Neetel Inside 文芸新都
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あの日の風
― 大人と子供の間の私 ―

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「大人と子供の間の私」



-☆-
 私は幼い頃、何処へ行くのも母と一緒だった。
 お買い物に行く時も一緒だったし、歯医者さんに行く時も一緒だった。
 私の幼い頃の記憶の中には、いつも母の姿があった。

 そんな母も数年前に病死してしまい今は父と二人、正確には殆ど(ほとんど)一人暮らしの様な生活を送っている。
 父は常に海外を飛び回るエンジニア系スーパーアドバイザー。だから金銭的に不自由はしていないけど、父の姿はあまり思い出せない。
 私の記憶は母の姿だけなのです。



-☆☆-
 大学受験を終え、希望の美術大学に合格した。
 父にも連絡したが
「好きなようにやりなさい」…と素っ気のない返事が返って来た。
 でも、いつもの事だから私は特に何も感じない。
 来月からは一人暮らしをするので、この思い出のある一軒家ともうすぐサヨナラ。母が居た台所を見て一人感傷に浸る。
「駄目、こんな事していたらいつまで経っても前に進めないわ」
 小声で一人つぶやくと部屋に戻り、引越しの準備を始める。
 古いアルバムや、小学生の頃の表彰状を眺め感傷に浸り、そしてまた自分を叱咤する。
 そんな事を繰り返すうちに外はもう真っ暗、時間は既に八時を過ぎていた。
「はぁ、こんな事ばっかりしてちゃあ一週間経っても終わんないよ」
 だらしなく本やアルバム、段ボール箱がひしめく部屋の中でごろりと横になる。
 一度目を閉じ
(お母さん、お母さん…)と三度呟き目を開く。
 瞳の中に映り込んだのは衣装ダンスの隙間。その中には額縁(がくぶち)の様な物が入り込んでいる。
「そう言えば…ここはまだ手をつけてなかったわ」
 白く細い腕に渾身(こんしん)の力を込め衣装ダンスを引っ張るが、非力な私の力ではビクともしない。
「もう!こうなったら!」
 私は階段裏においているクイックルワイパーを取り出し、その柄の部分を衣装ダンスの隙間に突っ込む。
「もう…一息…」
 額縁を吊るす紐がクイックルワイパーの柄に引っかかり、ようやくそれを取り出す事が出来た。
 それは埃が積もりに積もって、色が変色した幼い子供が描いた絵
 クレヨンで”これでもか!”と言わんばかりにド派手に描いた、私が幼い頃描いた絵であった。

 

-☆☆☆-
「あ…これ…」
 その絵には母が居た。周りに沢山の桜が咲いていた。
 川の向こうにはもっと沢山の桜が満開だった。
 それは忘れていた記憶の場所、私と母でお花見をした場所。十数年前のこの季節に私はその場所で絵を描いた。

 次の日、電車で一時間、バスで三十分、その先にある小さな山間の町に私は居た。
 外はまだ肌寒く、暖かそうなコートを着こなす人々が私の前を通り過ぎる。
「確かここだったはず」
 幼い頃の記憶を頼りに私は一人山道を登る。
 平日だからか、それとも田舎だからか、余り人通りは多い方では無い。
 川沿いには沢山の黄色い花が咲いていて、”春の香り”と言う物をお腹いっぱい吸い込んでみた。
 その空気は、体力の無い私に歩く活力を与えてくれる。
 
 一時間ほど歩いただろうか?途中に長い長い階段があって二度程小休止を行ったが、それでも私は歩いて行く。
 そして私は遂に桜の木々見つける事が出来た。



-☆☆☆☆-
 自然と私の足は速く動き、背負ったリュックが私の背中を何度も叩くがそんな事はどうでもよかった。
 進んだ先に川が見え、その先の満開の桜が私の瞳に飛び込んで来た。
 リュックからクレヨンで描かれた絵を取り出し、周りの風景と見比べる。
(少し違うな、川向こうは崖みたいな感じだし、こっち側も雰囲気が違うな)
 幼い頃の記憶が蘇ってくる。
 私は母と一緒にこの川辺を歩き…そして…
「あ!!」
 一本の桜の木が目に留まる。それはまだ成長しきっていない桜の木と、大きな大きな川辺の主と思わせる一本の桜の木だった。
 私は全て思い出した。幼い私は桜の苗木を此処に埋めて、もう一度大人になったら母とここでお花見をする約束をしていたのだった。
 リュックをほおり投げ、その小さな桜の元に走る。
 その桜はまだ大人と子供の中間と言う感じの若い桜だったけど、隣の大きな桜に負けない様に、薄ピンク色のかわいい花を私の瞳の中に映す。
 何か熱いものが私の頬をつたった時、少し強い風が吹き、辺り一面がピンク色に染まる。

「約束守ってくれてありがとう」
 どこからか声が聞こえた気がした。
 桜吹雪は川向こうへ飛んで行き、暖かな日差しと柔らかい春の匂いが辺り一面に広がる。
「私も、会えて嬉しかったよ」
 この声はどこまで届くのだろう…
 頬をつたったものは、もう乾いている。
 私は笑って、川の向こうに手を振った。 



-★★おわり★★-

       

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