Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 目覚めは残酷だ。
 どれほど世界に絶望したところで、どれほど世界から逃げたって、世界から退場するまでは、それはいつだって人を世界へと招く。いや、実際は退場したところでそれから逃れることなんてできないのかもしれないけれど。その世界から消えたところで、その存在の影響というのか残滓というのか、とにかくそういうものは残ってしまうからだ。ある人はそれを遺志と呼ぶかもしれないし、ある人はそれを存在だと呼ぶかもしれない。そう考えてみれば、存在なんてのは別にたいした存在でもないのかもしれない。その存在無くとも、それでもなお世界にあり続けるその存在。周囲を変質させ、影響させ、そしてその存在を始めさせたり終わらせたりするもの。それは、それほど珍しいことではない。存在は存在から始まって、同じくそれに帰結する『存在のサイクル』。終わりはなく、仮にそれが終わるとすれば、それは存在の完全なる消滅以外にはありえない。そこに一筋でも続きがある限り、それは終わらない。
 だから俺は死ねない。世界に絶望せず、世界から逃げず、決して退場なんてしてやるわけにはいかない。俺もサイクルの一部な以上、そのルールからはみ出ることは出来ない。せめて、俺は、俺のような存在は、絶対にここで終わらせる。サイクルの終点を、俺が作る。全てのサイクルを消すわけじゃない、俺のだけだ。その方法を探すために旅に出たんだっけか。俺は、俺の中に何かが眠っているということは自覚している。どんなものなのかは分からないが、それは悲しいサイクルの一部だと分かる。なくてもいい、ないほうがいいサイクルなのだから、俺で終わらせる。だからこそ、俺は目覚める。使命を果たさないまま、ただ死ぬわけにはいかない。



 重い瞼をゆっくりと開く。
 俺、ルゥラナの目に入るのはどこかの室内の光景。明かりは点いていないが、窓から外の風景を見るに、今は朝のようだった。室内には、俺以外には誰もいない。
「――っ!」
 突然、腹部に痛みを感じる。まるで、何か刃物で貫かれていたかのような痛み。服の上からそこを触ってみたところ、傷は消えているようだ。
 一度、状況を整理してみる。
 たしか俺はリリーとやらを仲間に勧誘していたはずだった。それで、――何があったんだっけか。……思い出せない。彼女らの無駄な会話は鮮明に覚えているのだけれど、それ以降の記憶が飛んでいる。今の状況と合わせて考えてみると、おそらくその時に何かがあって、俺が怪我――したんだろうと思う。あくまで推測だけれど。
 と、そこまで状況を把握したところで、外からドアが開けられた。そこにいたのは彼女――メイラだった。
「やっほい。可愛いメイラちゃん登場っ!」
「……」
 どう反応しろと。
「もうっ、ノリ悪いよるーくん。そこはちゃんと『ああ、俺の愛しい可愛いキュートなメイラちゃんっ!ごめんよ二週間も心配をかけてっ!』ってな具合に返してくれないと。あたしがせっかく元気付けてあげようとしてたのにー」
「……。待て。待て待て待て。今、何と仰いましたかメイラさんや。俺の聞き間違いでなければ二週間という単語が出たと思われるのですが、はたして?」
「うん、マジもマジだよ、超マゾだよ」
 別に俺はマゾでもなんでもないんだがな。
 それにしても、二週間?そんなに意識を失ってたっていうのか。どうりでなんだか体が重いわけだ。そんなことより、よく二週間も食事せずに生きてたなという方が俺には摩訶不思議に思える。人間って、二週間もそれで生きていられるものなのだろうか。
「たぶんあたしとるーくんの命がリンクしちゃったせいで、片方が栄養とってたからじゃないのかな。なんだかこの二週間、あたしも体が重かったしー」
「うんそうか、ところで今なんかとてつもない話が隠れていた気がするんだが、もう一回最初から言ってみろや」
