Neetel Inside 文芸新都
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あの日の風
― 2009年夏の征服者 ―

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2009年夏の征服者


1:始まり

 俺達は福岡県の八女市のはずれ、お茶畑の中にある古風な家に集まっている。
 メンバーは全部で六人、全員インターネット上のコミュニティで出会った不登校者で構成されている。
 そんな俺達はコミュニティのリーダーであるミナミの発案で今年の七月一日から一緒に寝起きをする事になった。

 福岡県民で十七歳の不登校者のみのコミュニティ”コンキスタドレス”は今年の夏、一大プロジェクトを立ち上げた。
「2009年の夏を自分たちが征服する」
 そんな無茶苦茶な事を考えて、全員で八女に集まる事になったのはミナミのカリスマ性ゆえにだろう。
 で、何をする事になったかと言うと
「七夕の夜に大きな花火を自分たちで打ち上げてみよう」
 と言う事。征服するとか言う割にはロマンティックな発想だ。
 
 正直言えば、知らない人に会うのは怖いし外に出たくなかったのだが、なんだかんだ言って今の生活に満足感は無いし、青春をしてみたい淡い夢があったのも事実。
 俺のような不登校者が青春なんてありえないと思っていたし、ある意味一つのターニングポイントだと思ったから参加を表明した。



 参加初日、ミナミを含め合計6人のメンバーが集まる。
 ネット上ではバカなキャラクター、強気なキャラクターのみんなが、リアルで逢うと静かなものだ。
 だって全員何らかの理由で学校に行っていない社会不適合者なんだから。
 でもミナミだけは違った、みんなのまとめ役として元気に全員に声をかけていた。

 初日の夜、まだみんなガチガチに固まってあんまり話す人が少なかった。
 それを見てか、予定にあったのか、ミナミは
「ちょっと遠いけどホタルが見れる沢があるんだ。みんなで行かない?」
 彼女は微笑みながら俺に話しかける。
 彼女の長い髪が顔にかかるほどの至近距離、俺は照れながら
「いいね。行こう」
 と俺も笑って返すと、彼女の顔は嬉しさが溢れる程のいい笑顔を俺に見せてくれた。

 全員がミナミのお父さんのエルグランドに乗り込み揺られる事、おおよそ一時間。星野村と言う静かな山間の町に辿り着く。
「ここが、ホタルがたくさんいる沢よ」
 ミナミが笑いながら話しかけてくる。
 彼女のお父さんがヘッドライトを消す、俺達は車を降りると今まで見たこと無い不思議な風景が目の前に広がる。
 
 緑色の小さな光がたくさん空に浮いていた。
 その光は、ついたり消えたり、まるで一定のリズムがあるように光る。
 都会育ちの俺達はみんな初めてだった。
「六月が一番多いんだよ。もう時季外れだからだいぶ少なくなったみたい」
 また、彼女は俺のすぐ近くに来て話しかけた。
 彼女の吐息が届きそうな距離、十七年間生きてきた中で女子に接する事が絶望的な程無かった俺は体がカチカチに固まってしまう。
「でも、すごく奇麗だよ。見たこと無かったよホタルなんて」
 少し言葉が詰まりながらも、出来るだけ自分の顔が熱を帯びてしまった事を隠すように彼女に言葉を返した。
 蛍の光が彼女を照らす、ミナミの笑顔は嬉しさで溢れていた。

 帰りの道は、みんな一つの話題だけで盛り上がれた。すごい一体感が俺達を包む。
(ああ、多分俺達に足りていなかったのは、コレだったんだ)
 六人全員が、クラスの仲間達のように笑顔で満たされている。

 でも俺は気になる事が一つだけあった。
 助手席に座るミナミの方を見た時、チラリと見えた彼女のお父さんの顔
(泣いている…)
 気付いたのは俺だけだろう、でもいつものポーカーフェイスで誰にも悟られないように、みんなの話に加わった。 


 
2:友達

 次の日からは、全員”友達”になっていた。
 ネット上では元々友達だったけど、今になって本当の友達になれたと思う。
 彼女のお爺さんは花火師だったらしく、俺達は彼から花火作りの基礎から習っていった。
 お爺さんはとても厳しい人で、間違った作り方や、ふざけて遊びだすと大声で僕らを怒った。
「火薬はとても危険なんだ。本来ならば子供が遊びで作るものじゃない」
 彼はゴザの上に星と呼ばれる火薬玉を見せ、一つ一つ丁寧に説明をし始める
 花火の美しいあの色は、中に混ぜた鉄粉が熱で変色する為に出来るとは全く知らなかった。

