Neetel Inside ニートノベル
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 変態たるこの私、レクシスの担当は真正面だった。つまりは、正面から敵の撹乱を狙ってくれ、とのことだった。なんとまあ、随分と荷が重い役目なことだ。
 とまあそんなわけで、城の入り口へと着いた。城内で何か異常事態が起きているからといって、都合よくそこに兵士がいないなどということもなく、当然ながら兵士は立っていた。五人ほど。
(……むしろ普段よりも多いぐらいではなかろうか。非常事態だからこその措置、ということなのだろうかな)
 そうは言っても、役目は役目だ。こなさないわけにはいかない。つかつかと五人の方へ近づく。当然、向こうもこちらの接近に気づく。
「おい、そこの男、止まれ。城の中に何か用か?だとしたら悪いが今日は『定例集会』だ、入れるわけにはいかない。また後日に来てもらうことになる」
 つかつかと、私は歩く。
「おい、止まれと言って――」
 そして彼との距離が一メートルを切ったところで抜剣する。いたって自然な、当たり前と言わんばかりの流れるような動き――と自分で賞賛してみるとしよう。ただし、“抜剣”という表現は少し違うかもしれない。この刃物の正確な名前から言うならば、“抜刀”こそが正しい。“双剣”ならぬ“双刀”。とある異国の島国から伝わったと呼ばれるこの刃物は、一般に流通している剣とは違う。両刃ではなく――片刃。そして細く――なおかつ剣よりも軽い。この刃物は、その島国では刀、と呼ばれているそうだ。
 そのまま私は自然な流れで刃を返し、“峰打ち”をする。そうすれば斬れることもなく、気絶だけを狙える。斬れなくて敵を倒せるのかとも思うかもしれないが、刃を返した刀というのは鈍器に等しい。つまり、長い鈍器で殴られたようなものだ。手加減せずに殴ったので、相手はそのまま倒れこむ。――弱い。所詮は、こんなもの。
 残りの四人も、難なく“殴り倒す”。最後の一人を終えると、場が静かになる。なんだか空しい気持ちになるが、それでも私には役目がある。個人的な理由で、他の皆に迷惑をかけるわけにもいかない。
 正面を見据えると、門がある。見るからに頑丈そうだ。噂によれば、魔法耐性があるという特注の素材で城の門というのはできているそうだ。だから、魔法による破壊は不可能。ならば選択肢は一つ。
(――圧倒的な物理的ダメージによる、破壊)
 再度刀の刃を返す。そして門に向かって一閃。傍から見たら一本の線が空中を奔ったかのように見えたことだろう。
 ――そして門に人が通れるぐらいの穴があく。そのまま中へと足を踏み入れる。とりあえずたまたま近くにいた兵士を二名ほど昏倒させてから一息をつく。
(そういえば、こうやってまともな実戦をするのも数年ぶりか)
 兵士が三人来た。難なく昏倒させる。休憩を終え、城内へと進んでいく。
(……とはいえ、やはり私に本気を出させることができる人間もここにはいない、か。……シノイならば役を果たせたかもそれないけれど、願っても叶わないだろう。彼は“仲間”だ)
 兵士が七人ほどやって来た。もちろん、なんなく倒す。
(あるいはルゥラナ君、あるいはメイラちゃん。そしてメルちゃんならば、可能性はある――)
 歩みを止める。どこに向かっていたのかは知らないが、そんなことはどうでもいい。少し開けた場所にいる。
(――囲まれた、か)
 ざっと三十人といったところか。
 今来た道の方からと向かおうとしている方から、だいたい半々で十五人ずつぐらい。
(……くだらない)
 人数を揃えて何になる?私を止めたいなら、そう――私に相応しい人物を用意するべきだ。実に、くだらないことこの上ない。



 全員を昏倒させる。無残にも兵士が辺りに転がっている。
(まあ、いくら私でも疲れないことはないか……)
 少し汗をかく。たいしたことは無い、所詮はその程度。この程度の人間では障害にすらならない。再び一息をつく。すると、見知った顔がやって来る。
「あ、レクお兄ちゃん」
 やって来たのはメルちゃんだった。別々の所から入ったというのに合流してしまったようだ。それほど進んでいたということだろうか。
「――って、きゃっ!なんですかこの兵士の方々の無残さは。レクお兄ちゃん、張り切りすぎですよ」
「いやまあ、成り行きというか、なんというかね。しょうがないだろう、向こうから襲ってきたんだから」
 別に嘘ではない。襲われて仕方ないことをしてるのは私の方だが、襲ってきたのは向こうだ。返り討ちなんだから向こうとて文句は言えまい。
「ところで、私に何か用かな?」
「用なんてないです、たまたま出会っただけですから。こっちがなんだか騒がしかったもので」
 トコトコと近づいてくるメルちゃん。倒れている兵士を踏んだりしないように意識しているようだ、そういうところは優しい。
「とはいえ、実際はそうでもないんだよね」
「……なんだかとても失礼なことを考えてませんか?」
「気のせいだよ。私はいつも失礼なことを考えている」
「失礼じゃないですか」
「かもしれないね」
 と言いつつ、私をナイフで刺そうとしていたメルちゃんの腕を体の前で止める。ナイフの切っ先と私の体との距離は残り数十センチ。なおもメルちゃんは力を強める。
「……あの、メルちゃん」
「なんですか?」
 笑顔だ。可愛い。
「その笑顔とこのシチュエーションとの組み合わせは怖いことこの上ないのだけれどね」
「そうですか?昔、メルちゃんはいつも笑ってるほうがいい、って教えてくれたのはレクお兄ちゃんじゃなかったですか?」
「んー、教えた記憶があると言えばあるね」
 メルちゃんが手を振り払って距離を開ける。いつの間にか分からないが、左手にもナイフを持っている。
「……ええと、私には状況が掴めないのだけれど、何か気に障ることでもしたかな?」
「いつもしてますけど、別に今回はそれが理由というわけでもないですよ」
 そういうのが理由でない、か。だとしたら、他にどんな理由があるかだけれど、はたして。
「レクお兄ちゃん、知ってますか?」
「ん?何をかな」
「メルちゃん、レクお兄ちゃんが大好きなんです」
「ここでまさかの告白っ!?」
 一体どういう会話の流れなのだろうか。全く脈絡がない、なさすぎる。襲うことと好きだということにどんな共通点があるということなのか。
 ……いや、襲うことと好きだということ?そうか……忘れていた。彼女は、普通ではない。物心付いた時からの、洗脳と呼べる教育。“殺し”を植えつけられた彼女。そんな彼女なら、“好き”ということが“殺意”へと繋がったとしてもなんら不思議なことではない。感情を知らない彼女は、全てが“殺し”へと繋がる。当然の、帰結。
「……なるほど。だったら、メルちゃんはこれは知っているかな?」
「何をですか?」
「私も、メルちゃんが大好きなのだよ」
「知ってます」
 ……不公平だ。
「ですがまあ、こうやって真面目に言われたのは初めてです。嬉しいです。殺したくなってきました」
「初めてか、それは何よりだね」
「メルちゃん、きちんと両想いだと分かって今はとっても幸せなんです。ですからこの幸せな気持ちのまま、さっさと殺していいですかレクお兄ちゃん?」
「できることなら遠慮願いたいところなのだけれどね……」
 本当に私は幸せ者だ。こんな可愛い女の子に告白されているのだから(注:九歳)。だから、私もそれに応えないわけにはいかないというものだ。それが礼儀だと私は思う。
「しかしその愛の告白、受けて立とう」
 つくづく自分が馬鹿だと痛感できてしまう。

       

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