Neetel Inside ニートノベル
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 イリザが『転移』した。
 だが、別にそれは格好良く出発するためだとかそんなのではなく、むしろ格好悪い部類に値する。なぜなら、転移したのではなくさせられたからだ。
「よっ」
「……えっ。あ、貴方は……誰?」
「ふははっ、よくぞ聞いてくれましたとさ。我様の名前はルート。『魔王』ルートだ。跪いて跪いて跪いて跪いて平伏して崇め奉るがよい」
 イリザは、どこかにいた。
 少なくとも、先ほどまで演説をしていた場所とは違うどこかというのは確実だった。それがどこなのかは分からないけれど、特に何の変哲もないような、木があったり、草があったり、平地があったり、といった所。見通しはそこまで良いとは言えない場所だったけれど。
 そこに、彼女と一人の男がいた。
 漆黒のマントに身を包んだ彼は、さながら、
「……変質者」
「ちっがぁぁぁぁぁぁうっ!」
 のようで、腰に剣を一本提げていた。冒険者のように見えなくもない、といった風貌だ。
「私を攫ってどうするつもり……って訊くまでもなかったわね」
「ふむ、物分りが良くて助かる。そう、」
「男が女を攫ったんですものね。することは一つに決まっているはずよ」
「待て。待て待て待て。その先入観はなんだ、そんなわけがないであろう」
「私一人を攫うのに、随分と手の込んだ事をしてくれたものね。……ま、『転移』でも使わなきゃ私を攫うなんて芸当は不可能だったでしょうけど。私も完全に油断していたわね」
「……いや、この際それでもいい。だからさっさと我様の話を聞いて――」
「やーよ。変質者なんかに従うもんですか」
「……」
 ものすごく落ち込んでいた。よっぽど“変質者”というワードが効いたんだろう。
 と、そこでイリザははたと気づく。
「……『魔王』?」
「さっきからそう言っているであろう。我様は『魔王』。それとも……『万魔の王』と言った方が伝わり易いか?」
「……そう」
「ふははっ、どうした。我様の偉大さにようやっとの事で気がついたのか?今からでもこれまでの無礼は許してやらんことはない。だからさっさと跪いて跪いて跪いて跪いて平伏して崇め奉るがよい」
「……私は」
「……む?」
「魔物に、それも『万魔の王』に認められるほどの美貌を持っているということなのね。ああっ、私はなんて罪な存在なのかしら。この私の美貌が憎い、憎すぎるっ!」
「……おい」
「いえ、いいのよ。何も言わずとも言いたいことはわかる。けれど……ごめんね。私にはしなければいけないこともあるし、貴方のこともよく知らないし、色々と手順を飛ばしすぎてる気がするのよ。『万魔の王』自ら私に求愛してくれるのは光栄だけれど……ごめんなさい」
「……色々と誤解しかない。それと“求愛”とか言うのはやめろ、なんだか動物みたいではないか」
「でも……積極的なアプローチはありがとう。私、そういうのは好きだから」
「だからそんなんじゃないと言っておるだろう!」
「え……違うの?」
 困惑したような表情になるイリザ。その表情に偽りの要素は見当たらず、つまりは本気で勘違いしているようだった。頭が痛いとでも言いたそうな表情に彼はなる。
「いいかげんに我様の言葉に傾聴せよっ!話が全く進まぬではないか」
「分かったわ。……ところで、私はトマトが嫌いなのよね」
「“ところで”の使い方が色々と間違っておる!」
「だってね、あの食感はどうかと思うのよ。あ、あとそれと食べた時の奴の(トマトの)反応もよ。中から汁よ?汁が出てくるのよ?あれはそう、さながら人の肉の如しよ。人の肉を食い千切ったその後に流れ出る大量の血液、そう、そんなものなのよ、奴は。私は人間なんか食べたくはないのよ、食べ物が食べたいの。あんな人肉(トマトを)をおいしそうに食べてるやつの気が知れないわね」
「や、やめろっ!そんなことを言われては無類のトマト好きである我様がトマトを食べられなくなるという事態が発生してしまうぞ、それでもよいのか!?」
「別にいいけど。というか貴方トマト好きなのね……。それに人肉の話で嫌がるだなんて、貴方本当に『万魔の王』?」
