Neetel Inside ニートノベル
表紙

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「『――メイラちゃんタイム、突入。……では、お料理を作ってみましょう』」
 淡い光を放っていた扇が、次第にその色を変えていき、そしてついに金色に輝く。
 それに合わせて、メイラの周りに複雑な模様の描かれた円――つまりは魔方陣が形成される。
「『――まずは、温めます』」
 メイラの声に合わせて、今度は金色に輝く炎がグレイズヴェルドの周囲に展開される。
 その熱量は計り知れず、その場にいた全員が暑さを感じるほどだった。さながら太陽の如し――それが相応しい。
「……この熱量、感嘆に値する。が、無駄だ。我は古龍、炎による魔法など――何も感じない」
「『でしょうね』」
「……?」
 メイラの潔さを怪訝に思うグレイズヴェルド。
「『だから今度は――冷やします』」
「……っ!?」
 刹那、グレイズヴェルドを取り囲んでいた炎は跡形もなく消え去り、代わりにとてつもない冷気が彼を襲う。
 彼の周囲が全て冷気に包まれ、地面までもが一瞬にして凍りつく。
 絶対零度――と呼ばれる。
「ぐ……」
 温められた物質が急激に冷やされた時、どうなるか。
 温められた鉄などでさえ、それをされると脆くなる。
 同様に、グレイズヴェルドの場合においてもそれは当てはまる。一割に力を抑えられた上での、そのダメージ。普段でさえそうそう耐えられるものではないのに、それをこの状態で余裕で見て見ぬ振りなどできるはずもなかった。
「『――続いて食材を切り刻みます。しっかりと切っておきましょう』」
「――」
 声を出す事も出来ず、というよりは声が掻き消された。その場に、特大の“嵐”が発生した。
 それは多くのかまいたちを発生させ、そして人間の体となっているグレイズヴェルドを切り刻む。皮膚が切られ、赤い鮮血が舞う。文字通り、それは風に舞っていた。
「『――そして次は焦げるぐらいまで、焼きましょう』」
 数十もの雷の槍が生まれ、そして彼へと殺到する。数個の雷は避けたものの、ふらつく彼は避けきれるはずもなく、残りは全て直撃する。宣言どおり、熱によって彼は焼き焦げていた(それだけで済んでいるのは流石というべきだろう)。
「……ぐぅ、がっ」
 それでもなお立ち続けるのは、彼の精神力故であろう。
 が、そこに死刑宣告ともいえる声が続けられる。
「『――さて、最後は盛り付けをしましょう。……そうですねえ、やはり締めくらいは自分でするべきですね』」
 すると、扇から放たれていた光が長剣の形をとった。
 黄金に輝く剣。
 それはまさに、かつての『神魔戦争』における『魔王』の愛剣である、『煌剣シュラナリア』そのものであった。
 『パラ教』における神話の世界で『魔王』が使ったとされる、本当の魔法剣。普通の魔法剣とは違い、実体を一切傷つけることなく、相手の魔力そのものにダメージを与えて戦闘不能にするという、“慈愛の剣”。他人を傷つけることを嫌っていた『魔王』が創りだした、最も相手に優しい剣。それを直に見たシノイは思わず――見とれてしまっていた。
 ――あまりにも、綺麗だった。
 とても『魔王』とは思えないような、温かさが感じられる剣。剣なのに温かさを感じるというのもまた皮肉だけれど、それでも、無意識で彼は悟った。
 『魔王』は、神話で語られているような存在ではないということを。
「『――さて、お客様、ご注文の品が完成致しました』……なんてね」
 あくまでふざけた、そんな態度で、メイラはグレイズヴェルドを斬り裂いた。
 とはいえ、傷などできようはずはないけれど。



「『後片付けは……頼んだわよ』」
 グレイズヴェルドが意識を失うと同時に、そう言ってからメイラも意識を失った。そのまま二人は折り重なるように倒れる――というわけではないが、それでも実際に同じ場所で倒れた。
 戦っていた当の本人たちの両方が静かになってしまったことで、その場に気まずい空気が流れる。
 何と声を発するべきか、全員が思案しているようだった。
「……」
「……」
「……」
「……この角度からならば」
「「「?」」」
 レクシスの言葉に三人が注目する。
「メイラちゃんのスカートの中がぐっはぁっ!」
 ルゥラナとシノイが挟み込むかのように、回し蹴りを。メルミナが勢いをつけて、飛び蹴りを。それぞれレクシスにはなった。
 しばらくして、レクシスの意識も失われた。
「……」
「……」
「……」
 その後、とりあえずはシノイが逃げた人々を探し、そして事情を説明し、どうなったかを話した。
 危険が去ったことを理解した彼らはなんとかその祭りの続きを行い(素晴らしい祭り魂だ)、何人かには、ルゥラナたちが気絶した二人と変態一名を宿屋に(もちろんシノイに取り計らってもらった)運ぶのを手伝ってもらった。なぜか一名見たことがない“人間”が増えていたけれど、彼らはそんなことには気づかなかったようだった。普通に、何も問題なく運んでくれた。
 とはいえ、ルゥラナはこれからグレイズヴェルドをどう扱うべきなのかは分かっていなくて、とりあえず運んだはいいが、とても悩んでいた。また明日、メイラの意見でも聞くしかない、とルゥラナは考える。
 言うまでもないのかは分からないにしても、ちなみに、メルミナはルゥラナが看ている間は外出していた。
 どうせまた『情報操師』としての仕事でもしているんだとルゥラナは予想し、それは実際当たっていた。まあ、ルゥラナはそんなことぐらいで腹を立てたりなどしないけれど。

 そんなこんなで、この一日は終了。
 夜にはレクシスが目を覚まし、そして、メイラが欠けているがいつものように過ごした。
 また明日、メイラにこれからどうするのか訊こうか、とルゥラナは考えていた。まあ、まだシノイが協力してくれるとは限らないわけだけれど。
 嵐の後は、嵐の前よりも、なお静かだった。

       

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