Neetel Inside ニートノベル
表紙

禁術師
第二話 魔法書の幽姫

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 中継都市と呼ばれる町、ザルベルガ。
 それが、次にメイラたちが訪れた都市の名前だ。名前の通り、いろんなことでの中継として使われることが多いという、ただそれだけの都市だ。とはいえもちろん、そうであるために町として発展していて、神国内では神都パラシアの次の大都市として認識されている。メイラが“初めて使った”という『導き』によってこの町へとたどり着き、そして今は各々歩きながら周囲を見ては目をキラキラさせている真っ最中なのだった(メイラもメルミナもこういう所に来た事はないそうだ)。店の種類も豊富で、なるほどたしかに慣れていない人からしてみれば新鮮な空間なことだろう。
「なあ、やっぱり気になるんだけどよ……」
「どしたの、るーくん?ついにあたしの可愛さに目が腐った?」
「腐らねえよ……」
 周囲も賑やかなので、今回はランドルーザの町のときとは違って周りの人間から奇異の視線を浴びせられる事もない。そして、メイラが元の姿に戻ったとはいえ、やはり二人は二人のままだった。進歩は、ない。
「『導き』って……どんな魔法なんだ?」
「えと、“やっぱり”っていうのは、前にも聞いたってことなの?あたしは知らないんだけど、『禁術師』さんに訊いたってことだよね」
「そうなんだが、あいつは答えなかったからよ。毎度毎度、確かに効果はあるから不安ってわけじゃねえけど、どんな魔法なのか気になって仕方ねえ」
「ふーん。いいよ、別に教えてあげても。そんなに隠すようなものでもないんだし。……ただ、何もせずに教えるっていうのもあたし的におもしろくないしー、そうだねー、じゃあ――」
「――これは変態として、卑猥な香りがっ!?」
「「しないっ!」」
 メイラが変態一名の背後に立ち、背中を彼女が持っている大きな本で押し、それと同時にルゥラナが正面から鳩尾を殴る。全力で。メイラが押さえていたにもかかわらず、それでも少し後退するほどの威力で。そして変態、撃沈す。
「ふ、ふ、ふふ……いい、実にいいコンビネーションじゃあないか。私は感動するよ。(意識的には)出会って間もないというのに、これほどのシンクロ率、なるほど実に嫉妬するほどだよ。変態である私から言わせてもらうと、これはフラグが立っているといっても過言ではないのじゃあないかな。そう、君たちは生まれたときから結ばれることが運命として決まっていたのだ。そうに違いない、でなければこれほどまでに息の合った男女などそうそういないはずだからね。さあ、そうと決まれば早速結婚式の準備をしよう。……なに、早すぎる?大丈夫だよ、それほど急ぐ事もない。この戦いが終わったら結婚する、それでいいじゃあないか。戦いを終えてからの結婚、それを目指して奮闘する、なんと素晴らしき愛の力っ!ああ、私は今、新たなカップルの誕生に嫉妬しているとはいえ、それでもなお溢れるこの喜び、祝福の思いっ!いとエクセレントっ!」
「レクお兄ちゃんにこそ相応しい死亡フラグですよ、それは」
