Neetel Inside ニートノベル
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禁術師
追憶

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――ただ一言、彼女は呟く。
「ふぅ……」
「お疲れのようだな」
「……まぁね」
 そこは、一つの部屋。机があり、椅子があり、書棚があり、特徴を言い表すなら執務室のような場所だった。そこで、一人の彼と彼女が向かい合って話す。女が椅子に座って、男が壁にもたれるようにしていることから、女のほうが立場が上だと見受けられる。女のほうは連日仕事が続いているようで、疲れ切った顔をしている。
「たまには息抜きでもしたらどうだ?仕事ばかりじゃ、いくらあんたでも心配になる」
「その言い方は癪だけれど、そうかもしれないわね。とは言っても、リーダーたるもの、いくらかの無茶は必要なのよ」
「それで俺らに心配かけちゃだめじゃないのか?」
「貴方たちには問題なし」
「いや、問題ありだろ」
 男は若干苦笑気味につっこむ。冗談を言える内は、まあ心配ないだろう、という考えだ。本当に危険な時というのは冗談さえ言えなくなるほどだ、ということを、彼はよく知っている。
「それに、そういうことを私に言うなら、先に自分の心配をしてほしいところだけれど」
「なんでだ?別に俺は心配させるようなことはした覚えは無いが」
「……私に心配をかけまいとするその精神は嬉しいけどね、私としても貴方たちのことは心配しているのよ?報告はしていなくとも、貴方たちがしていることは大体知っているわ」
「……」
 ちっ、と彼は舌打ちする。天井のほうを向いて、「あー、くそっ。またあいつか。ったく、あれほどリーダーには言うなって言っといたってのに……」、と愚痴るように言った後、再び目線を戻して彼は話す。
「まあ……なんだ。悪かった」
「いいわよ、許してあげる」
「……待て待て、なんか上手い具合に自分の事は流そうとしてないか?」
「リーダーたるもの、そうでないと」
「暴君かっ!」
「暴君じゃない、リーダーよ」
 真面目な顔で答える。抜けてるんだか、抜けていないのだか、といった彼の感想。そんなことなど、彼女には分かるわけもないけれど。
「……で、貴方は報告しにきたのよね。どうだった、状況は」
「あー、そういやそうだっけか」
 真面目に忘れていたようだ。どちらが抜けているのか分からないけれど、彼女からしてみればそれはいつものことのようで、特に責めもしない。
「とりあえず、一番厄介だったあの国は落とした。残りの国もいくつか抵抗しているが、後は時間の問題ってとこだろうな。それもこれも、あんたのおかげってわけだ」
「……そう」
 あまり驚いた様子もなさげに彼女は答える。
「どうした、そんなに感動もないってか?」
「いえ、ただ単に……実感できない、ってところかしらね。あなたも同じ反応をしたんじゃないかしら、その報告を受けたとき」
「まあたしかに、世界統一だなんて言われたところで、実感しろってほうが無理がある。一理ある。ちなみに俺は感動した。あの本には」
「私は本の話なんてしていないのだけれど……」
「いやいや、あの本はよかった。あんたにも読んでもらいたいぐらいだ。何がよかったって、そりゃあオチだな。それに、謎も多すぎず、少なすぎず、実に考え抜かれた絶妙なバランスの本だった。作者を探し出して勲章でもやりたいぐらいだ」
「はいはい」
 彼の趣味は読書のようで、いや別にそれ自体はいいのだけれど、困ったのは本について熱く語ることだ。ちなみに、彼女はその話を常に九割聞き流している(残りの一割は彼女の優しさだ)。
「とりあえず、あと少しだ。あと少しで終わるんだ。だから、あんたもあんまり無茶すんなよ」
 いつのまにか、彼の演説は終わっていたようだ。一呼吸置くこともなかったのでそれに気づくのに若干彼女は遅れたが、慌てることなどなく、かつ心を込めて彼女は彼に言う。
「貴方たちが私を大切に思っているのと同じくらいに、私が貴方たちを大切に思っているってこと、忘れないこと。いい?」
「分かってるっての。俺がそんな簡単に死ぬようなやつに見えるか?」
「……死亡フラグっぽい」
「おい待てなんか今ぼそっと怖いこと言ってなかったか」
「夜逃げでもしようかな、と」
「そんなこと言ってない。断じて言ってない。というかそれはそれで洒落にならん」
「私の言動の九割は冗談よ」
「随分扱い辛そうな人間だな」
 そう言い残して、彼は部屋から出る。これ以上仕事の邪魔をしても悪いと思ったんだろう。時間帯としてはもう夜とはいえ、仕事はまだまだ夜遅くまで続く。それが、世界を統一するだろう者としての務めだと思って。
「……なんてね」
 ふと、彼女は小悪魔な笑みを浮かべた。
「今回は、残りの一割なんだけどね」
 そう彼女は呟いた――。

       

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