Neetel Inside 文芸新都
表紙

_Ghost_
走れ!

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ギィィィィィロリ、と。化け猫の重厚な目線が動いて止まる。おれをまっすぐに射抜いている。ロックオンされている。
「狙い打たれる!」
生命の危機を直接肌に感じた。冗談じゃない、こんなところで死んでたまるものか。俺にはまだやらなくちゃならないことがあるのだ!
俺にしては機敏に今後の方策を定めて決めて、これまた珍しいことに迷いもなく。

「当方、たった今大事な用事を思い出しましたっ!!!」
「は? おい、コラちょっと待てっ!!」

加納後輩の制止する声を背中に聞いた。心の中で直截に、スマンと答えて戦線離脱。
尻に帆を掛けて空を翔る。グッバイ後輩、君は生意気だったが、正直好きなタイプじゃなかったが、嫌いではなかった。





______________run away!________________





ガンガン逃げた。引かれる後ろ髪とかブッチブチにした。俺は風になった。俺が風だった。
「ハァハァハァ、こ、ここまで来れば安全圏だろうがよっ」
疲れるはずのない体で息切れし、流れるはずのない汗を拭って振り返る。背後には無人の空、眼下には生者の営み。
「は、ハッハッハッハッハ! 逃げた、逃げ切ったぞぉぉぉ!!!!」
誰もいない空の只中、孤独な勝鬨を上げて高笑い。修羅場を潜り抜けた直後だからなのか、”生”というものをこの上なく実感した。
俺は生きている。生きている限り明日はある。つまりウィナー。
でも俺は幽霊。もう死んでいるから死にようがない。もう死んでいるから生きようがない。つまり根本的に勝てていない。
「・・・・・・・・アレレ?」
なんか、矛盾した?
もう死んでいる癖に、死ぬのが怖くて逃げたとは、これ如何に。
いやまあ、だからつまり、肉体は滅びたかもだけれども、精神はこうして意識を保って存在しているわけだから、その消滅を恐れる心は死を恐れる心と同一でありまして?
「ありまして、ありまして・・・・」
でも俺は死んだんじゃん?
つまりこうして俺というなにやら不可思議な何者かは幽霊という形で現世に留まっちゃいるけれど、それは他者に何ら影響を与えることのできない、つまりいてもいなくても変わらない、決してこの世の者とは交わることのない別世界の異生物とほぼ同列。若干の例外として、特殊な能力を持った人間には認識されることもある。しかしそれだけ。誰か個人に俺という存在を認識させるだけ。それだけ。それって、人が頭のなかで遊ばせる妄想空想の類と何も変わらなくね?

たとえば、俺が子供の頃に愛玩していた某ライダー人形がある。

俺とあいつは相棒だった。二人で一人、一人で二人。互いの足りない部分を補い合って様々の難題をクリアしていったものだ。母親に隠されたスーファミを探索する為、魔窟・天井裏へを旅立った際には先見役を務めてくれる頼もしい奴だった。
近所の狂犬ベスが怖くて通学路を遠回りせざるを得なかった俺の背中を押してくれたのもヤツだった。
ヤツ主演の番組が終わり、周囲の子供たちが持つおもちゃがその次の番組と提携するものに刻々と変わっていく中、落ち込むやつの肩を小指で叩いて俺の相棒はお前だけだとつぶやいた夕焼けの縁側。二人で食べた西瓜の味、心霊番組を見た後は決まって二人で寝て、便所に行く際には最高のお守りだった、あの、アイツ。

他の誰にも認められることはなかった。でもヤツには確固たる人格があり、事あるごとに俺の思いもよらぬアドバイスをくれたものだが、そんなものは他人から見れば子供の一人遊びでしかない。俺の、俺の中でのみ生きるを得たあいつの立場は、今の俺の立場によく似ている。
おもちゃはもう卒業ね、と。子の成長を願う母の手に取り上げられた、塗装の剥げてボロボロの、燃えるゴミ袋に入れられた、俺の相棒。

ライダー・マグナの雄姿を、俺は忘れたか。





「・・・・・・いや、しかし、でも、そんな、ついさっき知り合ったばかりの、例え女の子だからって、なぁ?」
逡巡。迷い。恐怖。だれだって自分が一番だ。
自分大事。自分大切。自分最高。他人は、いつだって二の次だ。
だから俺はここで逃げてもいいと思う。そうして同時に、ダメだとも思うのだ。
どうしようか、どうするべきか。死にたくはない、そうさ、消えたくないんだ、まだやらないといけないことが、おれにはあるんだから。
でも、やらないといけないことは要は、未練の清算だ。死んだ身の望むことなど他にはない。
未練があるから死ねなくて、それをどうして死んでまで、未練を増やす?
「・・・・・・・・なんか、傾いてきたなぁ。やだなぁ、死にたくないぁ」
ああ、嫌だ。本当にいやだ、どうして俺があんな生意気な後輩なんかに。
そう思う心の裏側で、しかしどうしたって分りきった事実ひとつを俺は、ここ最近でちゃんと実感していただろう、と。
命は重い。とても重い。重量級だ。正直言ってあの化け猫クラスともなれば、きっと生者を害するに足る力を秘めているだろうと矮小なこの身は矮小故に気付いている。いまはどうした訳か遠回りな威嚇行為しかしていない様子だが、あの化け物がそれだけで済ます道理など無い。
つまり、重い命が一つ失われる可能性が目の前に転がっていたのだ。俺がライダー・マグナを一人格として遇していたのと同じくして、俺を認識していた彼女が、殺される可能性。
「・・・・・・・ド畜生だな、本当に」

あの日、近所の狂犬ベスを前にして尻ごみしていた俺に、ライダー・マグナが半ズボンのポッケから上半身だけ出した格好でこう言った。

『樹、あれは単なるド畜生だ。つまりお前が負ける道理はない』

本当、ド畜生。ド畜生だなぁ!

「あれは檻越しって保険があったから辛うじて乗り越えられたんだよぉぉぉ!!!!!!!」

空に吠えた。
もう、迷いはない。
今回は保険はない。それでも、迷いはない。そして、マグナは言った。



『走れ!』






















       

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