Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 シノイ=サルルーナ。
 性別は男。『神官』であり、このランドルーザでのトップだ。
 民からの信頼も厚く、戦闘における実力も高いという噂だ。
 戦闘スタイルは剣と銃の組み合わせだそうで、その状況に応じてそれぞれを使い分ける。共に扱いは一流らしい。
 ……というのが、メイラたちがシノイという人の部屋へ向かう最中にメルミナから聞いた、その人の情報だ。それを語る時の彼女の上機嫌さといえば、それはもう文字としては残せないほどのものであったため、ここでは記せない。彼女としては、やっと自分のテリトリーが来た事でよっぽど嬉しかったんだろう。
「……ねえ、信者A。まだシノイって人のところにつかないの?」
「さすがにAはやめてください……」
「じゃ、Bで」
 何度目になるか分からない二人のやり取りだった。もちろん、そんなに時間が経っているわけではない。所詮は同じ建物の中にある部屋へ行くに過ぎないのだから、それはそうだろう。それにもかかわらず、メイラはさっきから10秒に一回ぐらいの頻度で信者Bに話しかけているのだった。迷惑極まりないだろう、彼としては。
 しかし、ついに彼が一つの部屋の前で立ち止まった。
 やっと着いたということで、信者Bはこっそりとため息をついていたりする。もちろんメイラには見えないように。
「着きましたよ」
「はいはいー、お役目ごくろーさま。じゃ、バイバイ」
「……いくら信者Bとはいえ、扱いが酷くないですか」
「相手してもらえるだけでも感謝してちょうだい」
「……そうですか」
 何を言ったところで無駄であると、彼はこの短時間で分かったようだ。
 これ以上はあえて反抗せず、言われたとおりにこの場を立ち去った。
「さて、邪魔者はいなくなったことだし、さっさと入りましょうか」
「あいつ可哀想じゃねえ!?」
「別に。悲劇のヒロインはあたしだけだもん」
「すっげえ自意識過剰っ!」
「ほら、ルゥ、さっさと扉を開けなさい。信者Bの遺志を無駄にするつもり?」
「俺を無視するはまだいいにしても、いい加減あいつ弄りやめねえ?」
「やだ」
「やっぱり?」
 コンコン、とルゥラナはドアをノックした。やはり彼はなんだかんだ言いつつもやる羽目になっているが、まあそれはそれ。
 しかし、しばらく待ってみても一向に返事は無い。
 少しメイラが逡巡するそぶりを見せてから、一歩前へ進み、それから思いついたかのように彼女は言った。
「これは……事件のにおいっ!」
「んなわけねーだろ」
 とりあえずルゥラナは彼女を背後から蹴った。顔面からドアにぶつかることになり、結果、二回目のノックの代わりとなってルゥラナ的には一石二鳥だった。そのまま彼女は地面に倒れこむ。
 むくり、と彼女はゆっくりと顔を起こして、ルゥラナの方を見てから叫ぶ。
「……ぐはぁっ!!!!!!」
「そんなに強くは蹴ってねえよ!?」
 物凄い演技だった。なぜか血を吐くかのような演技だったが、なぜそれをチョイスしたかは不明だった。
「ぐ、があああああっ!」
「ああぁぁぁぁぁっ!」
「お前らには何一つやってねえ!」
 悪乗りしている奴が若干二名ほど、そこにいた。
 この光景、もしも誰か第三者に見られようものなら、異常者の集団だと思われた事だろう。そういう意味で、信者Bをこの場から遠ざけたのは正解だったと言える。皮肉にも。
「こうなればルゥ君、君に残された道は一つしかない。分かるかい?」
「……そういえば、別に俺がしなきゃいけないなんてこともないんだよな。よし、メルミナ、行け」
「婦女暴行です」
「なんでだよ」
「メルちゃんはものすごく疑問です。どうしてそこでメルちゃんに話を振るんですか。レディーファーストですよ、ルゥお兄ちゃん」
「……それ、墓穴掘ってねえか?」
「ですね」
「うん、まあそのなんだ、その潔さは簡単に値するな、本当に。ところでメルミナ」
「なんですかルゥお兄ちゃん」
「お前、なんか初対面の時と一人称変わってねえか?」
「気のせいですよルゥお兄ちゃん。メルちゃんは決して、レクお兄ちゃんからそう言うように、と脅されてなんかいません」
「はあ。……そんなことしてんのか、レクシス」