 俺達は大玉を作る基礎を習った後、小さな手作りの火薬玉を作成した。
 これは本番当日の大玉の中に組み込まれる。
 当日は合計6発、全員分を夜空に打ち上げる。
 細かい役所への申請などに関しては、お爺さんが行ってくれているようだ。
 男女六人が、ひたむきに危険な火薬玉を作る。
 多分こんな事が親に知れたら大変な事になるんだろうな。
 だからこそ、お爺さんも真剣に教えているんだ。

 全員、それを理解出来たと思う。
 
 朝から昼までは花火作りと、その勉強。
 昼から夜までは自由時間。
 俺達は十七歳の夏を満喫しようと、どこへ行くにも一緒に行った。

 近くを流れる沢で小さなカニが居た時は、男子より女子の方が取るのが上手かった。
 釣りの道具を借りて沢で魚釣りをしようとなった時、初めて触るミミズに男ながら悲鳴を上げた俺
 そんな時はいつもミナミが助けてくれた。
 彼女は何でも出来たし、何でも知っていた。
 多分、彼女にとっては特別な事でも無く、みんな平等に接していたんだと思うけど…
 それでも俺は、彼女に恋をしてしまっていた。

 ネットで話していた時から好きだった事もあった。
 この合宿の話が出た時、ミナミが居るから参加を承諾した事もあった。
 でも今は、横にいる長い髪の少女への思いは揺ぎ無くなっている。

(この合宿が終わったら、彼女に話してみようかな…)
 一世一代の告白、正直怖い。
 彼女が既に好きな人がいたとしたら、多分立ち直れないだろうし、まず俺にそんな勇気があるとは思えない。
 
 それでも俺は、彼女の眩さに目が潤んでしまっていた。



3:ミナミ

 それは、突然だった。
 合宿五日目。
 朝からミナミの姿が見えなかった。
 お爺さんは、変りなく黙々と俺達に大玉の作り方を教えていた。
 でもみんな、何か雰囲気が違う事を感じていた。
 4発の大玉は出来上がった。
 それらには、”マコト”、”タケシ”、”シズカ”、”アスカ”と自分たちのHNを書き入れている。
 残り二発は、俺とミナミの分だ。
 自分たちが思い思いにデザインした花火を、みんなで協力して作っている。
 今は俺”サトル”の大玉作成を行っている。

 昼ごはんの後、みんなでいつもの沢に向かってみた。
 でも何時もより、何故か活気が無い。
 理由は分かっていた、ミナミがこの場にいない事だ。
「どうしちゃったんだろうなミナミ」
 いつも馬鹿な話ばかり言うタケシが珍しくしんみりと俺に言って来た。
「おじさん達も何も言ってくれないし心配だよ」
 俺も、不安が隠しきれない。
「心配いらないって。昨日まであんなに元気だったし。沢で水遊びしたから風邪引いただけよ」
 無口なアスカが俺たちを励まそうと声をかけるが、彼女自身心配そうだった。
 アスカは学校でいじめられて登校拒否をしている。
 彼女にとって同年代の友達は、ここにいる五人と、ミナミだけなのだ。
 そのミナミに異変があるようなのでアスカは特に心配をしている様に見える。

 俺達は、特に話す話題も見つからないし、ミナミが気になってしょうがなかったので三時には、ミナミの家に帰った。

 
 おばさんが冷えた麦茶を俺達に差し出す。
 どうみても目が潤んでいる。
 背筋が寒くなった。どれだけイイ方向に考えても直ぐに最悪の事態を連想してしまう。
 悪質なドッキリだと言うのならそうであってくれ。


 アスカは堪らなくなったみたいで、おばさんに問いかけた。
「ミナミに何かあったんですか?」
 
 まだ蝉の鳴き声は聞こえない。蛙でも鳴いてくれていたら、どんなに良かっただろうか。
 ただ静かなお茶畑に囲まれた家は、ひたすらに静かだった。
 ここが田舎である事を、この時ばかりは呪った。
 だって…良く聞こえてしまうじゃないか。
 聞き返す事も出来ないくらいハッキリと…



