Neetel Inside ニートノベル
表紙

月明かりの下で踊るのは誰
一章

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叫び声がする、血の匂いがする、何かが私に触れてくる。

私が触れると声はぴたりと聞こえなくなる。

ヒトリになってどれだけ経つだろう?すでにそんなことすら忘れてしまった。

私に残された時間は少ない。後戻りはできない。

私の使命はただ"彼の地"に向かい目的を果たすこと。

それまでは何にも屈することはできない。

- 一章 起こされた撃鉄 -

「おい、見ろよ。テェロンとの国境警備軍が一晩で壊滅だってよ。」

買い物袋を抱えたヴァンも街頭のテレビに目をとめる。
画面に映っていたのはまるで台風でも直撃したかのようにずたずたにされた砦だった。

(こりゃまたでっかい仕事が転がってくるかもな)

ヴァンは久々の大仕事到来の予感に少しばかりの憂鬱さを感じながらギルドに戻った。




 この世界には異形-イギョウ-と呼ばれるものが存在する。
一般的に妖と呼ばれるものや、神獣と呼ばれるもの
それらがいつからか各地に現れ瞬く間に増えていった。
中には人間に友好的な種族もいたが、大多数が攻撃的である。
そんな彼らをいつしか人々は恐れをこめて”異形”と呼んでいた。

異形が増えていき危害を及ぼすというなら、それを始末する人間が出てくるのは当然の流れだ。
彼らはハンターと呼ばれ、いつしかそれは100を超えるギルドを形成するほどの国家的組織になっていた。
最初は鋼鉄や青銅の武器で立ち向かっていた人間はあることに気付く。
異形には種族に関係なく意思があること。
そして
異形は自らが認めた相手には、自分の生命力の一部を武器として差し出すこと。

こうして人間は異形の力を得るとともに一部の種族とは友好関係が持たれた。

これは100ものギルドの一つ「トルゲニア」の2人が
世界の数奇な運命に巻き込まれていく、そんな物語。


「おい、鉄!帰ったぞ!」

返事はない。かまわずヴァンは言葉を続ける。

「お前が勝手に注文した魔珠はキャンセルしてきたからな。
 ただでさえお前の性格のせいで仕事がないんだ、お前はこのギルドを潰す気か?」

「誰の性格に問題があるだって?
 お前の蛆虫のような性格に比べたらどんな猟奇殺人犯でも天使に見えてくるというのに」

そう言って振りむいた男の名は鉄。
見惚れるような黒髪に、ふれれば壊れてしまいそうなガラスのような顔。
街を歩けば10人中10人の女が振り向くような美貌の持ち主であるが
実態は「一度戦闘を始めたら止まらない”殺戮機械-キラーマシン-」
の異名をとるほどの戦闘狂である。
加えて武器マニアでもあり、隠れて魔珠や武器を注文するもんだからたまったものではない。

「そんな素敵な性格をした人にぜひ会ってみたいもんだね!
 それより知ってるか?テェロンの国境警備団の話。」

「当たり前だ。一個師団を一晩で壊滅など並みの異形ではできまい。
 俺の戦闘者としての血がたぎるわ。」

「おいおい・・・この前みたいに協会に依頼されてもいない異形を勝手に倒して
 罰則なんてのは勘弁だからな・・・とりあえず協会に聞きに行くからさっさと用意しろ」

あいにく今日は協会までの近道が急な舗装工事で遠回りをしなければいけない。
ヴァンは帰ってくるころには買ってきたミートパイはもう冷めているだろうと
嘆きながらギルドを後にした。

     

ラズク皇国 協会

「ヴァンに鉄じゃないか!久しぶりだな!」

協会に入り受け付けを済ましていると大男が話しかけてきた。
男の名はグレイドル。
ギルド『グレイトグレイドル』のギルドマスターである。
巨人族とのハーフであり、戦闘の腕も相当とのうわさだ。
ギルド名に自分の名前をつけるのは自信の表れなのかそれともただの・・・

「どうした?また鉄が神獣にでも手出したか?」

「いや、今回はテェロンの件でな。この頃仕事がなくて干からびそうだったんで
 自ら仕事をもらおうと媚びにきたってわけだ」

「はっはっは、お前たちらしいな。俺もその件で来たんだが今回はお前らに譲るとしよう。
 これで貸し一つだな。」

「そんなことを言ってる間にお前のギルドがつぶれても責任は取らんからな。
 まあありがたくうけとっておくよ。」

ほかのハンターであればこんな簡単に貸しは作らないが
グレイドルとは古い仲なので幾分気が楽であった。
そんなことを話しながら奥へと進んでいると目的の人物がいた。
ラズク皇国で実質的に権力を握る男、枢機卿ゴルバスである。