 実に冷ややかに、まるで変態を見つめるかのような目で(というか実際に変態だ)レクシスを見つめ、そしてメルミナがナイフを投げた。鳩尾に。全力で。そしてルゥラナは固まった。
 そして腹部から溢れ出すドロッとした、液体。周囲の人には感づかれないように腹部を押さえるレクシス。腹部から流れ出るその液体は――緑色だった。
「残念、野菜ジュースっ!」
「その行為に意味はっ!?ついでになぜトマトジュースを選ばないっ!そして野菜ジュースははたして緑色っ!?」
「というか青汁的な」
「無駄な工夫してんじゃねえ!」
 メルミナもレクシスに加担していたのか、とルゥラナが思ったものの、しかしさっきメルミナが投げたナイフはとても手加減していなかったように思えたのは彼だけだったのか。もしかして隙あらば殺そうとしてるのか、という推測も生まれたものの、流石にそれはないと自分で自分の推測を否定する。さっきのは二人のネタ、そう勝手に解釈した。
「えと、話を戻すよ。そうだねー、じゃあ推測してみて、どんな魔法なのか」
「……ヒントとかは?」
「これまでも何回か使ったんだよね、だったらなし」
「……んー、何かメイラと共通の思いを持っている奴を探す魔法、とかか?」
「ちょっと違うよ。正解は、あたしを探している人を探す魔法」
 なぜか得意顔で答える。胸を張りながら。
「意識的だとか無意識的にだとかはどっちでもいいんだけどね、あたしを個人名で指名するだとか、『禁術師』だとか、『魔王』だとか、とにかくね、あたしを探している人がいる所を探すの。それか、あたしとは思っていなくても、あたしみたいに改革的な人とか、そういう風に思ってる人もね。訊かないけど、みんなも心のどこかであたしみたいな人を探してたんじゃないかな?」
 少し小悪魔な笑みを浮かべる。実際は、子供特有の笑顔なんだろうけれど。
 そうメイラに言われて、たしかにそうだったと三人は思う。
 メルミナは、『禁術師』を探していた。
 レクシスは、何らかの転機を求めていた。
 ルゥラナは、別に探していたとは思えなかったものの、無意識の内に、自分を何らかの形で救ってくれる人物を求めていたのかもしれない。
 ここにはいないが、シノイも、改革を目指す人物を探していたのだろう。
 確かに全員、何らかの形でメイラを探していた人物だ。
「つまり今回会う奴も、何らかの形でメイラを探している人物だ、と」
「うん、そうなるんだよ。……ただ、一つ問題があるんだけど、あたしを探している人物が必ずしもあたしの仲間になってくれる人とは限らないんだよね」
「まあ、そうなるよな」
 探している理由が、こちらにとって都合のいいものとは限らない。もしかしたら、メイラを恨んでいる人物と出会う可能性だってあるのだ(とはいえ、『禁術師』そのものはメジャーではないのでその可能性は低い)。いつもいつも、上手く事が運ぶことなどありえない。
「まっ、そんなことばっか気にしてたってどうにもなんないんだもん、ほっとく方がいいよ。だから、このお話は終了、ね?」
 そう言って、再びメイラとメルミナが周囲を見ては一喜一憂し(“憂”の方はほとんどないけれど)、真面目な空気を吹き飛ばす。こういうところは助かる、そう思うルゥラナとレクシスだった。



