Neetel Inside ニートノベル
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「――きゃはっ」
「……?」
 メルちゃんが、起き上がる。そしてゆっくりと立ち上がった。メルちゃんの傷は――消えていた。さも何事も無かったかのように、跡形も無く。そんな“傷”なんていう情報は無かったかのような、そういう光景。
「いいですいいです、実にいいですよ、あなた。彼女を倒す光景はまさに圧巻でしたよ。こんな興奮、私は何時振りに味わったことでしょう。きゃはっ」
 一歩後ずさる。体ではない、心がだ。
 感じたのは恐怖。なんだか得体の知れないモノを相手にしているかのような――不気味さ。まるでヒトの情報そのものが、何か間違ってしまっているかのようで。いてはいけない何かが、いるようで。恐怖を隠すこともできず、おずおずとこう尋ねる。
「君は――何だ」
「“何だ”と来ましたか。そう訊かれたら、何て答えたらいいんでしょうね。ですがまあ――そんなことはどうでもいいじゃないですか。私はメルちゃん、そういうことにしておきませんか?」
「それは――無理な提案だね」
「そうですか、残念です」
 まるで残念とも思っていない表情。人間としてではなく、モノとして何かが間違っている。それがひしひしと伝わってきてしまう。
 この、“まるでヒトが変わってしまったかのような”状態に当てはまる現象は、過去に何度か体験したことがある。
 二重人格。一つのモノに二つのモノが入るという異常で非常な存在。それが相応しいように感じられた。けれど、それは違うと直感が告げる。コレは――そんな存在ではない。
「……ですが、一応私という存在を形容するなら、そうですね……“争い”の象徴ってところでしょうか。つまるところ、私は本来なら存在しない存在なんですよ。どう言うと分かり易いんでしょうか、思念だけの存在、とでも言うんでしょうかね。それがこの“彼女”の体を乗っ取っていると考えれば簡単かもしれませんね」
「……なるほど、後付けの存在か。ということは、メルちゃんは存在するということなのだろうね」
「ええ。彼女は彼女です。言ってしまえば、私という存在はウィルスみたいなものです。他人に寄生してしか存在できない存在。ただまあ――随分と強いウィルスですけれど」
 いつの日か、この存在はメルちゃんを消し去るということだろう。今はメルちゃんの力が弱まったから出てきてしまったということだろうか。
 となると、メルちゃんを打ち負かしてしまったのは失敗だったと言えるかもしれない。いつかはこうなることだったとはいえ、そのきっかけを作ってしまったのは間違いなく私なのだから。それに、この存在は自らを“ウィルス”と称している。つまり。
「一度現れると、その後は――」
 どちらかが消えるまで、進行する。だが、ウィルスの方が力が随分と強いから、何もしなければ消えるのはメルちゃんの方。
(どうすれば……)
 何もしなければ死ぬ病気なら、薬を投与すればいい。外部から干渉してやればいい。だが、その方法は今回の場合はあるのか。薬となれる治療法は存在するのか。
「きゃはっ、もしかしてこの体を彼女に返す方法でも思案してたりします? でしたらそんなの無駄ですよ、私を消したければ、私を存在ごと殺さないと」
「……“今回のように”?」
 昔もこの存在は存在した時期があったということを言いたいのだろうか。
「だとしたらなぜ――この時期、タイミングで“発症”した」
「さっきも言ったじゃないですか、私は“争い”の象徴だって。大きな争いの兆候があれば、私は現れます。そう、戦争のようなものでも起きれば」
「――っ」
 『神魔戦争』。『第二次神魔戦争』。
 なるほど、そういうことか……。つまり『神魔戦争』の謎の一因は――。
「現れる、と言っても、別に新しい人に発症するわけじゃないんですよ。こう見えてこの彼女、何年生きていると思います?この彼女の体は、大昔から変化しないんです。ずっと昔から、はるか昔から、この彼女は時折私を発現させてきた。争いの度に、です。ですから、あなたが思っているのは少しずれている気がします。私は、現れたり消えたりを繰り返す存在。この彼女は、だから発症者というよりも相棒みたいなものなんですね」
 情報の書き換え。情報の更新。死ぬ事は無く、常に一定の存在。発現から考察するに、殺したぐらいでは恐らくいつかまた現れる。情報を操り、“死”さえもなかったことになる。信じがたいが、究極の不老不死。
「ところで聞いてくださいよ、私の愚痴を。つい数百年ほど前だったですね、久しぶりに私が出てこられたんですけど、なんとその時、戦争の当事者たちは話し合いで解決しちゃおうとしたんです。困りますよね、そういうのは。争いの長さだけ私は存在できるというのに、まともに争わないだなんて。そしてなんと、今回もそれが再び行われようとしてるじゃないですか。これは私としては大変嫌なことなんです、ご立腹です」
 やはり、メイラちゃんは話し合いによる解決を狙っているのか。それをこの存在がどうやって知ったのかは不思議だが、彼女もメルちゃんなのだから“情報”を司るということなんだろう。もしくは“争い”の象徴としての勘なのかもしれない。知る術も無いし、別に知ろうとも思わない。
「そんなわけで分かると思うんですけど、こんなところで油を売ってる暇は無いんですよ、今から私は争いの炎でも灯しにいこうとしてるんですから」
 彼女の手が私の腕に触れる。数メートルの距離は離していたというのにだ。
(位置座標の――変換っ!?)
「ですからほら、私のためにもさっさと“消えて”くれません?」
 メルちゃんのものとは違う、悪意に満ちた笑顔が視界に映った。

       

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