Neetel Inside ニートノベル
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 翌朝。
 ルゥラナがメイラの部屋の扉を開ける。早く起こさなければ、朝食が終わってしまうからだ。
 ガチャ、と扉を開ける。しばし部屋の中を見つめた後、再び扉を閉める。
「……」
 再度開ける。また閉める。
 そこに、とたとたとルゥラナの元へと走り寄ってくるメルミナ。おそらくレクシスあたりにでも様子を見てくるように頼まれたのだろう。
「あれ、どうしたんですか、ルゥお兄ちゃん?」
「いや……確認なんだが、この部屋ってメイラの部屋……だよな?」
「何を血迷った事を口走ってるんですか、当然ですよ」
「『血迷った』とまで言われる程じゃないと思うんだが……ってそれはどっちでもいいんだ。それは、間違いないよな」
「しつこいですよ、ルゥお兄ちゃん。殺しますよ」
「怖えよっ!」
 なんとなく冗談に聞こえない分、ルゥラナとしては怖さ三割増しだった。
 ただ、さっきからのルゥラナの態度を不審に思ったのか、メルミナは疑問を抱き始める。子供だから、ではないだろうが、彼女はそれを素直に尋ねる。
「あ、まさか漫画とかっぽくメイラさんの着替えに直面しちゃったとかですか」
「そんなんじゃなくてだな……」
「……?」
 ガチャ、と。
 扉が内側から開けられる。
「あ、メイラさんもう元気になったんです……か……?」
 最初は普通に挨拶しようとメルミナもしたのだろう。だが、部屋から出てきたその姿に、メルミナは絶句する。目をパチパチさせて、しばらく凝視し、思案し、言葉を絞り出す。
「ええ、と……ルゥお兄ちゃん」
「どうした」
「この、女の子は……誰ですか?」
「知るか」
 部屋から出てきたのはメイラではなく、二人ともが知らない、メルミナよりもなお小さそうな女の子だった。ただし服装は、メイラの無駄に豪華だった、かの赤い服をその子供用の大きさに合わせたようなもので、彼女は両手で一冊の分厚い本のようなものを抱えていた。
 その女の子は扉を開けてから周囲を窺うようにしてきょろきょろして、そしてルゥラナと目が合った。じーっと見つめる。
「……ねっ、一つ質問いーい?」
「ん」
 その女の子が、先に口を開く。
「ここ、どこ?」
「……」
 また面倒な事が起きた、と、ルゥラナは思った。



「えとえと、あたしの名前はメイラ=シュライナ。八歳の可愛い女の子です。『魔王少女』って呼ばれてるよ」
「怖えよ」
 皆の前で彼女にしてもらった自己紹介だ。自己紹介などといっても、名前を訊いただけだったのだが、はたして大きな収穫があったというべきだろうか。本来は、意味が分からない女の子だったからさっさとどこかにやりたい気分だったのだが、残念ながらルゥラナといっしょにメルミナがいた。
「だめですよ、ルゥお兄ちゃん。女の子を放り出すなんて」
 という説教つきで、渋々他の皆にも紹介することになった。それでも、適当にあしらうつもりだったのだが、話を聞いた感じではそうもいかなさそうだ。
「同姓同名……じゃないよな。どういうことだ、グレイ?」
「我に分かるはずもなかろう。それに、我を気安く呼ぶな。我にはグレイズヴェルドという名がある」
 そう答えたのは、未だに人間姿のままのグレイズヴェルドだった(レクシスとメルミナはまだ結界の効力を消していない)。明らかに不機嫌そうな表情をしている。
「同姓同名……?あ、もしかして、『禁術師』ちゃんのこと?」
「そうだが……って知り合いなのか。なるほど、だからその人と同じ名前にしてる……とかか?」
「ううん、そんなのじゃないよ」
 にこにこと無邪気に微笑み、彼女は言う。
「だって、あの子はあたしなんだもん」
「……ふう」
 疲れたのかな、とルゥラナは洩らす。
「もう一度」
「だからっ、あの子はあたしなんだよっ!」
「……だそうだが、レクシス」
「なぜここで私に振るのかな。私ならなんでも分かると勘違いしてないよね」
 こちらも同様に不機嫌そうな表情だ。流石にそろそろからかうべきではないとルゥラナも思ったんだろう、きちんとその女の子の方を見る。見る。見つめる。
「変態っ!」
「違えよっ!」
「訴えちゃうよ訴えちゃうよ殺しちゃうよ潰しちゃうよ磨り潰しちゃうよっ!」
「怖えよっ!お前は本当に八歳か!?」
「えっ!?このあたしの可愛さを理解できないのっ!?だとしたら、あたしすっごく悲しいよ?」
「……自分で言ってて恥ずかしくね?」
「大丈夫、だってあたしは八歳だもん」
 どんな理論だ、とは言わない。あえて言わない。言いたいけれど言わない。なぜならそろそろグレイズヴェルドが臨界点に達しようとしているからだ。「話を進めなければ殺す」とでも言わんばかりの表情だ(本当に殺されかねない)。