「たぶんあたしとるーくんの命がリンクしちゃったせいで――」
「――そこっ!それは一体どういう状況でそうなったんだ。それにその状況は一体なんだ」
 なかなかの勢いで話しているものの、俺は依然として横になっているままだし、メイラは立っているしで、立場的にはメイラの方が見下ろす感じになっている。なんだか情けない話だ。
「どういう状況って、るーくんが死にかけたから助けたんだよ?」
「そこまで!?」
 軽く訊いたつもりだったが、意外とヘビーだった。
「えと、あたしは治癒が出来ないからそれを通り越して蘇生魔法で治癒をしたんだけど、」
「さらっと凄いことを言ってる気がする」
「やっぱり蘇生ともなれば『対価』は大きくてね、今回の場合はあたしとるーくんの命を繋ぐことでうんたらかんたらして、それで治したの」
「とても抽象的な説明をありがとう」
「で、命を繋いじゃってるから、もしもあたしかるーくんが片方死んだらもう片方も道連れだから、そこんとこよろしくぅ!」
 ……。え。ええ?片方死んだらもう片方も、て。なんだそのよく分からない状況。
 ただ、そんな俺の気持ちを理解してなのか、その後にメイラは「ごめんね」と続ける。
「なんか、るーくんに悪いことしちゃったよね。ごめんね、勝手にしちゃって」
「いや……覚えてないが、それは死にかけた俺が悪いんだろうよ。なにもお前が謝ることじゃねえし、むしろ俺は感謝するべきなんだろうさ。ありがとうな、助けてくれて」
「るーくん……」
 ちょっとうるうるしながら、メイラは言う。
「なんか気持ち悪い……」
「酷くねぇかぁっ!?」
 思わず体を起こした。そして腹部に痛みを感じて、そのまま視界は暗転。しない。
「なにはともあれ、るーくんの目が覚めて本当によかったぁ。あたし、本当に心配してたんだからね。……嘘じゃないよ、本当だよ?あたしは生まれて初めて、心配のあまり眠れないっていう体験をしたぐらいなんだもん。まー、その後あたしも倒れちゃって大変だったらしいんだけど、それぐらいいいよね」
「まあ……いいんじゃねえか。多分」
 少し見詰め合って、そして笑う。最近、こういう笑いがなかったため、どこか新鮮に感じられた。そう、まるで家族の間での笑いのような、そんな感じ。
「ねえ……るーくん、命を繋いじゃったことで、もう一つ言っとかないと駄目なことがあるの。言ってもいい?」
「断る道理もねえだろ」
「うん。じゃあね、それを話す前に一つ確認。るーくんってさ、司力につてどこまで知ってるかな」
「一般魔法とは異なり、人それぞれ個人によって異なる属性を司る、物理的なダメージがある魔法ってとこでいいか?」
「一般知識としてそれだけ知ってれば十分だよ。うん、だいだいそんな感じ。ただ、あたしが話したいのは知らないみたいだから話すね。司力の覚醒、って知ってる?」
「魔法を扱いなれた時に、勝手に力に目覚めるんじゃなかったっけか」
「そうなんだけど、目覚める時に何が起きるか」
「……知らねえな」
「……『対価』がいるんだよ」
「『対価』?」
「そう。分かり易い属性なんかを司るときの『対価』は別にたいしたものでもないの。だけど、分かりにくいレアな属性の場合、それが大きくなる。それが強いものであればあるほど」
「……というと?」
「例えば、『時』を司るなら自分の時を対価に、『死』を司るなら自分の死を対価に、『愛』を司るなら自分の愛を対価に、『情報』を司るなら自分の情報を対価に、『全』を司るなら……自分の全てを対価に。うん、そんな感じ」
「お前の……全てを対価に?全てってなんなんだ」
「全て、だなんて言っても今じゃないんだよ、影響があるのは。そうだねー、影響があるのはむしろあたしの死後、かな。あたしの、これまでの“存在”が全て消えるの。綺麗さっぱり、ね。この扇だけを残して。今は魔法書だけど」