 ミナミの病名は、良く俺には分からなかった。
 ただ、余命半年を切っていたらしい。
 今朝方、誰にも知られずに、いい笑顔で冷たくなっていたとの事。

 おばさんは、しっかりしていた。
 一語一語力強く、俺達にすべてを伝えた。
 目からは涙が止められない、顔から落ちる滴が止め処無く続いている。
 
 俺も言葉なく泣いていた。
 タケシもマコトも泣いていた。
 アスカは地面にへたり込んだ。
 シズカは声を殺そうと必死に歯を食いしばって泣いていた。
 
 ただ静かな世界が真っ白になって、時間が止まって、彼女との記憶が細かく脳内で再生されて
 最後に彼女の匂いを思い出した。
 悲しいのは、彼女が死んだ事じゃない…もう話せないから、会えないからなのか?わからない…
 死を受け入れる事が出来る年齢のはずなのに…
 それは、分っていても受け入れられなかった。



4:花火

 その日の夜、お爺さんは僕らを呼び出し
「大玉の仕上げをするぞ」
 と言って来た。
 
 誰とも無く、文句も言わずに花火を作っている部屋へ全員が集まり大玉作りを開始した。
 黙々とみんな集中して花火を作っていく。
 ”サトル”と書いてある大玉は完成した。
 さぁ、最後の一つだ。

「ミナミから、お前らへ伝言を預かっている」
 お爺さんは小声でみんなに話しかけた。
 全員がお爺さんに注目する。
「”彦星と織姫の真ん中で花火を見るから、盛大に大きな花火を見せて欲しい”だとさ」
 お爺さんは作業をしながら俺らに彼女からのメッセージを伝えた。
 お爺さんの眼からも涙がこぼれ出した。

 俺達も涙が溢れてきたが、目線は次の大玉へ向いた。
 これから”ミナミ”と書かれる大玉を最高のものに仕上げてやる。
 みんなの気持ちは、ただそれだけだった。

 大玉は、二度作りなおされた。
 俺らの大玉では無かった事だ、しかし、全員その指示を不当とは思わない。
 ”彼女に最高の花火を見せてやる事”
 その事だけが俺らを動かす動力源で、他には何も要らなかった。
 
 七月七日の昼過ぎに完成した”ミナミ”
 全員不眠不休で作り上げた。
 お爺さんはそれを保管庫に大事にしまうと、俺達に今夜九時に筑後川河川敷で打ち上げると告げ、部屋を出て行った。



 夜八時、俺達はミナミのお父さんが運転するエルグランドに乗り込んで久留米の筑後川河川敷へ向かう。
 お爺さんは一足先に昔の仕事仲間と共に河川敷で打ち上げの準備をしているらしい。

 現場に着くと、告知無しの花火打ち上げの割には人が集まっていた。
 花火の点火までは危険すぎると言うので、それはお爺さんが行う事になった。
 俺達は土手の特等席に並んで立ち、花火が打ちあがるのを待った。

 ひゅるるるるぅ
 
 風を貫きながら空に打ちあがる花火
 ドォーーン
「今の”マコト”のじゃないか」
「そうだそうだ、俺のデザインした花火だよ」
「マコトが一番乗りね」
 花火は三分ぐらいの感覚でドンドン打ちあがった。

 五発目の”アスカ”の花火が打ちあがった後、お爺さんは俺達の元へ近寄って来た。
「昔から花火を打ち上げた時の掛け声は”たまや”と決まっている。次の花火は特に大声で言ってくれ」
 俺達は全員無言の承諾を彼に伝える。

 最後の花火は”ミナミ”
 
 ひゅるるるるるぅ
 その大玉は風を貫き誰の花火よりも遠く遠く、天の川まで届きそうなくらいに高く空へ飛んでいき。

 ドーーーン
 夜空に大きな華を作り出した。

「たぁまやぁーーー」
 俺達は力の限り空に叫んだ。
 彼女は天の川から見ているだろうか。
 君の花火は、どこの誰の、世界中の花火の中で一番輝いてるよ。

 彼女の花火は夜空で美しく散っていく。
 辺りから予想以上の拍手が生まれた。

(おめでとう。君の花火はしっかり今年の夏を征服出来たよ)


 静かに俺の頬を、熱い涙が濡らした。
 
 
 











       

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