Neetel Inside ニートノベル
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「ええと……これって如何なる状況?」
「俺に訊かれて分かるわけが無い」
 メイラの質問に答えたのはご存知の俺、ルゥラナだ。あの後、何をどうしたのかは知らないにしても、とりあえずメイラの魔力で作った指輪のもとに転移したそうだ。二人も転移できるのかどうか不安だったけれど(それでも四人はきついらしく、俺とメイラの二人だけが転移した)、彼女いわく、この方法での転移は比較的楽に出来るそうだ。だから、別に疲れたような表情も見えなかった。
 そうして転移したところ(どこかの部屋のようだ)、なんと目の前に人がいるではないか。つまり、その指輪がその人物に拾われていたということになるんだろう(午前に礼拝堂を襲って、もう夜なんだから既に現場の捜査はしっかりと終わっているだろうし、メイラが言っていた通りなら指輪を“落としてきた”んだから、現場に落ちていたその指輪を誰かが拾ってしまっているだろうということは、今になって考えてみれば容易に想像できたことだろう)。
 相手の、見た目は二十ぐらいに見える女の人は突然の事態に驚くと同時に……目がキラキラしていた。……なぜ。
「あなた方は誰っ!?人です」
「……(なんで自分で答えてるんだ?)ええとだな、俺たちは……どういう風に説明しろと――」
「あたしは『新☆魔王』だよ。リリーさんをあたしの仲間にしにきたのー」
「うん、あまりに直接的すぎる説明をどうもありがとう」
 なんで『パラ教』の信者、それもメイラが言うにはなんと相手はリリーさん、つまりリリントリリル=リーリルザさんだという。思いっきり『神官』じゃないか。勧誘なんてのは第一印象が大切だというのに、こんな説明をしたんでは仲間になるどころの話ではない。すぐに人を呼ばれるのがオチだろう。『神徒』なんて呼ばれたら、それこそまさに終わりだ。向こうが本気を出せば、逃げられないような状況を作るぐらいはできるはずだから。
 俺は相手の表情を窺う。……目がキラキラしていた。……だからなぜだ、なぜなんだ。そういえば、この人はたいそう好奇心旺盛だという噂を巷で聞いたことがある。今回もそれだということなんだろうか。
「『新☆魔王』って……今朝礼拝堂を襲った、あの?そんな人が、私に何か用ですか……?今聞いただろーが!」
「……(だからなんで自分で答えてるんだろう?)えとね、あたしは争いたくてあんなことしたんじゃないの。ちょっと揉めてね、結果としてあんなことになっちゃったんだけど……ごめんなさい。謝ります。でも、あたしが今言いたいのはそんなことじゃないの。貴女の力を、あたしに貸してほしいの」
 おお、こっちのメイラはきちんと勧誘ができてるじゃないか。メイラ(16)の時は勧誘なんて言葉は全くもって当てはまらなかったし、あれは礼儀的にも色々と問題があった。これが普通だというのに、なんだか感動してしまっている俺がここにいる。
「『神官』たる私にそれを頼むということは、『パラ教』関係のことですか。ですよねーっ」
「うん、そう」
 とりあえず、他の人を呼ばれるという心配はひとまず不要のようだ。相手が会話に関心を示している内はその心配はいらないだろう。
「ズバリ訊くよ、貴女は『パラ教』の改革に興味があるよね。今の『パラ教』のあり方に、どこか賛成できてない……よね」
 既に知っていることを訊くというのも、また随分と性格が悪い。こういうところはやはりメイラか。『導き』によってここを訪れたんだから、その対象の人物は“改革者”へと興味を示しているということだ。自分と同じ考えを持つ人物を、探している。
 相手も流石は『神官』、頭はいいらしく、メイラがそう言っただけでこちらが何を言おうとしているか理解できたらしい。確認するかのように訊いてくる。
「それは、『神官』である私に内部協力者として仲間になってほしいということなのね。私って理解早っ!」
「まあ、はっきりと言っちまうなら裏切りというか、背信行為なんだけどな」
 この辺りははっきりとさせておいた方がいい。後々に気が変わった、なんてことになったら洒落にならない。改革だとかは、内部からの崩壊に気をつけなければいけないものだから。
「お嬢ちゃんの言う通り、たしかに私には改革をしたいという願いもあるわ。争いなんてしたところで、その結果の平和なんて高が知れてるもの。私格好いいっ!?」
 別に格好よくない、ということは二人とも思うが口には出さない。それが優しさだろう。
「けれど、こうは考えなかったのかしら。私の思い描く改革方法と、あなた方が思い浮かべる改革方法が異なるという場合は。もしそうなら、私は他の人を呼ぶことになるかもね。手柄を立てておくというのも、決して悪い手ではないもの。むしろ良かったり!?」
「……」
