Neetel Inside ニートノベル
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 しかし、リーダーは一つ失念していた。
 協力を仰ぐ――それはまあ、いい。
 だけれど、彼女は今現在、立場を明かす事が出来ないのだ。いまや彼女の国は、たとえ他国であろうと情報が伝わるかもしれないほどに情報網が広い。もし他国に協力を仰ごうというものなら、たちまち本国にも情報が伝わるというものだ。
 かといって素性を明かさないものなら、それはそれで協力など得られるわけがない。他国のリーダーを知っているわけではないが、流石にそんな怪しい人物に協力などするわけがない。
 よって。
「一人ぼっちじゃん……」
 今更ながら、誰も仲間を連れて行かずに夜逃げをしたことを後悔した彼女だった。
 それになんと、そのことに気が付いたのは夜逃げした日の翌日。一夜で出来る限り首都から遠くへ行き、なんとか見つけた村で倒れこむかのように宿を取って眠り、元気に目覚めた直後の事だった。
「まあ……それはそれで私にはおあつらえ向きかもしれないけどね」
 自虐的な笑みを浮かべつつ、彼女は一人呟く。
 彼女は――異常だ。
 普通なら魔法というものは、一人につき一つの属性を司り、そしてその属性の魔法しか使えない。分かり易いもので言えば、『炎』なら火炎とか、そういうのを使えるといった具合に(まあ、そんなに分かり易い属性ばかりとは言えないけれど)。
 けれど、彼女は違った。
 彼女は、ありとあらゆる属性の魔法が使えた。強いて言うなら『全』。それが彼女の属性。
 その上、決して器用貧乏――とは言えず、むしろ彼女の魔法は全てが全て、極めていると言っても過言ではなかった。
 状況に応じて魔法を使い分けられる。それほどまでに、便利な魔法は前例がなかった。
 魔法は確かに強く、そして便利。けれど相手によって、もしくは気候などによって、弱点は存在する。それが冒険者たちの中での一般常識であり、そして事実だった。
 だが、彼女にはその弱点が存在しなかった。そんな彼女に勝る者などいるはずがなく、かつ人望もあったため、彼女はついに国のトップへと上り詰めた。この国は王政ではない。市民による代表選抜によってリーダーが決定する。そんな中で、彼女はリーダーに選ばれたのだった。
「そう言うと、聞こえはいいんだけどね……」
 しかし、彼女はその異常性ゆえに常に一人ぼっちだった。
 仲のよい友人がいないという意味ではない。
 本質的な意味での『一人ぼっち』だ。
 どんなに友人を作ろうと、彼女は常に外れていた。魔法が外れていることだけでなく、それによって彼女の精神や考え方さえもだった。
 自分は『人間』ではない――といったかのような錯覚。それに常に見舞われていた。
 まるで、自分は別の種、存在なのではないか。そう、感じてしまっていた。
 だが、彼女は悩んではいたが、それに負けるような人間でもなかった。
 だったら、自分がこの世界でのリーダーになればいい。皆を率いて、皆に認められればそれでいい。そう考えたのだった。
 結果、彼女はリーダーを引き受け、認められる存在となるべく、皆の期待に応えていったのだった。
「さてと、朝から悩んだって無駄無駄。頭を切り替えないとね」
 彼女は伸びをしてから、窓を開ける。朝の気持ちよい風が部屋に微かに入ってくる。季節は秋。少し涼しいぐらいだ。
 その後、彼女は朝食を食べ、そして足早に宿を後にする。
 いくら昨晩できる限り遠くへ逃げたとはいえ、こうして一度眠ってしまった以上、そんなに悠長にここにいるわけにもいかない。彼女の勘では、もうじきここにも追っ手が来ると予測していた。
 そして彼女がその村を後にしようとした時、まさにその勘が悪い意味で的中する事になった。
 ばったりと。
 村から出てすぐに、追っ手に正面から遭遇した。
「げっ……やばっ!」
「っ!?あれは、リーダー!?皆、リーダーを逃がすなっ!」
 この感じでは、まだお遊びで済みそうな展開だなあ、と彼女は考えつつ、一目散に逃げる。まだ、裏切り者としては追われていなかったようだ。まあ、普段からたまに遊びに出かけていた時もあったから当然といえば当然だ。
 だが、彼女が逃げた先にも追っ手がいて、結果、彼女は囲まれる形となった。彼女は走るのをやめる。
 そして、その中でもリーダー格っぽい男の人、つまり最初に鉢合わせした人が一歩前に出て、そして彼女に語りかける。
「さぁ、リーダー。遊んでいないで、さっさと首都に戻ってください。こんな田舎まで追う羽目になった私たちのことも考えて、お遊びはほどほどにしてください。今は大切な時期なんですから」
「んー……。……ごめんね、やっぱ私は戻れない」
 本当は、決断はもう少し先にするつもりだった。けれど、そういうわけにもいかない状況だ。彼女はついに、決意する。
「は?……何を仰っているんですか、リーダー?」
「私には、私の使命がある。この国は……間違っている」
「と、言われましても……。私にはどういうことだか……」
 よく分からない、といった口調で男は言う。まあ、分かるわけもないか、と彼女は思い、そして言う。
「私は、今のこの国を壊す」
 はっきりとした口調で、彼女は断言する。
 しばらくはその男も理解が出来ないといった表情だったが、今一度考え、そして意味を理解してから彼は信じられない、という表情へと変わる。
「ほ、本気ですか、リーダー……?」
「ごめんね。今回は私も本気。……私は、この国を裏切るわ」
「……そう、ですか」
 なんとも言えないような、悲しいような、そんな表情。
 信頼を置いていた人が裏切るということを言ったのだ。それはある意味当然と言える。むしろそれだけ、彼女が信頼されていたということの証だ。
「……この国を相手にする覚悟はおありでしょうか?」
「ええ、……もちろん」
「……分かりました。でしたら、それなりの覚悟はしていただきます」
 男が剣を抜く。両刃の一般的な剣。
 それに合わせて、周囲の十人ほどの男たちも剣を抜いた。
 裏切り者は生かしておくわけにもいかない。たとえそれが誰であろうとも。
「たしかに私は絶対的に『悪』なんでしょうね。それは認める。けれど、気づいた以上、この『悪』を見逃すわけにはいかない……!」
 そして彼女も、懐からあるものを取り出す。彼女愛用の、扇を。
 そしてパッと開き、盛大に宣言する。まるで、自らに言い聞かせるかのように。
「私は『魔王』。絶対的な『悪』の名の下に、私の『正義』を実行する!」
 彼女は、過去と決別するかのように、扇を振るった。
 今ここに、後に『神魔戦争』と呼ばれる戦いの幕が開いた。

       

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