「これはこれは、十三の狩人のみなさんじゃないですか。
 三人ともテェロンのことできたんですか?」

「ああ、だけど今回はヴァン達に譲ることにしたんですよ。
 宜しく頼みます。」

そういってグレイドルは早々と退散していった。
正直言って自分たちも早く退散したいところである。
それほどにこの男と話をするのは心をけずられるのである。

「さて、テェロンの件ですが協会では”長歳龍”の可能性が高いと踏んでいるんですが・・・」

「なんで”長歳龍”なんかが!?龍皇国とは友好条約が結ばれているはずだ!」

「そんなことを言ってもきているものはしょうがないでしょう。
 それより2人で大丈夫なんですか?いくら十三の狩人とはいえ。」

「それはっ・・・」

”長歳龍”とは文字の通り高齢の龍である。
高齢とは言っても普通の龍でも千年の寿命があると言われているので、
人間とははるかにレベルが違う。
一般的に異形は年齢が高ければ高いほど魔力も増大していくとされている。
ましてや神獣の上位種族である龍だ。秘めた魔力、そして破壊性は想像を絶するだろう。

だがしかしヴァンと鉄が戸惑っているのは恐れからではなかった。

(長歳龍だって・・・もしかしたら・・・)

「やはり色々おもうところがありますよねぇ。
 何て言ったって君達の師のかたきかもしれないんですから。」

こいつはこういうことを平気な顔して言えるから嫌いだ。

「・・っく、十年も前のことをよく覚えていますね。」

「もちろんですよ。私は国のために異形と戦って命を落としたハンターの名は全て記憶います。
 そのハンターを倒した異形、ハンターの装備など全てを国の役に立てるのが私の役目ですから。」

この男は何を見て、何を思いいきているのだろう?
今まで死んでいった狩人の数なんて数えきれない。それをすべて覚えている?
たった今この瞬間も何を考えているか読めないゴルバスにヴァンは恐怖すら感じていた。

「関係ない。とにかく今回の奴はおれたちの獲物だ。
 かたきだろうと関係ない俺はただ強い奴と戦えればそれでいい。」

協会に入ってからずっと黙っていた鉄が唐突に切り出した。

「そうですね。ならお任せしましたよ。くれぐれも無茶はしないように。
 我が国はこれ以上優秀なハンターを失うわけにはいきませんからね。」

そういうとゴルバスは静かに会長室へと戻っていった。
鉄の一言で我に返ったヴァンも落ち着きを取り戻し一旦ギルドに戻ることにした2人だった。

     

ギルドに戻った二人は早速出撃の準備を整えることにした。
宝珠一式と自らの異形武器、携帯食糧などを黙々と準備する二人。
二人の間には沈黙が保たれていた。

やがて準備を終えたヴァンが口を開いた。
「さて、用意するものはこれぐらいかな。
 鉄、分かってるとは思うけど今回は遊び半分でこなせる仕事じゃないからな。」

「そんなこと分かっている。
 貴様こそ過去に引きずられて俺の足を引っ張るなんてことはやめてくれよ?」

「・・・っく、鉄!!ふざけるなっ!」

10年前の事件のことで精神がすり減っていたヴァンは
いつもの軽口もスルーできず、鉄につかみかかっていた。

「貴様が近接戦闘で俺に勝てるとでも思っているのか?
 ここで決着でもつけるか、この場所で。」

そういう鉄の目にはいつものような触れたら切り裂かれそうな覇気は感じられなかった。
鉄もまた師を失った記憶に対してどう向き合えばいいのか分からず苦しんでいたのだ。

「・・・いや、すまん。頭に血が上りすぎていた・・・」

「ふん、わかればいいのだ。」

長年一緒に行動していた二人はお互いのことを理解していた。
だからこそ気難しく周りから煙たがられているような二人が
十三の狩人まで上り詰めることが出来たのかもしれない。

「俺たちはいつものように依頼を受け、いつものように異形を狩るだけだ。
 それが出来なければ俺たちはかられる側だということをゆめゆめ理解しておけ。」

鉄はそういうと自らの異形武器 -三日月宗近  ミカヅキノムネチカ -を腰に括ると荷物をギルドを出ようとした。
ヴァンもそれに続き荷物を持ってあとを追い、二人はテェロンへと向かったのだった。

     

ラズクから東に5kmほど向かった先にあるテェロン。
さらにそこから先には龍皇国があり、一応の友好条約が結ばれている。
しかし今回龍皇国との境のテェロンの森の砦が破壊されたということは
おそらく敵は"長歳龍"だろう。