「“存在”の抹消……?」
「うん、つまりは『存在のサイクル』の終了。あたしに関する全ての情報が、この世界から抹消されるってわけだよ。物も、情報も、全て。あたしは元々この世界にいなかったことになるの。……ほら、だから『神魔戦争』のときの『魔王』、つまりあたしの先祖に関する情報がないんだよ。扇だけは例外らしくて、それのおかげであたしは『神魔戦争』について明確に知ってるんだけど、やっぱりそれは例外」
「だったら、なんで『神魔戦争』っていう記録が残ってるんだ。たしかに情報が改ざんされてるにしても、『魔王』が存在したってことはどうして伝わってる?その理論でいくと、それさえも消されてしまうんじゃないのか?」
「……分からない。あたしが思うに、たぶん昔の『神』の三人は『魔王』さんとの気持ちの繋がりみたいなのがあって、それが強すぎたから影響を完全に受けなかったのかもしれないよ。でも、それでも完全には影響なしとはいかず、敵として神話に残ってしまったとかね」
「そうだとしたら、神話の不自然さも説明できる、ってか。他の記録は一切抹消されてるのにそれだけには残ってたっつー不思議。……筋は通ってるな」
「あくまで推測なんだけどね。どこまで本当かなんてもう知るよしもないし、知る必要もないんじゃないかな。今更あたしたちがどうこうできるようなものでもないんだし。で、あたしが話したかったのは、その『存在のサイクル』の終了が、命を繋いじゃったるーくんにも影響しちゃう、ってことなの。つまり……道連れ、みたいなものかな」
「――っ!?それは……本当か!?」
「うん、本当。……ごめんね」
「いや――そうじゃない。そうじゃないんだ。むしろ、これは――」
 俺が、探し求めていたもの。
「俺はな、メイラ。ずっと、『存在のサイクル』の終了が可能な方法を探していたんだ。俺は、“俺の中にいる何か”がいることは感じられてる。そして、それは悲しい存在で、それは普通なら俺が死んだら次の誰かに受け継がれてしまうものだってことも――感覚的に理解できる。それが嫌だから――受け継がせたくないから――俺はそれを探していた。もしそれが可能だってなら、その“何か”諸共消え去れると思ったからだ」
「……」
「だから変な話になっちまうが……これも感謝するべきなんだろうな。普通なら感謝なんてできないんだろうが、それでも俺は例外的にお前に感謝する。お前は、別に謝らなくていいんだ。むしろ、素直に感謝されてくれ。頼む」
「るーくん……。――分かったよ、素直に感謝されとく。でもるーくん、だからって死のうだなんて思ったら駄目なんだよ?あたしまで巻き添えで死んじゃうんだから」
「分かってる。俺は自分から世界を捨てはしないさ」
「そう……だったら、私も……安心……」
 すると、突然メイラがベッドの方に倒れてくる。座ったまま、俺はそれを受け止める。
 見ると、メイラは眠っていた。俺のことを心配してたって言ってたっけか。なるほど、嘘じゃなかったようだ。
 別に寝顔を見てる分には、こいつも本当にただの可愛い子供なんだが――っていかんいかん。これじゃロリコンみたいじゃないか。俺はレクシスじゃないんだから、そういうわけにもいかない。断固拒否する。
 ……ああ、それにしても眠い。とりあえず今は寝よう。色んなことを考えるのは、別に明日でいいだろう。重荷が外れた今日ぐらい、ゆっくりしたっていいはずだ。それで罰が当たるわけでもないんだし。
 ただ、このまま寝るというのはメイラによくないだろうから、気が引けたがメイラをベッドの中に入れておくということにする。幸いベッドも広い、これなら文句もないだろう。……多分。
 そして俺は瞼を閉じる。今はただ、ゆっくりと。

       

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