それから月日が流れる。
 宣戦布告のようなものをしたものの、別段これまでと変わりは無く、あれ以降大きな衝突といえる衝突はなかった。あったのといえば、それまで同様の小さな衝突、死者など出ないようなものだった。それはたまたまというわけではなく、『魔王』側と『神』側とが両方ともが争いを操作していたからだ。『魔王』はなるべく戦いを起こさないように考えて、『神』はそんな『魔王』の意図を読んで、互いに大きな衝突が起きないようにしていたのだった。
 けれど、そうは言ってもそれは長く続くものではない。当然そういう均衡状態を嫌う人間というのは多く存在する。そしてそういう人間は“改革”を目指して集まった『魔王』側に多く存在し、日々その不満は大きくなっていった。最初はたいした影響もなかったものの、それでもそういう思いというのは伝染するもので、争いの風潮が高まっていった。
「……はぁー」
「ふむ、どうしたのだ『魔王』。貴様らしくもなく溜息などついて。さてはエロいことでも考えておるな」
 彼女はドスッ、と鳩尾に突きを入れる。本気で。
 悶えるルートを無視して彼女は話す。
「そんなのじゃないわ。ただ、私は今の戦局に苦しんでるだけ。ちょっと好ましくないからね」
 そして再び溜息をつく。
「争いは避けられないというのは最初から分かってたけど、やっぱりそれが近づいてくるとね……。こうなると、さっさとあの三人と決着をつけないと駄目になるわけだけどどうしようかな」
「争っては駄目なのか?」
「駄目。それで目的を達成したって、私の目的は達成できない。あくまで私は、今の国の方針だけを変えたいの。国力を疲弊だとか、そいうのはしないほうがいい。周りの国から攻められても困るしね」
「あくまであの三人との決着、か。……理解した。ならば、我様がその場を設けてやらんこともない」
「それができれば苦労はしないのよ。当然三人の周りには守ってる人間が多いだろうし、だから三人に会うのも大変なのよ。私の力を以ってして武力行使でもすれば別に不可能なわけでもないけど、それじゃ交渉の余地もなくなってしまうでしょ。会おうと思うと、その人間をどうにかするしかない」
「……ふはっ、貴様は馬鹿か?大切なことを忘れておるだろう」
「大切なこと?別にもう食後の薬なら飲んだけれど」
「そんなことではない。というか貴様はなにかの病気なのか」
「さて、どうでしょう」
「ふむ……まあよい。貴様は、我様が『万魔の王』ということを忘れているのではないか?」
「貴方が『万魔の王』だっていうことが、今の話に関係するの?“敬え”だとか言ったらもう一回殴るわよ」
「そんなことは言わん。まあ……とりあえず我様の提案でも聞いてみるがよい。聞くことを許そう」
 尊大な態度で、彼は言う。



 それから一月後。いよいよ衝突が避けられないという状況になってきた頃、ついに事態は動き出した。つまり、本格的な戦争の始まりの合図。それが改革を目指す陣営で――『魔王』側で出たのだった。
 『魔王』からの指令は以下の通り。
《まず、こちらの陣営での目下の問題は知っての通り人員不足。こればかりはどうしようもなく覆すのだって無理でしょうね。だから、今現在各地に散らばっている敵の人員が一箇所に集まって首都を守ってしまう前に、一気にかたをつける。具体的に言うと、一番首都に近い町をまずは占領して、それからその勢いで首都にも攻め込む。物資だとかは占領した町だとかにもあるだろうから問題はないし、これなら各地から人が集まる前に決着をつけられる。――まあたしかに無茶なんだけど、こうでもしないと人員不足も補えないからね。ただもちろん、私が首都の方に牽制しといて、それから攻め込むことになるわ。私に注意が向いている間に、そっちが攻めるということね。先に断っておくと、いくら私でもあまりの数の差は覆せないからそちらは迅速に行動する事。万が一短時間で攻め落とせないと思った場合、もしくはなんらかのハプニングが起きてしまった場合は潔く撤退しておくこと。……ああ、別に合図だとかはいらないわよ。私はどちらにせよ自分の判断で撤退するから安心して。作戦決行が明朝だから、遅くとも次の日のそれぐらいまでには皆を見つけれると思うけど、詳しくは分からないわね。追っ手を撒かないといけないしね》
 というもの。衝突を嫌っていた『魔王』の、初めてのそれらしい指令だった。
 そしてその指令から3日後の夜、『魔王』軍はその町へと向かった。作戦の決行は明朝。イリザの“合図”から少し遅れての決行となる。だから、彼らは、夜の間は隠れて時を過ごすつもりだったのだ。そういう手はずだった。
 けれど、彼らはイリザの懸念していたハプニングというのに遭遇してしまったのだった。つまりは、先客。
 彼らが予定の位置へと着いた頃には既に、その町の上空に一つの巨大な影――『最古の古龍』グレイズヴェルドの姿があったのだった。夜の闇に映える、月の光に照らされるその姿は噂どおりの荘厳な姿で、彼らの目を惹き付けると同時に――次元の違いを否応無く思い知らせた。
 ――結果、彼らはやむなく撤退。どうしてこんな所に、こんな時に古龍がいるのかを疑問に思い、かつ恐怖を抱き、指示されていた通りに撤退したのだった。