 礼拝堂。
 再びだった。ただし、今回は前回よりも広い。ランドルーザもそこそこに大きな町だったとはいえ、それでもザルベルガの方が大きい。人口が多ければ、その分広くなるのは当然だ。もちろんランドルーザ同様にこの礼拝堂(の奥の方)で政治も行われている。
 実は、既に昨日この町に一行は到着していて、今日『神官』と出会うための予約はとっていた(前回の反省を活かしている)。この辺りはきちんとしているというべきか(ちなみにそれはルゥラナとレクシスの役目で、残り二名は町で遊んでいた)。
「人一人と出会うために、予め話をつけておかないといけないなんてめんどくさいねー」
「ま、しょうがないだろ。この町でのトップなんだからよ」
 会う約束は午後からなのだが、こういうところで几帳面なルゥラナが無駄な本領発揮をしているために、まだ午前(しかも朝に含まれるような時間帯)なのに既に礼拝堂に到着している。彼が言うには、誰かに会おうと思うなら会いたい方が下手に出て、そして時間に余裕を持って会いに行くべきだ、とのこと。もちろん残り三人は「それにしても早すぎる」とのつっこみだ。実にごもっともだ。
「ううー、暇だよー、るーくん」
「暇ですよー、ルゥお兄ちゃんー」
 そしてさっきから、メイラとメルミナはご覧の有様だ。
「暇ならその辺で逆立ちしとけ」
「ここは礼拝堂だよっ!?」
「大丈夫だ、子供なら」
「なるほど、たしかに!」
 メイラが逆立ちをしようとする(もちろん少し人がいる)。
「やめぃ。やめやめ、やめんかい」
 いろんな意味でやばいため(特に衣服的な問題で)止めようとする声も、どこか口調が変わってしまっていた。それほどに暇ということだろうか(?)。そしてメイラが逆立ちするのをやめる。少し周りから奇異の視線を浴びせられたが、少しするとそれもなくなる。
「ねーねー、なんで午前から会う約束しなかったのー?」
「仕方ないだろ。なんか、どっかからお偉い人が三人も来るらしくて、午前はその対応で精一杯なんだってよ。『神官』は町のリーダーなんだから、そればかりはどうしようもない」
「お偉い……人?」
 と、メイラはその言葉に引っかかった。これまでのどこかだらけたような雰囲気が、どういうわけか引き締まったようになる。ルゥラナはそれに対して疑問符を浮かべる。
「るーくん……それは、物凄く重要事項だと思う」
「どうした。そんなこと、誰にだってあることじゃないのか」
「誰にだってあるよ、あるんだけどよく考えてみて。今回の場合、それは『神官』さんなんでしょ?『神官』さんにとってお偉い人って誰だと思う?」
「『神官』にとって……?」
 ここに至って、ルゥラナはメイラの言わんとすることが分かる。
 『神官』とは、神国内においては『神徒』の次に偉い役職といえる。となれば、その『神官』よりも偉い役職となれば一つしかない。
「『神徒』……!?」
 かつての『神魔戦争』において、『魔王』を滅したとされる三人の『神』の子孫。『魔王』の子孫であるメイラと対極に位置する存在。そして同時に、神国内で最強を誇る三人。
「メイラちゃん、これってもしかしてとってもやばい状況だったりしますか?」
「うん、もしかしなくてもメルちゃんの言うとおりだよ……」
「……そんなに強いのかな、その『神徒』っていうのは。いつも私は気になっていたのだが」
 レクシスが心底疑問そうに尋ねる。知らなくても無理はないか、という表情でメイラが答える。
「強いとかね、弱いとかね、そういう話じゃないんだよレクお兄ちゃん。そういう次元じゃない――というより、そういう話が出来ないの」
「……というと?」
「無茶苦茶に聞こえるかもなんだけどね、『神徒』の中に一人厄介な司力の人がいてね、普通の武器での攻撃とか魔法とか、そういうのが全部効かないの。予め準備をしとかないと、戦う事すらできない。だから、強い弱いの問題じゃないし、それにそれを破ったとしても、元々の力も高いから倒すのは難しいの」
 どうするべきか、と迷うように言う。ただし、他の三人の心情としてはそれどころではないけれど。
「……攻撃無効?そんなことできる奴がいるのか?」
「できたからこそ、昔三人の『神』は『神』であれたんだけどね。まあ、とにかく一刻も早くこの場からは逃げた方がいいのは確かだとは思うし、とりあえず逃げよっか。また逃げてから詳しい説明はしてあげるから」
「その方が得策そうだね」
 こんなことを話している内に『神徒』が来てしまう可能性だってある。だからこそ、今すぐに逃げるべきだという結論に全員が達する。
 しかし物事というのは非情で、時に最悪の結末が訪れることだってある。そう、たとえば今この瞬間のように。
「――っ」
 メイラが困惑の表情を浮かべた。それに合わせるかのように、礼拝堂の入り口が外から何者かによって開けられる。全員が最悪の事態が訪れない事を祈ったが、その祈りもむなしく。現れてしまったのは『神徒』の三人だった。顔を見たことがなくても、それでも気配だけでそれがそれであると分かるほどの存在感。雰囲気。その三人が、礼拝堂の中へと入ってきた。

       

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