「とりあえずテェロンの森に直行するか、街で荷物を置くかだが・・・」

「それは龍に殺されるか、俺に殺されるのどっちがいいかと聞いてるのか?」

戦闘狂の鉄がそんな悠長に待つはずもなかった。
分かりきっていたことだが一縷の望みをかけて行ってみただけなのだ。
ヴァンは苦笑いすると車をそのまま東へと走らせた。

-テェロンの森-
「さて、着いたわけだが・・・鉄。」

「言わないでも分かっている。貴様もその銀玉鉄砲の整備は今のうちにしておけ。」

テェロンの森にはすさまじい魔力があふれていた。
まだ足を踏み入れてもいない二人に感じ取れるほどの魔力。
二人はこれほどの魔力を持つ相手と戦ったことは一度しかない。
ヴァンは気を引き締めると、自分の異形武器 ‐ グエニール ‐の弾倉に魔弾をつめた。
ヴァンの異形武器はいわゆる、回転式拳銃、と呼ばれる形式で魔珠と同じような効力をもつ魔弾を
装填することで疑似魔法を発動することができる。
今回は対長歳龍ということで第五階より上の魔弾しか持ってきていない。
魔弾や魔珠にもレベルがあり高いレベルになるほど高い効力を発揮する。
だが高いレベルになるほど魔力を引き出され、無理に使用すると脳神経をやられる可能性もあるのだ。
それも承知でヴァンは第五階を4発、第六階と第七階を2発ずつ込めた。

二人が森の中心部あたりまで進んだ時、最初に異変に気付いたのはヴァンだった。

「おい、なにかおかしいと思わないか?」

「なにがだ?」

「砦が建設されるまで開発されたこの森にどうしてこんなに、”沼”があるんだ?」

森の中にはいたるところに沼があった。
沼というよりは地面が局地的にぬかるんでいるというのだろうか。

「やっぱりおかしい、これは重力系第三階の-曲空地 グメルブス-のあとじゃないのか?」

「そうだとしても誰が何の目的でところどころで魔法を使うというのだ。」

(それもそうか・・・考えすぎか)

少し気を抜こうと大きく息を吐いたヴァンは念のため知覚鏡をつけた。
知覚鏡を起動しておくことである程度の魔力の位置を察知できる、いわゆるレーダーのようなものだ。
二人はそれを頼りに魔力の発信源へと歩を進めていった。

     

二人はそうして徐々に気を張り詰めながら魔力の源へとたどり着いた。
しかしそこはなんらほかの場所とかわらない普通の森であった。

「なんでだ・・・、知覚鏡では確かにここを指しているはずなのに・・・」

「ヴァン、空中にいるという可能性はないのか?」

「いや長歳龍ともなれば空を飛ぶだけで相当の魔力を使うはずだ、わざわざそんなことしないだろう
 それにもしそうならすぐに気付くはずだ。」

考えても始まらない、とヴァンは広範囲の魔法を一回使って相手をあぶりだそうとした。
ヴァンが得意とするのは科学系魔法、鉄の得意とする自然系魔法よりは
こういう仕事に向いている。
ヴァンが遠くの木に狙いを定めたその時、何かに気付いて叫んだ。

「鉄っ!! 下だ!! 地層ごと引き上げろ!!」

鉄はとっさに自然系第一階 ‐怪腕 ハルグー - を使い宗近を地面に突き刺した。

「うおおおおおおおぉぉぉおおっ!!」

普通はそんなことをしても崩れてしまうだけの土が鉄によって
まるで皮のようにはがされ消えていく。

「やっぱり-曲空地-を使ってやがった!!」

自らを隠す巨大な地層をはがされ地表へと出てきたのは砂色の巨大な龍だった。
二人が森の中で見かけたぬかるみは沼でもなく、ただこの龍が使った第三階の魔法による余波だったのだ。
ヴァンは協会への道が急な舗装工事になったのを思い出した。

(まさか・・・あんなとこまで影響が出るほどの魔力だっていうのか!!)

「よくぞ、我に気付いたな、ヒトの子よ。我に気付いたのはお主らが初めてだ。」

まるで年老いた男性が子供をあやすような口調で話し始めた龍。
体長はゆうにヴァン達の十倍は軽く超え、
太い尻尾に、強靭な爪と牙をもつそれはまぎれもなく"長歳龍"だった。

「悪いが悠長に話している暇はない。こちらも貴様が龍皇国の龍であろうと
 国境をおかした以上はぐれ竜として狩らせてもらう。」

鉄がそういい捨て、切りかかっていく。
先ほどの-怪腕-の効果が続いている以上いくら龍でも無傷では済まないだろう。
ヴァンも急いで化学系第五階- 轟・爆粉陣 ゴエティルス-を紡ぐ。

月をも引き割くとされる宗近が鉄の剛力を持って振り下ろされる。
しかしそれは突如現れた黒い壁に阻まれた。
おそらく重力系第五階-隕四炭壁 アッサ・ウォー - であるのだが
それを予備動作無しで紡ぐことは人間にはとうてい無理である。

「ヒトの子よ、そう焦るな。取引をしようではないか。」

「取引だと?貴様ら異形と取引するものなど何もない!」

そう言って飛びかかろうとする鉄をヴァンが制止する。

「いいだろう、話だけでも聞こうじゃないか。」

       

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