Neetel Inside ニートノベル
表紙

禁術師
第一話 扇の舞姫

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 神国パラシア。
 それが『パラ教』の総本山の国であり、つまりは今現在最も力を持つ国である。
 『神徒』である三人を筆頭として、『神官』である兵士を使って世界の統一を企む。
 そう言うと随分イメージが悪くなってしまうけれど、実際のところ決して悪くはない。むしろ、正しい。
 宗教を信じる者がいる以上、それからしてみればそれを妨害しようとする方が異端なのだ。
 もちろん、その戦争行為に反対している者だってたしかに存在する。流石に、全員が全員意思は一つ――などというのはありえない。
 だから、メイラたちが協力者として仲間に引き込もうとしているのは、そういった、現状に賛成できない人たちだ。宗教は信じるが、それでも戦争にはどうしても賛成できない人たち。そういう人たちは、やはり少なからず存在する。
 あるいは、『パラ教』を信仰しない国の人たち。そういう人たちも仲間として引き込める。
 ただしあくまでメイラが願うのは、彼女の言う『パラ教をあるべき形に戻す』であって、神国そのものの排除ではない。そうなると必然、その国に対抗している国の人たちはあまり仲間にはできない。人を選ばなければ、たとえ宗教改革が成功したとしても、それを狙って協力者の国が敵に回ってしまい、結果、神国が崩壊するかもしれない。
 よって、出来る限りメイラたちが仲間にするのは『神官』。外から改革を目指すのではなく――内側から。
 まあもちろん、そうしたところで敵国に攻撃されるのは避けられないだろう。国内で騒動が起きたと分かれば、いくつかの国は戦争をしかけてくるかもしれない。
 だからこそ、出来る限り国内での争いを抑え、それに備えたい――というのがメイラの狙いだ。
 そうは言っても、戦争を仕掛けているのは神国なのだから、そんなに攻められる事もないだろう、ともメイラは考えている。つまりあくまで保険。そういうことだ。



「季節は夏。夏といえば海。海といえば水着っ!そう、夏こそは私たち変態の独壇場。何者にも侵せない私たちのサンクチュアリ!誰に咎められるでもなく、精神の自由を確立されている変態の世界。ああっ、私はこの季節を毎年いかに楽しみにしていることか。なのに、……なのにっ!これはどうしたことか!そう、私は今現在大変な危機に陥っているのだ。そう、それは……神国パラシアは内陸国であるということだ!これでは必然、変態の聖域は生まれるはずもなく、そうなれば私はどうやって生きていけばいいというのか。このような悲しい夏を、どうして私は過ごせようか、いや過ごせない!」
「だったら勝手に死んどけ」
「酷い、酷いとは思わないかねルゥ君、その発言は。君も私の同士だというのにつれないことを言うものではないよ」
「この脈絡での『同士』にはなった覚えは無い」
「義妹が二人いるという時点で、既に君は同士なのだよ」
「謝れ、全国にいるそういう家族構成の方々全員に対して今すぐ謝れっ!」
「周りを気にして変態は務まらないよ。『変態』とは常に盲目なのさ」
「それはただ単にきもい奴に過ぎないっ!」
 神国パラシアの中の、ランドルーザという中都市というべき町の中。歩きながら、ルゥラナとレクシスは熱く語り合う(主にレクシスが)。
 町の中でこんな会話をしていると、必然的に生まれてしまう悲しい結果が当然あるわけで。
「……うっ」
 周囲からもろに見られていた。
 ルゥラナはもちろん、レクシスと同様な『変態を見つめるような目』で(レクシスはいつも通りだから特に何も感じない)。
 そのことに対しては言うまでもなく、ルゥラナの中では激しい葛藤があり、同時に乱闘騒ぎもあったわけだが、彼の名誉のためにあえて割愛する。