「変態としては、というより私個人として、なんとなくそっちの方がストライクゾーン真ん中近めだったからね。メルちゃんを脅して、そう言うようにさせているんだよ。ああ、素晴らしきこの響き!」
「……やっぱあんたは人間として間違っているよ」
「そりゃね。私は人間ではない。変態だ」
 というところまでを聞いたところで、ルゥラナは今度はドアを開けた。これ以上、ノックする必要もないだろうという考えに至ったからだ。
 ドアを開けたところで部屋の中を見回してみたが、案の定中には誰もいなかった。ついさっきまではいたかのような雰囲気が漂っていたが、今は留守のようだった。
「ふぅん……」
 シノイという人には悪いかもしれないが、とりあえず部屋の中で待とう、という風にルゥラナは考えた。元々正攻法ではないので、一種の自棄みたいなものだ。
 そしてルゥラナは部屋に足を踏み入れた。

 カチャ

 と、彼の頭の付近で音がした。
「……動くな。手を上げろ」
 ルゥラナは言われた通りに行動する。
 ドアの後に隠れていたと思われる、その男。動けないためルゥラナからは姿が見えないが、声から男であると判断できる。状況からして、その男がシノイ=サルルーナ本人であると考える。
「……随分と僕の部屋の前で賑やかにしていたみたいだけれど――君たちは誰だ?信者Bが連れてきたのは間違いないようだけれど、君たちは正攻法で僕に会おうとしていない。違う?」
「まあな」
 思ったより最初からあの信者との会話を聞かれていたようだった。冗談を織り交ぜて話すのは、余裕があるという証拠だろうか。それともただ単に場を和ませるため――は、流石にないだろうとルゥラナは心の中で思っていた。ちなみにもちろん、さっきの会話は全て筒抜けだったようだ(隠そうという努力すらなかったから当然だ)。
「目的はなんだ」
「さあ。俺はよくは知らない。そこにいる赤い方の妹にでも訊いてくれ」
 ルゥラナも若干冗談を織り交ぜて返す。シノイも少し失笑する。
「だ、そうだけれど、赤い御方。僕の家計がどうなってもいいというなら答えなくても構わないけれど」
「……家計?」
 思わずルゥラナが訊き返す。この場面で『家計』という言葉の意味するところが理解できなかったようだ。
「そう、家計。銃の弾だってね、案外高いってこと知ってる?」
「あー、……なるほど。……ってものすごい遠回りじゃねえ!?」
「いや、殺すって直に言うのってさ、気が引けるでしょ?」
 ものすごく遠回りな上、ものすごく分かりづらかった。それを訊かずに理解しろというのはいささか無茶というものだ。
「速攻で撃ち殺されなかっただけでも感謝しときなさい、ルゥ」
「……だな」
 メイラの言に納得するところがあるのか、珍しく彼は反抗しなかった。もしかしたら、むしろこの状況に開き直っているのかもしれない。油断していたわけではないといえ、実質今の彼は人質状態だ。返す言葉も無いということかもしれない。
「……君が、君たち4人の中での代表だね?」
「ええ。メイラ=シュライナ。それがあたしの名前。あんたが『神官』シノイ=サルルーナね?」
「御察しの通りです。僕がシノイ=サルルーナ。『天空の契約(サンライトスカイ)』、の方が皆さんはご存知でしょうが」
 それを聞いたところで、ルゥラナは感嘆の声を洩らした。
 ルゥラナとて冒険者の中では大分名が売れている部類だったが、その『天空の契約』というのもそれに劣らずだったのだ。だが彼は何年か前に冒険者を辞めて、今ではどこかの国の町の中でひっそり過ごしている……という噂を聞いたことがルゥラナにはあったのだ。
 それは結構昔のことであるので、当時まだ子供であったルゥラナの名前はまだ売れていなかったとはいえ、もし今現在も彼が冒険者を続けていたのであれば、彼のほうがルゥラナよりも名が売れていたであろうことは言うまでもない。
 ルゥラナはそんな人物が過去にいたということを忘れてはいたものの、言われたところで思い出したのだった。
「とりあえず、ルゥから銃を下げてくれないかしら。そんなのじゃまともに話すらできないわよ。別にあたしたちはあんたと争う気なんてさらさら無いんだから」
「……そちらに有利な状況を、むざむざとくれてやる道理なんてないよ」