「我様ともあろう者が、そのようなものを食べるわけがなかろう!我様ほどならば、それを必要とすることなどない」
「……そう。よかった。なら、貴方と――無理に争う必要もないからね」
 彼女は口調を変えて呟く。牽制、のようなものだ。だが、それを彼は鼻で笑うかのように一蹴する。滑稽だとでも、言わんばかりの表情。
「勘違いするでない。それでも我様は『万魔の王』に変わりはない。人間を食するなどということは無くとも、それでも殺しはする。……我様を止めたいと言うならば、今の内であるぞ?今殺す事で、多くの人間の命が助かる事になるやもしれぬ」
「それは、挑発?」
「さあ、どうであろうな」
「ふうん……。ところで、貴方の発言、一見ツンデレのように聞こえなくもないわよね」
「貴様は“ところで”が言いたいだけかっ!」
「ただ、“勘違いするでない”じゃなんだかお堅いイメージになっちゃうわよ。どうせなら、“勘違いしないでよねっ”の方がありきたりとはいえ貴方のイメージに合うと私は思うのだけれど、どうかしら」
「我様のキャラを勝手に作るでない!そもそも我様は男(♂)だっ!」
「えっ……」
「そこに驚いているとはそれこそ我様が驚きだ。こんな話し方をする女が(♀)がいるはずがないであろう」
「いえ、最近は多様化しているものよ。女でも男っぽい一人称を使うというケースだって増えてきているし、その逆だってなきにしもあらずよ。そういう先入観は良くないと私は思うわけよ」
「……」
 もうどうでもいい、という顔だ。実際どっちでもいいんだろう、彼からしてみれば。というより、一向に話が進まないというこの状況に嘆き始めていた。
「で、結局のところ貴方は何がしたくて私を呼んだのかしら」
「さっきからそれを言おうとしておるのだ!」
 本気できれた。ごほん、と咳払いをしてから話を続ける。
「今回、我様がわざわざ貴様を呼んだのは他でもない、そう、」
「ところで、咳払いってなんのためにあるのかしらね」
「……」
「っ!?あ、貴方から黒いオーラ的な?」
「的な!?」
 どこかのコントか、と彼は心の中でつっこむ。とても『万魔の王』とは思えない心理状況だった。再び咳払い。
「我様が貴様を呼んだのは、我様を貴様の同志にして欲しいと思ったからだ」
「……」
 イリザは絶句。どちらかというと、反応に困るという意味での絶句だ。しばらく言葉を模索するが、たいしていいボケも思いつかず(これまでも意図的だったということだろう)、普通に返すことになる。
「意味分かんないんですけどー」
 挑発的に。
「……貴様、我様を敬う気がないな」
「変質者を敬う女がいるもんですか」
「ぐっ……」
 再び落ち込む。しかしそれでは埒が明かないと悟ったのか、すぐに立ち直ってからイリザの方を向く。
「我様はな……貴様の心意気に感動したのだっ!」
「……へ?」
「ただの人間であるというのに、その思い。我様は心を打たれた。だからこそ、たまたま覗き見していた我様も貴様の手伝いをしたいと考えるのは必然というものだ」
「えっと……貴方ってそういうキャラなの?」
「そういうキャラとはどういう?」
「ん……なんでもない」
 今度は立場逆転でイリザの方が狼狽する。覗き見をしていた理由も気になるには気になるけれど、そんなことを訊く余裕は無かった。
「とにかく貴様は何も迷うことなく我様を仲間にすればそれでよい。それで万事解決だ」
「何が解決っ!?」
「安心してよい。我様は貴様が満足できる程の力は持っていると自負しておる。足手まといのなるなど、この『万魔の王』に限ってあるはずがなかろう」
「そんなことは訊いてない」
 自分勝手に話を進めるにも程があるだろ、と心の中で彼女はつっこむ(既に自分の事は棚に上げているようだ)。
「む、信用しておらぬな」
「たしかに信用してないけど、私の思っているそれと貴方が思ってるそれとはずれてる気がする」
「よし、ついて参れ」
「聞いてないし……」
 などと言いつつも、言われた通りに彼についていく。なんだかんだ言いつつも、彼女は押しに弱いのだ。彼女は優しいから。