 
 礼拝堂。
 それはやはりこの宗教にも存在していて、もちろんこの町にもそれはあった。
 けれどそれは一般的なそれとは似ても似つかず、なぜならそこは、その町の行政が行われている所だからだ。
 神国パラシアは『パラ教』を中心として作られた国家であり、よって政務もその宗教を信じる者が行う。そしてその中でもより強いもの――つまりは『神官』が行政を行っている。
 このシステムは、民衆の間では大変気に入られている。
 一見、もしもその『神官』が無能な者であれば、権力が強いために反論し難く、結果、その町が荒廃することになるかもしれない。
 が、このシステムでは、その『もしも』という要素がありえないのだ。
 『神官』は、『神徒』が直々に審査し、それに合格しなければなれない仕組みになっている。その合格基準というのが凄まじく高いらしく、その基準というのも、性格だとかそういうのもまとめて審査されるため、『はずれ』という『神官』は決してできない仕組みだ。
 ならば余計にメイラたちが交渉する隙も無いのではないか、という仮定が現れるわけだが、それは逆に優れた『神官』であるからこそ交渉できるともいえる。
 彼らは一言で言い表すならば、真面目。
 ひたすらに皆の事を考え、何をするべきかを常に考えている。
 だからこそ――戦争が正しいと思えない者も現れてくるわけだ。そういう者を、メイラは勧誘する。
 彼女の言う『導き』という魔法によって、『その可能性のある者』を探す。そして交渉。――それがメイラの思い描く道筋。
 ただしあくまで可能性のある者を探すにすぎないため、断られることも考えている。それはやってみなければ分からない、といったところだ。
「礼拝堂……あたしは来るのは初めてだけど、大きいわねー。無駄に」
「そのものずばりだ」
 ただし、礼拝堂で行政を行っているとはいえ、もちろん本来の使い方だって兼ねている。
 中に入っているメイラたちだけでなく、ほかの人々もちらほら目に付く。こういう光景から、『パラ教』の信仰度が伺えるというものだ。
「ねえ、あの石像みたいなのって何なの?」
「あれはですね、なんでも『神魔戦争』での神様3人の姿らしいです」
 と、メルミナが解説口調で語る。
「『パラ教』というのは、あの神様たちに感謝しましょー、的な宗教ですから、皆さんはあの石像みたいなのに向かってお祈りするわけです」
「ふぅん……あれが……」
 そう小さな声で呟き、メイラはしばらく無言。
 ルゥラナからしてみれば、その無言というのが気まずいらしく、ついいつも話しかけてしまう。
「どうした?」
「ん。なんでも」
 まあ、理由を話してもらえたことはほとんどないが。
 そのことについて、実はルゥラナは一人で悲しんでいるのだが、もちろん誰も知るわけがない。
「……ところでよ」
 そういえば、といった口調で、思い出したかのようにルゥラナが話す。
「メイラの言う『導き』っていうのは……本当にあてになるのか?俺からしてみれば、ただの勘で動いているようにしか見えんのだが。俺らには禁術ってのはよく分からねえしさ」
「ふふふ、甘いわね。『導き』を馬鹿にしちゃー駄目よ。これだって立派な禁術。過去にあたしはこれに何度助けられたことか」
「周りからしてみれば、お前ってただ単に勘で動いているように見えただろうよ」
「いーのいーの、理解できる人だけ理解してれば。そんなのテキトーテキトー」
 と言って、パタパタと扇で扇ぐメイラ。実はルゥラナはそれが(涼しそうなのが)羨ましいと思っていたりする。
 比較的夏は涼しく冬場もそこまで冷え込まないという、まさにうってつけのこの地域であるけれど、それでも夏は夏。暑くないなどというのは決してない。
「さーてとっ」
 パチン、と見事に扇を閉じて、メイラは言う。
「行きましょっか」



 『神官』とはつまり、この町での一番の権力者ということだ(ただし、こういう中都市ともなると何人かいたりするが)。
 必然、そうなれば建物の中の奥の方に部屋があるということなので、そこで働いている人に案内を頼むことになる。しかし、やはりというべきか『神官』とて多忙人だ。先に話をつけていなければ会うことはできないそうで。
「そこをなんとかっ!このとーり。……駄目?」
「そう言われてもですね、規則は規則ですので、また後日予約を取ってからということでお願いします」
「……けち」
 メイラが見苦しくも女であるということを利用してみたが、流石は信者。そう上手くいくわけがなかった。
 ルールを守らないというわけにもいかず、そろそろ折れてまた後日にするか……と考え始めていたルゥラナだったが、メイラはまだ諦めきれないらしく、ついに、
「……むか」
 きれた。
「そう、そうなの。ふふふ、あんたがどうされたいのか、あたしはよく分かったわ」
「……おい、変な騒ぎは起こすなよ」
 ボソッと、相手には聞こえないように呟く。しかし、彼のそんな苦労など無に帰すかのように、彼女は謳う。
「『記憶は流転し変化する。汝が為すべきこと、その身に宿れっ!』」
 再び扇を取り出し、広げ、そしてその信者(男)に扇を向ける。
 メイラが言っていた、『武器は扇』という発言。あれは冗談などではなく事実だ。ただし直接それで攻撃するのではなく、魔法の媒体。つまりは魔法の威力向上武器、とでも言うべきなのか。
 仕組みについては説明のすることが出来ないものの、扇を動かす事で空気中の魔力を集め、そして楽に魔法が使えるようにするというものらしい。
 そして扇を向けられた男は、一瞬微かに体が光り、はっとしたかのようになって言う。
「……私は、誰でしたっけ」
「……」
 ルゥラナは心の中で叫ぶ。
(やりすぎだろぉぉぉぉぉぉぉっ!)
 そのものずばりだ。
「(ちょい待てメイラ。何をどうしたのか俺には判断しかねるが、これは流石にやりすぎだろ。なんだかだいぶ記憶失ってる風じゃねえ!?)」
「(大丈夫、そこまではしてない……はず)」
 随分頼りない返答だった。
「ええーっと。あんたが誰かなんてどうでもいいとして、あんたは『神官』の所にあたしたちを連れて行ってくれたらいいの。理解オーケー?」
「『神官』……?ああ、そうでした、思い出しました。……ええと、私は『神官』シノイ=サルルーナ様の所へあなたたちを連れて行けばいい……のですか?」
「そうそう」
 なんとか相手も記憶を取り戻したようで一安心だったルゥラナだった。
 ちなみにこのとき、レクシスとメルミナは、
「この禁術……使えるっ!」
「使えますねっ」
「まてまて二人とも。お前らさっきの禁術悪用する気満々だろ」
「あのような魔法を悪用せずにいることがどうしてできようか、いやできない!」
「いや、我慢しろよ」
 色んな意味で、この先が不安になったルゥラナだった。
 最初からこんな調子で進んでいいものなのか、とても疑問に思った。
 ただ、強いてメイラを止めはしなかったので、彼とて案外この状況を楽しんでいるのかもしれない。なんだかんだと言いつつも、いつも彼は止めもせず、たまに自分だってそれに参加することだってあるのだから。
 そして、メイラ一行と、若干記憶が混乱している奴一名は、『神官』であるシノイ=サルルーナという人の部屋へと向かい、そして足を踏み入れた。

       

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