「とかなんとか言っちゃって。どっちでも同じでしょ、その銃、弾なんて入ってないじゃない」
「……ご名答」
 試しに彼が引き金を引いてみるが、メイラの言う通り弾は出なかった。したのはカチッという音のみ。
 それを確認してからルゥラナは大きなため息をつき、改めてシノイという男を観察する。
 見た目は、二十台のような三十台のようなよく分からない顔であったが、雰囲気から三十は過ぎているようだった。大人びているというのか、貫禄のようなものもある気がした。
 彼の、たった今までルゥラナに押し当てられていた銃はリボルバー式の銃だった。相当に使い込まれていると見えた上に、手入れも大分行き届いている――そんな様子だった。おそらく、彼の現役時代からの愛銃にちがいない。
 そして噂に寸分違わず、腰には一本の長剣も提げられていた。見た目では、そんなにたいした業物という風には見えなかったものの、おそらくこちらも彼の愛剣ということなんだろう。
 メイラたちは全員部屋へ入り、そして部屋を見回す。シノイはいつのまにやらルゥラナの前ではなく、既に彼女たちの正面に立っていて、そして彼女たちに座るように促した。この辺りは流石な手際というべきだろう。
「来客の予定がなかったものだから、あまりいいもてなしはできないけれど、どうかくつろいでくれて構わない」
 それでも彼は人数分の飲み物それぞれに出してくれた。飲み物は酢だった。
「なんでだよっ!?」
「いや、冗談が必要かと思ったから」
 よく分からない冗談のタイミングだった。
「さて、じゃあ用件を言ってもらおうかな」
「その前に」
 と、ここでレクシスが会話を打ち切る。彼にしては珍しく顔が真剣で、故に全員が固唾を呑んだ。
「……君は、変態かい?」
「……あの、どうして初対面でそんなことを言われないといけないのか甚だ疑問なんですが、なにか理由はあるんですか?」
「いや、君も変態だったら後で語り合おうと思ってね」
「仮定の確立低すぎくないですか!?」
 シノイが狼狽する。ここにきて初めての反応であったけれど、なんとも悲しい初めてであった。
「まあそこの変態の兄は放っておくとして、ところであんたあたしの仲間にならない?」
「こっちはこっちでものすごい唐突!」
 むしろシノイは開き直っていた。その潔さが意外過ぎたにちがいない。いくら部屋に入る前にも似たようなことがあったといえ、まさか部屋に入ってからもあるとは思っていなかったんだろう。
「いえ、とりあえずその唐突さはあえて流させてもらいましょう。とりあえず、とりあえず話は聞かせてください」
 狼狽しつつも、流石の貫禄(?)。どうにかして適応しようとしている。なんとも哀しい努力だった。
「……『パラ教』をあるべき形に戻す」
「……え?」
 シノイはきょとん、とする。
「つまり、『パラ教』に反逆しようってこと」
「ま、待つんだ。君は、『神官』である僕にそんなことを言いに来たのか?」
 別の意味で狼狽したかのように答えるシノイ。
 それはそうだ。『神官』である彼にそんなことを言う奴など普通はいないはずなのだから。
「そうよ、悪い?」
「いや……。……分かった、話を続けてくれ」
「物分りがよくて助かるわ。……なにも、あたしは『パラ教』を潰そうだなんてしていないのよ。ただ、今の『パラ教』が決して正しいとはいえないと思ったから、それをあるべきものに戻したい、そういうこと」
「君の言わんとすることは、つまり?」
「あんたは、今の『パラ教』が他国に戦争をしかけることをどう思う?」
「……」
 ここに至って、ついにシノイはメイラの言いたいことが分かったようだ。無言、つまりメイラの言わんとすることに賛同しているということだ。まあもちろん、それと反逆するかなどというのはまた別の話なのだが。
「あたしは、決して正しいとはいえないと思う。あんただってそのはずよ。無理に世界を統一したところで、そんな仮初めの平和なんてすぐに壊れるわ。たしかに一時は平和になるでしょうね。けれど、そこに至るまでに何人が死ぬと思う?その犠牲は、そんな一時の平和なんかよりもよっぽど重い。あたしだって、別に世界の統一が悪いだなんて言わないわ。ただ、その方法が気に入らないだけ。だったら他に方法があるのか、なんて訊かれたって分からないわよ、もちろん。それが分からないからこそ、今この世界に多くの国が存在するのだから。これがただの自己満足だってことも理解はしてる。多くの人々が今の『パラ教』の行為を認めているということは、それが正義であって、つまりあたしはただの悪でしかない。それだって理解しているわ」
