやいや、間違いなく後者だろう」
「……厚謝?」
「お前に感謝する理由も原因も要因も要素も一つとして皆無だ」
「あたしは理由無く感謝されるべきよ」
「間違いなくそれはただの社交辞令だと言っといてやる」
 状況にもよるが、間違いなく。
「つーか、仮定してるような奴を兄にするなんて言うか、普通。いや、もちろんその言葉の意味すらも分かりかねているが」
「理解力ないわねえ」
「破壊力ならある」
「あっそ」
 ……酷い。せっかくこいつのノリにわざわざ合わせたというのに何たる扱いだ(こんな子供のノリに合わせてる大人がここにいるけれど、それはそれ)。
「とりあえず話を進めてやるが、俺を兄にしたいというのは未だに理解できないままとして、俺のことを知っていて会いに来たというのは、つまりは挑戦しにきたと受け取っても構わないのか?」
「こんな少女に暴力振るう気?あんたは人間として恥ずかしくないの?」
「出会ってすぐに『あんたを、あたしのお兄ちゃんにしてあげる』なんて言う奴よりは恥ずかしくない」
「いや、あんたシスコンっぽかったから、その方が食いつくかな、と」
「酷くないっ!?」
 見知らぬ女にそんなこと言われて食いつく奴いるかっ!それこそもう人間として終わっている。
 ……というか、その前提自体が物凄く俺としては悲しい。そんな奴に俺は見られているというのか。初見でシスコンなんて言われる奴ってどんな奴だ(俺だ)。
「あんたにも理解できる言語に直してあげるとね、つまり『あたしの仲間にならないか』、ってこと。理解できましゅか?」
「……なあ、馬鹿にしてるよな。馬鹿にしてるよな?」
「馬鹿になんてしてないわ。馬と鹿に悪いじゃない、その言い方」
「俺はまさかの馬と鹿以下の存在っ!?」
 『馬鹿』をそう解釈する奴なんて始めて出会った。なんとなく少し凹む。
「……って、仲間?」
「そっ、仲間」
 馬鹿な言動ばかりに振り回されていて若干反応が遅れたが、まあいいとして。
 この俺を、仲間に誘うだと?よっぽどの馬鹿か馬鹿だろう、こいつ(少し対抗)。
「そういう勧誘は、もうちょい強くなってから言え。雑魚に誘われて即決で仲間になる奴なんているわけないだろう。俺にメリットがあるわけでもなし」
「あたしにメリットはある」
「俺にはねえ」
 なんていう自己中野郎だ(少女だが)。
「ふふん、だけど勘違いしちゃだめよ。確かにあたしは『導き』に従って強い犬歯を捜した、それは事実」
「なんで犬歯を捜してんだよ」
「失礼、剣士。だけれど、あたしはあんたの何倍も強い。これもまた、事実」
「ほぅ……言ってくれるじゃねえか」
 自分で言うのもなんだが、俺は二つ名が付くぐらいの実力はある。間違っても、こんな武器すら持たないような少女に負ける道理などない。自分の実力が分かるのも、また一つの実力。そんなかんじだ。
「武器ならあるわよ。……ほら」
 と言い、彼女はソレを俺に見せる。いや、さっきからずっと視界には映っていたさ。何の違和感も無く、ソレをずっと使っていたから気にも留めなかっただけ。
「……扇?」
 それは豪華な装飾が施された、扇としか言いようのない扇だった。素晴らしいぐらいに扇すぎて、そうとしか言いようが無い。つまりは。
「ただの扇じゃねえかっ!」
 戦闘なんかには間違っても使えない、まさに本来の用途に相応しい扇だった。もちろん、彼女は出会い頭からずっとそれで自分の事を扇いでいたわけで、だからこそ余計、それに気を留めていなかった。
「何言ってるのよ。素晴らしい扇でしょ?」
「それを武器と言うお前の頭が素晴らしいっ!」
「褒められた……!?」
「うんまあ、褒めたってことにしといてくれ」
 め、面倒くさい……。どこまで勘違いが多い奴なんだ。
「あ、そうそう。ちなみに」
「まだ何かあるのか……」
「あたしと戦わないと実力分からないというなら、もう証明してあげたから、ね」
「……あ?」
 その時。俺は自分の目の前のソレを理解できなかった。
 最後の一文。彼女がそれを話していたのは、……俺の背後だった。人間の死角。旅人として、剣士として、取られてはいけない、ポジション。
「……何をした?」
 もちろん、いくら意味不明な女であろうと目を外すことなどしない、断じて。俺は常に彼女を視界に入れていた。その、はずだったのに。……気づいた頃には背後を取られていた。
「……『禁術』」
「……?」
「この場合における禁術っていうのは『使用を禁止されている魔法』というわけではなく、つまりは『失われた魔法』。理解できるかしら?」
「いや……俺の理解力が足りないのか、残念ながら理解できんな」
 一般的に禁術と聞くと、彼女の言うところの前者が主だ。そういう魔法は確かに存在する。けれど……後者。そんなものは聞いた事は無い。『失われた魔法』?
「禁術を扱う者のことを『禁術師』、そうあたしは呼んでるわ。……なんとなくかっこいいでしょ?とは言っても、あたししか使えないわけなんだけど」
「さあ、な」
 俺はここに至って、彼女の方を向く。ゆっくりと、ゆっくりと、向く。背中の剣に手をかけて。警戒心を――抱いて。
「……目的はなんだ」
「さっきも言ったでしょ。仲間になってほしいのよ」
「……それほどの謎の力を持っていてか?」
「そ。……騙すようで悪いんだけどね、実はこの禁術にも大きな弱点があるわけよ。あ、ちなみにもちろん秘密ね。まあだから、そのためにもあたしには何人かの協力者が必要なのよ。この世界のためにもね」
「ははっ、世界とはまた大きく出たもんだな。責任重大じゃねえか」
「……どう?最初は遊び感覚でもいいからさ、あたしの仲間になってくれない?駄目なら駄目で他をあたるけれど」
「はっ、しょうがねえ。あんたの秘密に免じて仲間になってやる。……って、こんなかんじでいいか?」
「ふふっ、上出来」
 こんな子供についていくというのも癪だが……それ以上に禁術というのに興味がある。魔法はほとんど使わない俺といえども、そういうのに対する好奇心がないというわけでもない。それに……何といっても、俺をここまで恐怖に駆り立てたのはこいつが初めてだ。謎だからこそという要素もあっただろうが、それだけのはずがない。何か別のものがあったに違いない。まあ、俺のプライドの観点から言って、実力差などと認めたくはないのだけれど。
「じゃ、これからよろしくね、お兄ちゃん♪」
 ……たぶんこれが俺を恐怖に駆り立てたに違いない。そういうことにしておこう。

       

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