Neetel Inside 文芸新都
表紙

_Ghost_
邪悪な、笑顔

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友達になりませんか? 当方からの真心込めた誘いに対する返礼は苛烈極まるものだった。

追い出されたなう。

正確には塩(清めの塩とかそういうジャンルでないことは明白で、純然たる食塩であることに今更疑いの余地などない)を振り撒きつつの退去勧告がなされた訳で。それに触れてしまえばどういったメカニズムか体が溶けてしまう当方からすれば、一にも遁走二にも遁走を余儀なくされる始末。
つい先刻までの自分ならば彼女のその残虐なる仕打ちに、またぞろ憎しみの焔を燃やして見当違いの復讐計画なんぞを練ってしまった所なのだろうが。
残念、糞ったれスウィーティーな感情をこじらせてしまった己には無理な相談でございのござい。
男女の間柄に芽生える愛と憎は表裏を一体としておりまして。昨日の憎いあんちくしょうが今日の愛しい誰々さんへと変質するに、格別の根拠を要しない部分からもきっと芽はあるから、とりあえずアレだ。
この思い、キミに届け!







______________witch________________________








届けと願うに異論は差し挟まぬが、実際に届かせるには若干の障害が聳えている事実。さあてどう揉んでやろうかと、ここ最近の習慣で佐屋嬢を尾行しつつ思案に暮れる。時は登校時刻、佐屋嬢が健康的な色をした太ももをむき出しにして登校道を急ぐ。
「いやしかし、こうしてまじまじ眺めているとなんというか、ううむ。劣った感情、略して劣情がむらむらと立ち上って仕方がない」
性欲を変な切り口で否定して悦に浸るような高等遊民じゃない自分的にはまあ、せっかく人には見えない特権を意図せずして得てしまった立場上、まあたまには有効活用してみっかと架空のチャックを下してみる戯事。

「チャック、だぁ・・・・?」

ジジジ、という俺にしか聞こえぬ音を耳にして違和感。あれ、俺ってば全裸じゃなかったっけ? 改めて見下ろせばこの身なり、どうしたことか生前通っていた学校の制服を着用している。
「なして突然?」
突然の事態にたじろぐ。まったくの不可思議。しかし所詮は不可思議満載のこの身のこと、今更それらの一つや二つ、増えたところで痛くもかゆくもないかと思い直すことにした次第。
「さあ、レッツショォォォゥタイムッ!」
細かいことは気にせずに、目前にぶら下がった欲求の奴隷となって剛棒を扱こうとポージングを決める。
右手を恋人として両足は仁王立ち。左手は啖呵を切る歌舞伎役者よろしく雄々しくも端然と広げられ、背筋はまっつぐ憚り気後れなぞ皆無と撥ね退け傲然と。
パァリィの始まりだぜぃ!
「あ、ひとつ扱いては母の為ぃ、二つ扱いて父の為ぃ、三つ扱いては故里のぉ 兄弟我が身と回向えこうしてぇぇ」

ノリノリっての自慰行為、その遊び心も手伝ってか己の立ち位置を皮肉ってかの、賽の河原地蔵和讃。

昼は一人で遊べども 日も入相のその頃は

地獄の鬼が現れて やれ汝らは何をする

娑婆に残りし父母は 追善作善の勤めな

只明け暮れの嘆きには 惨や悲しや不憫やと

親の嘆きは汝らが 苦患を受くる種となる

我を恨むることなかれ 黒金棒をとりのべて

積みたる塔を押し崩す その時能化の地蔵尊

動ぎ出させ給いつつ 汝ら命短くて

冥途の旅に来たるなり 娑婆と冥途は程遠し

我を冥途の父母と 思うて明け暮れ頼めよと

幼きものを御衣もの 裳もすその内に掻かき入れて

憐れみ給うぞ有り難き 未だ歩まぬ嬰児を

錫杖の柄に取り付かせ 忍辱慈悲の御膚に

抱き抱えて撫で擦り 憐れみ給うぞ有り難き

南無阿弥陀仏



「・・・・・・・・・萎えた」

至極冷静に棒を仕舞う。
というか、俺は変態か。こんな天下の往来でいったい何を考えている。破廉恥にも程がある。人に見えないとか認識されないとか、ただのそれだけの根拠で礼節を無くしてしまうような破廉恥野郎は死ねばいい。もう死んでいるけど、それでも死ね。
「いやまったく見汚いというか何というかっ」
腹立ちまぎれに(自分に対するな)力強くチャックを引き上げた。

挟んだ。

「ぎゃああああああああああああAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!」
転げまわっての激痛。イチモツの若様を巻き込んでしまった模様。おのれYKK!!!
「なんで今更痛いんだっ! つい先日まで痛みとかなかったじゃんか! 話が違うっ! 責任者を呼べいっ!」
ごろごろころがりつつ遺憾の意を表明。誰も見えていないからこそできる、痛みを紛らわせる為のパフォ的な側面が強かった。
のだが。