 そう言われて、ルゥラナはたしかにそれを考えていなかったと思った。シノイの時が上手く事が運びすぎたために、考え方が違う人間がいるかもしれない、ということは失念していたのだ。たとえ同じ改革という言葉でも、人によってその言葉への考え方というものは違う。同じであることが稀なのであって、常に同じであると思うことはまさに愚である。
 しかし、それに対してメイラは笑ったかのように見えた。
「ううん、それはないよ」
 それは推測ではなく――断言だった。
「だってリリーさん、今朝あたしと『神徒』さん二人が戦ってるのを実は見ていたよね。それでも助けに入る事も無く、むしろ観察してたでしょ?」
「……ふぅん、面白いことを言うわね。好きですっ!」
 メイラへの無駄な告白は無視しておこう。
「これはあたしの推測になっちゃうんだけどね、あたしはこう考えたんだよ。今回リリーさんが『神徒』さんたちをこの町に呼んだのは、何か用事があったとかそんなんじゃなくて、ただ単純に三人を殺そうとしたからじゃないのかな」
「……おい、それは推測としてこの人に失礼だろ」
「いえ、いいわ。続けてね。よっしゃこいや!」
「……それで、リリーさんは『神徒』さんをこの町に呼ぶことが出来た。『神徒』さんは強いという噂があったけど、それでも三人だけなら数で押し切れると考えたんだと思う。だから、戦える人を礼拝堂に集めておいた。……三人を殺そうとした理由っていうのも、多分改革するためにあの三人は確実に邪魔になると思ったからなんだよね。あたしも、それが一番手っ取り早いと考えるよ。殺したら殺したで色々と混乱が起きるだろうけど、その対策もしてたんだよね。……で、そこまでの準備は完璧だったんだけど、いざ実行するという直前になって問題が発生しちゃった。そう、あたしたちが現れて、それで騒ぎを起こしちゃったの。まあ、騒ぎ自体は計画にも多少なりとも被害を与えたかもだけど、、むしろ騒ぎに便乗して三人を殺せるかもしれないとも考えたと思うの。一人はどこかに行っちゃってたけど、それぐらい後で誤魔化せるだろうしね。だから、計画は予定通りにいこうと思った。けど、そこでリリーさんは考えた。騒ぎを起こした張本人だったあたしは逃げた。あえて戦うということをせずに、真っ先に逃げた。だったら、それはなんでなんだろう。そう考えたんじゃないのかな。自慢も入っちゃうんだけどね、あたしはあの時かなり強い魔法を使ったよ。礼拝堂の壁を壊してしまうほどのね。そんな“強い人”が、真っ先に逃げ出すことを選んだ相手、『神徒』。戦う事さえも厭われた、その相手。それが、どれほどの力を持つのか、正直リリーさんは計りかねた。だから結果として、今に至ってるというわけ」
「……」
 推測などとメイラは言うが、ルゥラナにはとてもそうは思えなかった。真実を知らない彼でさえ、本当はそうだったと錯覚しかねないほどの一貫した仮説。だから、ルゥラナはこう思う。
(やっぱお前はとてもじゃなけど八歳には見えないっての)
 若干皮肉を込めて。なんかを馬鹿にするかのように。というよりはつっこんでいた。心の中で。
「どこまで当たってた?」
「全部だよ。ブラボーっ!」
 ルゥラナは少しというかかなり驚愕。「全部って。……全部って!」などと思った。というより少し洩らす。
「うふふ、お嬢ちゃん気に入ったよ。まだ詳しい話は聞かないといけないにしても、分かったわ、あなたに協力する。実力は今朝、十分見せてもらったから心配はいらないしね。感謝しろい」
「感謝しまっす!」
 なんだかいいコンビが誕生したなあ、と彼は思った。性格が似ているのだろうか。
「本当に、なんで俺がついてきたんだか。俺、別にいなくてもよかったよな……」
「そんなこともねぇんじゃねぇか?」
 だとしたらいいんだが、と言おうとしたところで違和感に気づく。今のは、男の声。そもそも、今この場でルゥラナの呟きに答える人物は存在しない、はずだ。壁にもたれるかのようにして彼女らを眺めていた彼が、周囲を見る。横に、誰かがいた。
「お前は――」
 視認したとき、その時既に遅く――ルゥラナはその人物の、セルベルの神剣で前から腹部を貫通させられていた。壁に神剣が刺さる。
「ぐぅっ――がっ」
 そしてセルベルはそれを抜く。それに合わせて、そこから溢れ出す血。血。血。止め処なく流れ続ける赤い液体。ドロッとしたその液体。止まることなく、彼を嘲笑うかのように流れ続けるそれが、床を、壁を、赤く染め上げる。そのままルゥラナは、床へと倒れこんだ。床に溜まった血溜まりがバシャっという音を立てた。それでもなお、血は流れ続ける。
「るーくんっ――!?」
「さあ」
 セルベルは構え直すかのように神剣を振り、ルゥラナの血を少し払う。
「戦争を始めよぉか」
 ルゥラナの意識が、そこで途切れた。

       

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