「要は、首都にいる兵士たちを別のところに移動させればよいだけであろう」
「それができないから私は苦労しているのよ」
「ふははっ、別に我様たちが移動させようとする必要はないのだよ。つまり、それらの人間に自主的に移動させるような事態を起こせばよい。そしてそれは、『万魔の王』たる我様には造作もないことなのだよ」
「――なるほど、近くの町で騒動でも起こしてそっちに人員を割かせるということね。たしかに『万魔の王』たる貴方が近くの町で暴れているともなれば否応なしに反応するしかない……か。とてもじゃないけど貴方は一つの街の人員だけで相手が務まるような存在じゃないのは確かね。貴方にしては珍しくまともな意見じゃない」
「珍しく、は余計だ。……まあ、我様が暴れると決まったわけではないがな。というより、我様は貴様についていくつもりだからそっちで暴れるという役は受けることはできんな」
「別にいいわ、こっちについてこなくても。むしろついてこないでくれないかしら」
「我様はついていくもんっ。べ、別に我様は貴様が心配だとかそんなのではないんだから勘違いしないでよねっ」
「…………」
「……いやあの、マジ顔でドン引きされても困るのだが」
「…………ただ。その案でも一つ問題あるんじゃないかしら」
「ほぅ。この我様の緻密なる厳選された崇高な即興の即席の即座な適当な作戦たる戦略を無下に扱おうとは笑止千万、千客万来」
「客が来てどうすんのよ」
「……。で、問題とはなんなのだ」
「受け流せてないわよ。……そうね、単純な話よ。この戦いは知っての通り私だけの力で解決していいものではない。多くの人が協力した末に手にした勝利でないと意味がないわけよ。押し付けの平和じゃ、これまでとなんら変わりはないからね。でも貴方の計画だと“改革派”の人たちの出る幕が無いのよ。貴方が暴れている隙に私たち全員で首都を攻めるにしろ、貴方以外の誰かが暴れている隙にそうするにしろ、どうしてそんな人が協力しているのかっていう疑問がみんなの間で広がってしまう。貴方も分かっているでしょう、自分が『万魔の王』であるということは全員知らないことだと。みんなの間での貴方の認識は『いつもイリザにこき使われてる可哀想な友人役B』だってことも知ってるでしょう?」
「なぜBなんだ。Aはどこにいった、Aは」
「馬鹿ね、BがいるからってAがいる、なんてのは先入観以外の何物でもないことなのよ。言葉の順でAの次がB、それは確かに事実だけれど、別に言葉とか文字なんてのは記号であって世界の真実なんかじゃない。BさんがいるからってAさんがいるだなんて断言できる方程式は存在しない」
「そんなことはどうでもいいだろう!というよりもなぜこのような話になっている!」
「勝手に可愛く普通に勝手、それこそ私のチャームポイント♪」
「そこで開き直るか……。ふむ……貴様の仲間たちにも関わらせれば問題は無いのだな。ならば、別の手の打ちようもある。そうだな、そやつらにはその“暴れる”町に向かわせるというのはどうだ?時間制限などを設けておいて、それを満たせそうになければ撤退させるようにすればよいのだ。その辺りの詳細は貴様に一任させてもらうが、それならば“ハプニング”として扱う事が出来るから貴様が『神』の三人と勝手に話をつけたところで問題はないだろうからな。どうだ、我様の偉大なる計画。恐れ入れ」
「その尊大な態度はいらないにしても、その計画はなかなかの良案かもしれないわね……。うん、もう少し調整だとかして、それベースで計画でも立ててみようかしらね。ありがとう、ルート。助かったわ」
「――っ!べ、別に貴様などに感謝されたところで――」
「もういい加減にそのネタやめなさい。貴方は男でしょうが。目の毒ならぬ耳の毒だから即刻停止を求める」



「――ってなわけで、ついにやって来ました首都」
「どうして疲れたような口調なのだ」
「貴方がいるからよ」
 もうすぐ日が明ける。ルートによると、今頃『最古の古龍』が首都の近くの町で暴れている――牽制しているという。イリザとしてはなんでこんな馬鹿にそんな繋がりがあるのか甚だ疑問だったのだが、それは一応無視しておくとして。
 ルートにどこかに連れて行かれ、そこで会ったのはなんと『最古の古龍』。現存する古龍の中でも最も古くから生きていると呼ばれる、最強の古龍。そんな古龍に、なんと協力を要請しに行ったのだった。アポなしで。
 いや、協力の要請なんてものじゃなかった。むしろ、挑発といえた。実はこの『万魔の王』と『最古の古龍』、犬猿の仲だったのだ。『最古の古龍』が視界に映ったやいなや、いきなり攻撃してきたのだから。そしてそれにルートが乗ろうとするのだから余計ややこしくなった(イリザがルートを背後から回し蹴りで吹っ飛ばしてそれを止めた。それにあっけにとらわれている隙に、イリザが交渉した)。
 交渉の結果(これも交渉ではなく、ルートが首都の近くの町にいるからそこで決闘しようという挑発だった。日時と時間を指定してそこで決闘することとなった)、なんとか『最古の古龍』をあの町におびき寄せることに成功した。なぜそんな所で決闘などするのか『最古の古龍』は別に気にすることも無かったようで、イリザとしては一安心だった。ただ、近くに人間がいるので彼らを攻撃しないように、という約束はイリザから頼んだ。攻撃されても牽制だけしておいてくれ、ということだ。それも受諾してくれて、そして今に至る。
 ――だから『最古の古龍』は別に協力してくれている、というわけでもない。決闘相手のルートがここにいるのだから、『最古の古龍』に対してイリザは同情しているけれど。
「――この町の兵士たちもむこうの町に行ってくれただろうし、そろそろ行こうかしらね」
「そうだな」
 別に隠れはしない。正々堂々、正面から。イリザは『魔王』としての役割を果たすために。まずは――正門をブチ破った。