「・・・・・・・・・・・」



「・・・・・・・・・・・」

視線が、あった。硬質で感情を感じさせない、目前に起こったことをそのまま跳ね返すだけの鏡のような視線があった。
その視線はまっすぐに、俺に向けられている。え、なにどういうこと?
これってつまり、もしかして。

さっきまでの一部始終を目撃されていたってことデスカ? え、ないない。ないってそんなん。そそ、そんなんある訳ないじゃんか、そんな。俺は俺のことが誰にも見えないという前提条件の上で、その、ちょっとあのなんか、ハシャいじゃったっていうだけで。アレだよ、人様の目とかあったらこんなんしないからね!?
い、いやいや。まあ待て落ち着け。たまさか偶然、俺を通り抜けた場所にあるなにかを、そう、野に咲く花とかを風流にも見つめちゃっているだけかもしんないし、少し落ち着け。そして位置をズラせ、それで判明する。おれの無罪が!

「ゴホン」

咳払いしをしつつ、場所を一メートルほど移動。お願い動かないで視線! なのにその、堅い眼は無言のまま俺を追尾する悪夢。
「あ、ああああああああ、ち、ちが、違うからっ!  あ、あが、こ、これには深い訳がっ」
必死で言い訳を開始しようと挙動不審感満載で口を開いたら視線は離れた。そのまま、何も語ることなくスタスタと歩み去る。
「・・・・・・ぐ、偶然か?」
なんなんだったんだ今の?
「・・・・・・いやいやいやいや! なにやってんのさ自分! 佐屋嬢以外にも僕を視認することのできる人間がいたかもしれないんだよ、千載一遇のチャンスかも知れないよっ!?」
急いで立ち上がり、居住まいを正して若干腰の引けた格好のまま視線の相手に追いすがる。

「あ、あのちょっと待ってください!」

停止する背中。マジかよ神様。ドキドキし始めた心臓を真上から押さえるように胸を抱えて、心臓なんてないことを思い出して赤面。
いやいや。そんなんじゃなく、だ。
まずは失礼にならない程度の時間で軽く相手の風体を確かめる。

しゃなりと伸びた背筋は涼しげで、どちらかといえば?躯と表現して差し支えのない体型なのに弱弱しさは感じられない。同じく細い腰から生える両足も、一見すれば針金と見まごう程の細さなのに、浮つくことなく踵までしっかりと大地を踏みしめて微動だにしない頼もしさがあった。
クルリ。肩甲骨程にまで伸ばした髪を揺らせて振り返る。その髪も、風にふわりと遊ぶような手弱かさなぞ知らぬとでも言いたげな硬質感。
毛先がハリネズミのように攻撃的でとんがった前髪から覗いた、その目。
お前は栄養失調かと疑いたくなるような細面に、とがった顎、肉の質感が感じられぬ堅い頬。どれもが脆弱の要件を満たしているのにも関わらず、独特の狐目には他者を問答無用で守勢に回らせる力があった。

癖のある美しさ。そんな女の子だった。

ついでに、あえて、追記するのであれば、おっぱいはないに等しい。

「・・・幽霊風情が、何か御用?」

「・・・・・・・・・・・・・」
言葉が、あった。主に他者との意思疎通に用いられる行為が、彼女と俺の間で成立した。それはつまり彼女がこの俺のことを、浪間に漂う木の葉よりも不安定で存在感の認められない、幽霊伊藤樹を、他者である、と認めたことによる。




__________________awareness_______________




「あのですね、そのですね。まず断っておきたいのは、先ほどまで私が行っていた行為は貴方の想像する下半身的な欲求を解消することを至上の目的とする下卑た行為とは別物である、という論理的な釈明・・・ああ、徒にボカしたような言い方をしているのには勿論理由はありますよ? それはしかし、決して、断じて、自分が後ろめたい行為を行っていた事に起因する自衛行為などではないのですということは、誤解のないようにして頂けるとありがたいですね。ああいや、勿論、僕は君を信じているけどネ。しかし信用し信頼し他者にすべてを仮託することは美しくも気高き反面、互いの認識というものを微少であるとしてもズレさせしまうものなのです。あいや! 君を責めているわけじゃないよ! これはホラ、人間が二人いたら必ず生じる普遍的な問題であって、自分の脳内で生起されるもろもろの、その全てを過不足なく伝達できる手段が皆無であることに根底的な欠陥を置く信用信頼なる眉唾ものの語彙の誤謬が全部悪いからそこは斟酌頂けると有難いとしまして、兎にも角にも僕が先ほどまで行っていたのは、この現世では孤独の存在でしか有り得ない自分からの脱却を図るため某原住民のシャーマンが異常心理状態に陥る事によって超自然的存在との交信を図るに至ったというムー的な記述を記憶の底から突如呼び覚ました末の、誰にも相手にしてもらえない悲しい幽霊の哀れなひとり遊び的な側面の非常に強い、見ようによっては同情を引く・・・・・・」