「……たしかに、」
 しばらくメイラの言を吟味した末に、シノイは答える。その表情からは何を思うのかは見ることが出来ないけれど、それでも彼が言わんとすることは分かる。
「僕は『神官』だ。けれど、君の言う通り戦争行為にはどうしても賛成できない。『神官』である前の、一人の個人としての意見だけれどね。だけど、『神官』としてはそれはそれで一つの救いなのだと思ってもいる。世界のね」
 個人としては賛同できるが、『神官』としては賛同できない。つまりはそういうこと。彼自身、どちらの自分に従うべきかを悩んでいるにちがいない。改革を目指すなら、これほどのチャンスはそうそうない。彼からしてみればメイラがどれほどの強さなのかは分からないだろうけれど、それでも改革において仲間というのは必須で、とても重要だ。無視できるような存在ではない。
「……だったらどうする?あたしの仲間になってくれるか、それともあたしを異端者として『神徒』に報告するか。……あるいは、今回のことを聞かなかったことにして今まで通り過ごすという選択肢もあるわけだけど」
「……」
 それからどれぐらいの時間が経っただろうか。
 数十秒だったかもしれないし、あるいは数分だったかもしれない。短かったような、長かったような、そんな時間が過ぎた。
 そして、ついにシノイがメイラに返事をする。
「考える時間がほしい。そして、君たちの強さも測りたい」
 彼としては、そう言うのが精一杯だった。賛成するかしないかを今の段階で自分で考えられない以上、もちろん考える時間が要る。それはいくらメイラといえども予想していたことだ。
 ただし、少々予想外といえば予想外だったのは後半だった。まあ、それにしたところで、ある意味当然なのだから一応は予想の範囲内だったが。こういう風に直接的に言われると思っていなかっただけだ。
「いいわよ、もちろん。……じゃあ、強さを測るっていうのはどうしたらいいわけ?あんたと戦うの?」
「いや、それが手っ取り早いんだけれど、今の僕は『神官』だからね。できればそういった決闘事は避けたいかな。面目っていうのがあるからね。それより、もっと簡単な方法がある」
「へぇ、どんな?」
「実は明日、この町で祭りが行われることになっていてね。その時に開かれる、あるイベントに参加してほしい」
「……金魚すくい?」
「君は何の実力を試すつもりなんだ……。そうじゃない、なんのことはない、ただの『剣舞』だよ」
 『剣舞』。『パラ教』の用語であるが、つまりは決闘みたいなものだ。一対一の、何かの揉め事などがあった時に行われる勝負。最近ではそれの意味が若干変化して、一対一の戦いの事を言うようになったのだが、シノイが言う場合の『剣舞』というのはおそらく、見世物としての戦いのことだ。
 祭りなどで行われて、何人かの腕自慢が参加して優勝者に褒美を与える。たいした話じゃない、それだけだ。
「それに、リーダーである君が参加してほしい。僕はそれを見た上で、翌日に返事をしよう。それでどうかな」
「それぐらいなら容易い御用ね。いいわ、あたし直々にその話に乗ってあげる。感謝しまくりなさい」
「気が向いたらね」
 この日の話はこれで終わり、それからしばらくはどうでもいい話をしていた。シノイに人望があるというのも、その会話の中で4人は納得できた。初対面であったはずなのに、あまりそうとは感じさせないような親近感。にもかかわらず、一線は理解して、必要以上に相手の事情にに踏み込みはしない。まさに『神官』の鑑ともいえる人だった。
 その後4人は、シノイに手配してもらった宿屋へと向かい(この辺りは、やはりちゃっかりしている)、そしてその夜を明かした。嵐の前の静けさ……とは言わないまでも、それでもたしかにその夜は静かであった。

       

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