「ルゥ君、見つめてた理由を弁明してないよ。このままじゃ私の仲間入りだよ」
「それだけは拒否する。……ただ単に、たしかにメイラに似てるなあって思って見てただけだよ。何か問題でもあるのか」
「あるよ、だってあたしを見るのには鑑賞料がいるんだもん」
「超自信家っ!?」
 と、パリンッ、と何かが割れるような音がした。どうしたのかと不思議に思ったところ、テーブルの上にあったガラスのコップが割れていた(一応今は食事中だ)。幸い中身は既に空だったようで、何かが零れる、ということはなかった。どうして突然割れたのかという疑問も浮かんだが、少し近くのある人物から黒い魔力のオーラのようなものが溢れんばかりに出ていたため、もちろん言うはずもなかった。寿命を自分から縮めるような馬鹿ではない。
「『禁術師』さんがあたしっていうのはね、だってあの『禁術師』さんの姿っていうのが、将来のあたしの姿だからなの」
「わあ。それはまた素晴らしい力だなー」
「なんなの、その棒読みは。嘘じゃないんだよ、本当なんだもん」
 頬を膨らませて、不機嫌をアピールしている。
「ほー、じゃあなんだ、その扇の中に人格っぽいのが入っていて、それがさっきまで出てたから記憶が飛んでるとかそういう漫画的なオチか。で、なぜか姿まで変わっていたと」
「うん、そうだよ」
「……はぁっ!?」
 昔彼が読んだ事のあった漫画のネタをそのまま言ってみたら、どうしたことか。まさかの承認だった。
「厳密には違うらしいんだけど……だいたいそれで合ってると思うよ」
「……待て、待て待て。どこから冗談が入った。武器に人格?なんだそりゃ。あるわけないだろう、常識で考えて」
「初代『魔王』の遺産なんだもん、それぐらいのドッキリがあってもいいじゃん」
 それからもう少し詳しい話をしてもらった。
 彼女、メイラは孤児らしい。親の顔も知ることなく、孤児院で育ったそうだ。そのころから、どういうわけか例の扇を持っていたらしく、なんだか『安心感』のようなものを感じていたがために捨てることもなかったそうだ(この辺りの理由だとかは、彼女自身よく分からないらしい)。
 そんな彼女が初めて、(彼女の言う)扇の中の人格と話したのが六歳ぐらいのころだったらしい。彼女の主観のままで言うなら、「禁術のチュートリアルみたいなものだったの」だそうだ。「(禁術の)取扱説明書。そんなものが禁術とやらにはあったのか、へえー」と、まあ聞き流した。で、その時に自分の出自を知ったらしい。チュートリアルみたいなもの、とはいえ機械的なものではなかったらしく、むしろ親しげだったらしい(これまでのメイラの性格だ)。
 それから、魔法の事をその擬似人格に習い、メイラ(16)に言われるがままに孤児院を勝手に出たそうだ。六歳の子供がそんなことをするには大きな決心がいるだろうと思うかもしれないが、案外そんなこともなく、これまでメイラ(当時6)が扇を持っていた時と同様に、不思議な安心感を感じたそうだ。実際、それで生き残っているのだからたいしたものだろう。
 で、出たはよかったのだが、そこで問題が発生した。なんといってもまだ六歳。八歳ぐらいまでは努力して禁術を使えるようになろうとしたのだが、それでも使えるようにはならず。仕方なく、メイラ(16)が直々に体を使わせてもらって、禁術を使うイメージのようなものをつかんでもらうことにしたのだそうだ。その間は歳をとらないらしく(これでも十分すぎるほどに反則級の魔法だが)、そうして戦闘の経験値を上げていったそうだ。
 そして昨日になって、魔力を使いすぎたらしく、その魔法が解けてしまったそうだ。だから、メイラ(16)がメイラ(8)に戻った、ということらしい。
「戦闘とかの記憶は共有できるんだけどね、それ以外は全くだから、あたしは皆のこととか、ここはどこなのー、とかは分からないの」
「ふぅん……」
 とりあえずは自己紹介と状況説明をしてみたが、いくらなんでも八歳の女の子には分かるわけがないか、とルゥラナは思っていた。が、予想外の展開が待っていた。
「んと、とりあえず、グレイおじちゃんはそのままの状態にして仲間になってもらうのが最善だと思うよ」
 と、アドバイスまでされてしまった。
「お前、結構頭いい?」
「うん、だってあたしは『魔王少女』で『天才少女』で『魔法少女』なんだもん」
「増えてるっ!?」
 正義と悪が混じっていたが、それは流しておく。
「我は仲間になどならん。なるわけがないだろう」
「……だそうだが」
「んーん、なってくれないの?初代『魔王』さんの時は手伝ってくれたのに」