「なに、幽霊でもマス掻きとかすンの?」

当方の必死の言い訳は一笑に付され泥にまみれた。砂を噛んで耐える、この羞恥。
「ち、ちがいマス! っていうか女の子がマスもごもごとか、何考えてるんですか!」
顔を真っ赤に否定する。げらげら笑われた。うわー、リアルでげらげら笑う人とか初めてだよ俺。
「じゃ、じゃあまあそれでいいよ。なにお前面白いな。幽霊なんざ大抵、気鬱過ぎて話にならないかどっかトんでて話にならないかしか見たことねぇから、ある意味新鮮だわ。つか、それウチのガッコの制服? なにお前いつ死んだん?」
当初の、無言で無機質に通り過ぎて行った視線とはまったく違う印象の瞳の色で・・・それはキラキラと輝いていた・・・俺に向き直る彼女。
なんか悔しいのでもう少しばかり彼女の外見を収集すると、タイの色から下級生であることが知れた。
「つい先日死んだばかりの、君の”上級生”だから口の利き方に気をつけてやがれってくださいよ?」
やんわり注意してやる。奥ゆかしくも厳然と幅を利かせる年功序列の伝統、これは彼女の今後にも役立つからね。
「死人に年上も糞もあっかよヴァカ。ってかつい先日ってアレだろ、道歩いてたら突っ込んできた車に突撃された伊藤なんとか先輩っしょ? 真面目にウケるわ、どんだけ間抜けな死に方してんのさ(笑)」
「お前・・・呪うぞ・・・」
真剣に泣きたくなってきた。っていうか俺、全校生徒にそんな印象なのかよ、死んでも死に切れないって。
「でぇ? その幽霊先輩がなに道端でペニスむき出していそしんでたのさ?」
「ぺ、ペニスとか言っちゃダメですっ! いや、だからつまり、これは先ほども言いました通り、ある種の祈祷に通じる意味合いが非常に強くてですね、どうして幽体のこの身が祈祷かといいますとその、あーあー、だからアレです、そうそう! だから・・・」
「ああ、まあ、いいや。死人がなにしてようが興味とかねぇし? っつか見苦しく留まってないで昇天とかしちまえよ。多少面白かろうが何だろうが、割りかし目障りだしさ」
と、ここで。彼女の先ほどまでの瞳の輝きは消えて失せた。後にはなにも残らない。路傍の石に寄せるに等しき視線__つまり無関心の__だけを寄せてバッサリと。潔い、残酷な、無関心と無関係の提示。
彼女にとっては見知らぬ誰かが死んだ。それだけの話なのだから当然だと頷ければ、どんなに楽だろうか。
何を隠そう、死んだのはこのおれで。それを突き付けられるのは俺で。ならばこそ今この、思いもよらぬ現世との繋がりに一喜する己には痛烈にすぎる。

貴様はその程度の存在でしかないのだ、という、その。彼女の、俺の生き死にになど歯牙にもかけぬ姿勢に、打ちひしがれてしまう。

まあ、もちろん、そんなことは億尾にだって出してやらないんだけどね。負けるか、負けてやるものか、ド畜生。

「まあまあ、そう言わずに、ね? 幽霊な先輩とのスイテディなスクールライフとかって結構オツなものかも知れないっすよ? それにほら、君だって子供の頃少女漫画くらい読んだでしょ? その数多の物語のなかに、一つくらいは生者と死者の報われない恋愛譚くらいなかった? あったと思うなあ、陳腐な設定だし。でもその陳腐、実現するには難事に過ぎる。だってそうでしょ? 現実的にありえないっしょ? そんな都合良く、高校に入ったらイケメン幽霊な先輩と知り合いになんてなれるわけがない。でも、そんな、宝くじで一等とるよりも分の悪い勝負に君は勝った! 憧れのイケメン幽霊先輩と出会えた! はいそれじゃあ、クラスのいまどき少女たちと折り合いの悪い霊感美少女な君はどうしますか? そういう話をしたいのですが?」
「はあ・・・・あ、伊藤先輩はクスリとかヤってンすか?」
「失礼だな君。本当に失礼だな君」
驚くほどにクリーンな体だっつの。見てみなさいこの透き通った肢体! はいここ笑うとこね。
「あ、まあ、あの私、ガッコ遅れちゃうから」
そして何事もなかったように通り過ぎようとするKY後輩。



いやいや。



「そう。それじゃあ、一緒に登校しましょうか」
「は?」


彼女は分かっていないようだ。自分がターゲッティングされたという事実にネ。
「とりあえず道すがら、自己紹介合戦でもどうだい?」
キラリと笑う。自も他も認めるであろう、完全無欠の人の悪い顔で、ね。


「ふふふ。ちょっと君に、頼みたいことが、あるからさぁぁぁぁぁ」


ものっそ邪悪な笑顔が、自然と出てきましたとサ。





 





       

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Neetsha