 少し歩くと、ある町が目に入る。距離があるが、それでも彼女はそれがどこかは分かった。なぜならそれは、彼女にとっては見慣れた町だったから。そこは、ついこの間まで彼女が働いていた町、つまりはこの国の首都だった。演説を始めたのが夕方で、さっきまでルートと話し込んでいたので今では夜になりつつある。日が沈みきった直後、といった時刻だ。
 すると、彼が彼女に尋ねる。
「よし、貴様と対立しておる者たちはあの町のどこに住んでおる。言って構わないぞ」
「言って構わない、って……どうするつもり?」
「まあ、とりあえず言ってみろ」
 渋々彼女は彼に教える。彼はそれに満足したのかご満悦だ。なんだかにこにこしていて、彼女からしてみれば気持ち悪いこと極まれりだった。
「ふむ、あの城のような建物の上の方か」
「ような、っていうより城そのものだけどね……って結局どうしたいのよ、貴方は。まさかあそこに直接攻撃をぶっ放すだなんてことはしないわよね」
「そうだが」
「またまたぁ。そんな冗談ばっかり言わなくていいわよ。いくらなんでも、そんな馬鹿な真似を『万魔の王』ともあろう御方が本気でするわけないわよね、うん」
 自分で勝手に頷いていた(こういうのを、自分で勝手に話を進める、と言うと思うのだが、無論彼女はそんなことには気づかない)。
 だが、数秒後に彼女にとっては予想外の事態が発生する。そう、彼の言った通り、さっき教えた場所が爆発した。……爆発したのだった。彼が何かの魔法でも使ったんだろう、と彼女は至って冷静に考える。遠目に見て、城の上部が崩れているのが見える。これにも彼は満足したのか、清々しいまでの笑顔を浮かべて、彼女に言う。
「さあ、締めは任せた」
「何がっ!?」
 これまでで最速の反応だった。
「何してるのよ、貴方は!あれで皆が死んじゃったらどうするつもりなのよ。というか貴方は馬鹿?馬鹿なのね、馬鹿馬鹿馬鹿っ!」
「我様に向かって馬鹿馬鹿とうるさいぞ。それに貴様はあそこにいる者たちをいつかは殺すつもりなのだろう?これぐらいでうろたえてどうする。あれしきで死ぬような輩でまあるまいし」
「まあ……そうだけど。……って私が納得するわけがないでしょう!」
「ふははっ、久々に爽快な気分だ。我様は実に楽しい、楽しいぞ!」
「話聞いてないっ!?」
 久々に大きな力を使ったようで、なんだかすっきりしているようだった。周りから見ている分には、ものすごくうざいだけだったが。
「さあ、ここに戦争の幕開けを宣言せよ。あそこに見える人間ども全員に宣戦布告するのだ。我様が全員に声を届かせることができるようにしてやるから感謝するがよい」
 暗くてあまり見えなかったが、さっきの爆発音で家から出ている人がちらほら見えた。何が起きたかようわかっていない様子に見えた、気がした。そんなことより、彼女としては彼の態度のうざさの方に気が向いていたけれど。
「……私はなんだか頭が痛いから、貴方に任せるわ」
「む、そうか。無理はよくないからな、ふむ、我様に任せよ」
 彼は、対象者の精神に直接声を伝えるという魔法を使用する。魔法のバリエーションもさることながら、町にいる人々全員にかけることができるというのは、やはり『万魔の王』ということだろう。イリザとしては、とてもそうは思えなかったが。
「人間どもよ、よく聞け、傾聴せよっ!我様こそは『魔王』ルート。『万魔の王』なり。ここに、我様と人間の『魔王』たるイリザ=シュライナなる者は貴様らに宣戦を布告する。争いに加担せし者たちよ、我様たちは貴様らの行為を許すことはない。あくまでその姿勢を崩さぬと言うならば、我様らはそれを全力で迎え撃ち、必ずやこの世界をあるべき形に戻してみせよう。……べ、別に勘違いしないでよねっ、我様らはこの世界を壊そうと思ってるわけじゃないんだからっ!」
「……」
 世界が沈黙に包まれた。
 ……。
 …………。
 ………………。
「き、貴様が言えと言ったのであろう!」
「ま、まさかの責任転嫁っ!?」
 これにて、『神魔戦争』の幕開けたる宣戦布告は終了した。

       

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