「あれはあれだ。今回まで手伝うほど、我はお人よしではない」
「むー、分かった。じゃ、またね」
 と言ったところで。グレイズヴェルドが“消えた”。
「……は?」
「どうしたの、そんなに驚く事でもないでしょ、ただの転移だよ?」
 メイラは実に何事もないかのように、平然と答えた。が、ルゥラナとしてはそんなに平然としていられることではない。転移魔法というのは、メイラが思っているほどに簡単に使えるような魔法ではなく、それに、“あんなに短時間で予備動作すらなく使えるようなものではない”。
「レクお兄ちゃん、メルちゃん、もうグレイおじちゃんの結界解いておいてあげていいよ」
「あ、ああ……分かったよ」
 全員は思う、やはりメイラはメイラだったと。決して、ただの子供ではなく、正真正銘『魔王』の子孫であると。



 その後、四人はシノイの元へと向かった。今回は既に話がついているようで、あまり待たされることもなくすんなりとシノイの元へと通してもらった。素晴らしき権力の力。
「皆、おはよう……って、この子は誰?」
 第一声は予想通りのものだった。普通すぎて、逆に誰も予想していなかったが(皆の意見としては、スルーされるだとか、大穴狙いでいきなり抱きつくだとか、そういう類のものばかりだった)。
「いや、こいつはメイラだ」
「どうも、初めまして。メイラ=シュライナだよ」
「ああ、メイラさん。……え?ちょ、ちょっと待って。これはどういうドッキリ?」
「まあ落ち着け。言いたいことは色々あるだろうが、とりあえず確実なのはこいつは本当にメイラだってことだ」
「……幻術かっ!」
「そんな非生産的なことは誰もしない」
 とりあえず事情説明。真面目なシノイだからすぐに理解するかと思いきや、むしろその逆で、どうでもいいところで真面目になったためになかなか理解されなかった。三十分が経過したところで、やっと理解し、今日の本題に入った。
「ええとね、君たちの仲間になるという話なんだけれど……正式に、それを受け入れさせてほしい。むしろ僕からお願いさせてもらうよ」
「……本当にいいのか?『神官』であるあんたが『パラ教』を裏切ってしまって」
「いいんだよ、もう十分に考えた事だからね。今更意見を変えたりはしない」
 もう少し確認をしようと思ったルゥラナだったが、それ以上はシノイ自らがそれを目で拒否する。無駄だと思い、流石にそれ以上は確認はしなかった。
「それにもう、これはこの町の人全員に対して言ったことだしね。変えようにも変えられない」
「もう言ったのか?」
「何事も早い方がいいんだよ。いつかは皆、知るんだしね」
 いつそれを言ったのかは知らないが、言う機会があったとしたら、それは祭りの最中ぐらいだろう。おそらく、あの『剣舞』終了後にでも発表していたんだろうとルゥラナは思った。随分と行動が早いものだ。
「で、そうなると僕は具体的にどうしたらいいのかな」
 とはいえ、何をするかは伝えていないので、まだ町の人たちもどうするべきなのかは分かっていないだろうけれど。
「具体的にしてほしいのは、二つだよ」
 ルゥラナたちから話を聞いたメイラが、これからするべきことを言う。それだけでするべきことが分かるというのは、なるほどたしかに天才なのかもしれない。
「一つは、あたしたち同様の『神官』の仲間への勧誘。これは、シノイお兄ちゃんが信頼を置けるっていう人だけにしておいてね。もう一つは……この指輪の所持」
 メイラが何も持っていない手をシノイへと差し出す。疑問符が出ていたシノイだったが、とりあえず手を出した。それにメイラが手を重ねて数秒後、シノイの手の中には三個の指輪があった。
「えと、それはね、あたしの魔法で作られた指輪なんだけどね、それを持ってるとあたしから持ってる人、それか逆に持ってる人からあたしに連絡が出来るんだよ。とりあえず、仲間にできた人がいたら渡しておいて。一人一個で十分だから」
「ああ、了解した」
 あまりのその手際のよさに、ルゥラナたちは驚いていた。人づてに話を聞いただけだったのに、これほどまでの適応力。驚きを隠す事などできるはずもなかった。
 それから、今からメイラたちが向かう所などをシノイに伝えたり、その他諸々の無駄話を経て、ついに町を去る。
「何かあったら連絡させてもらうよ」
「ああ、頼んだ」
「じゃあね、皆。無茶はしたらだめだよ」
 最後に別れの挨拶をして、今度こそ町を去った。別にもう二度と来ないだとか、そういうのではなかったけれど。
 なぜなら二日後に、出て行く方向を間違ったメイラたちが再び戻ってきたからだ。それはまた、別の話。

       

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