「追撃はなし……か」
 先ほどの何者かによる攻撃によって、瓦礫の山となった自室でクオーツ=センセントルートは呟く。そして魔法によるシールドを解いた。空中に浮いていた彼だったが、そのまま瓦礫の上へと降り立った。
 それに合わせて、近くにいた彼の仲間である二人、エンド=クルノアとメスティア=シャイナルも彼のそばに降り立つ。三人には特に、目立った外傷はないように見受けられる。全員が全員、攻撃を受ける直前にシールドを張ったからだろう。というより、三人が同じ部屋で話していて、三人の中の一人が攻撃を察知したからという方が正しい。
「イリザも、随分と積極的になったものだな」
 凛とした女の声。彼女がメスティア=シャイナルだ。その風貌の力強さは、一見すると一流の騎士のようにも見える。腰にも一本の剣が提げてあるので、これで馬にでも乗っていればそれで騎士に見えるだろう。
「え、ええと……こ、これは、イリザさんじゃないと、僕は思うんですけど……」
 一方で、気の弱そうな雰囲気を醸し出しているのがエンド=クルノア。武器などは携帯しておらず、見た目は学者のように見えなくもない。チャームポイントは眼鏡、といったところか。
「『万魔の王』ルート……か。なんなんだかな、そいつは。まさか本当に『万魔の王』とは思えんしな」
「いや、案外本当かもしれねえぞ。真偽なんて俺の知ったことではないけどよ」
 クオーツの口調は、どちらかというと冗談に近いものだった。他の二人も、まさか本当に『万魔の王』がイリザについているとは考えていないようだ。信じる方が珍しいというものだ。
「それにしても……まさかイリザが本当に宣戦布告してくるとはな。俺としちゃ、できれば冗談であってほしかったんだが、そう上手く事が運ぶわけもない……か」
 イリザが追っ手を返り討ちにして、謀反をしたと報告された時、もちろん三人は冗談だと受け取った。共に国を治めてきたイリザが、その中でもリーダーであったイリザがそんなことをするとは、考えられるはずもなかった。だが、そんな三人の考えとは裏腹に、それを虚実であるという発表は一度たりともなく、むしろ三人にとっては都合の悪いことにイリザ側の勢力につき始める地域が現れ始める始末。最初から信じていなかった分対応が送れ、結果としてイリザ側にも多くの仲間を作らせることになってしまった。
 こちらの側には遠く及ばない――ということもなくなってしまい、一筋縄ではいかない状況になってしまっている。
「こう宣戦布告されちゃあ、流石に軍も動かさざるを得なくなっちまうよなあ」
 この一ヶ月ほどは、イリザ側も目立った動きはせず、あくまで仲間を集めているという段階だった。いつか戦う事になってしまうのかもしれないという危惧はあったものの、それでも実際に戦闘が行われたことはなく、一種の冷戦ともいえた。だが、現在首都にいる一般の人々にさえも宣言されてしまった今、これまでのように対応するというわけにもいかない。『革命』は、そう簡単にさせていいものではない。
「どうするん……ですか?僕は……イリザさんとは、争いたくはありません。あの人だって、そう思っている、はずです」
「私とて同意見だ。だが、私たちまでもがこの国を捨てるわけにはいかない。国の中心人物たる私たち全員が国を捨てては、この国を統べる者もいなくなるし、かといって、イリザの意見に賛成するというのもこの状況下では不可能だ」
 戦争に反対する人々がイリザの元に集まったということは、つまり、今現在こちら側にいる人々は戦争に賛成する人々、もしくはどちらでもいい人々ということだ(大半は後者ではないかと思われる)。
「……どうしたらいい、んだろうなあ俺たち」
「……」
「……」
 クオーツの問いに答える声はない。全員、こうなってしまっては戦うしかないということは自覚している。ただ、戦いたくないとも思っている。相反する二つの事柄に挟まれ、悩んでいるということだ。
「あいつも俺たちも、どっちも平和を願ってるだけんだよな」
「ああ。少なくとも私は、この世界を平和にしたいと考えている。そのために戦争をするというのも皮肉なものだが、その皮肉を受け入れる覚悟はある」
「僕もです。僕たちの進む道が正しいのか、イリザさんが進む道が正しいのか、それは僕には分かりませんけど……それでも、僕はこれが正しいと思えるから。僕は、この道を選ぶ」
「……そうだな。お前の言う通りだ。俺たちがこの世界に戦いを引き起こしているとはいえ、それはいつか平和に繋がる。未来永劫とはいかないだろうが、それでも俺たちの目指す平和はそこにある。平和は、作られるものではなく――」
「――作るものだ」
 瓦礫の山で、三人は確かめ合う。誰が正しく、誰が間違っているのかなんていうのは彼らには関係ない。多くの人々がこちらについている以上、それは一つの正義。それに反する者が――『魔王』。戦う運命は避けられない。
「でも……できることなら、僕はイリザさんを説得したい。戦うのは、その上での方がいいと、思います」
「当然だろ。それをしないのは、ただの悪党だ。俺たちはあくまで、悪党になるつもりはねえ」
 言うまでもない――そんな表情。言葉にしなくとも、それぐらいは三人の間で伝わる。
 そしてこの頃になってようやく、騒ぎを聞きつけた兵士たちが集まってきた。爆発の被害は思ったほどではなく、三人の部屋が全壊する程度だった。三人にとっては十分深刻だったが、それはそれ。



「……なるほどね」
 と、“遠くから盗聴していた”イリザが呟く。元仲間の三人にそれが気づかれていた様子はなく、無事に盗聴成功といったところだろう。イリザの魔法をもってすれば、これしきは容易い。
「貴様も、随分な仲間を持っていたようだな。敵とはいえ、流石の我様も感嘆の意を表しよう」
 尊大な態度でルートは言う。というより、これが彼の標準なのだが。
「そりゃあね。血迷ってるのは、状況を顧みるに明らかに私の方だからね。実際、三人の方が正しいの。あくまで私は『魔王』、決して正義にはなり得ない。あなたもそれは分かっているのでしょう?」
「というより、我様は貴様のその姿にこそ惹かれたのだがな。自ら『魔王』となることも厭わぬその心意気、我様感動っ!」
「……あっそ」
 心底どうでもいいという態度で、彼女はそっけなく返す。事実、どうでもいい。
「……はあ」
「どうした、今更心変わりでもしたのか」
「そんなのじゃないわ。むしろ逆というか、なんというか……」
「ほう……戦う決心がついた、か?」
「そう」
 彼女も、三人と戦うというのは迷っていた。おそらくそれは、元々はリーダーであった彼女は三人に比べてもより強く。どうにかして戦いを避けられないかだとか、そんなことをよく考えていた。けれど、改めて三人の思いを聞いた(盗聴した)今、なにかが彼女の中で吹っ切れた。たぶんそれは、三人の思いの強さを確かめたことによるのだろう。
「ふむ……なんというか、実に貴様らしい意味不明っぷりだな」
「あなたに意味不明呼ばわりされたくはない」
「そう言うでない、褒め言葉だ」
「どこに褒めの要素があるのかしらね。そんなことばっか言うのなら、あなたをトマトの海に沈めるわよ」
「どんな状況っ!?」
 実に他愛無い会話を、二人はなお続ける。