Neetel Inside ニートノベル
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六打数ノーヒット
わたしたちの甲子園

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 四限目終了五分前。次第にザワザワと騒がしくなってきて、ワクワクと緊張感との混じり合う不思議な空間となる。
「おい、俺のグローブ頼むわ。あと誰かバット持ってきて」
「任せろ。それより誰か運動靴貸してくれよ」
 そんな会話が聞こえてくると、ただ聞いていただけの私も非常に楽しい気分になってきたものだ。
 さあ、いよいよチャイムが鳴り響く。するとその瞬間、教科担任の号令を待たずしてまるで風のように消える者がいる。そう、彼はソフトボール用のグラウンドの確保に向かったのだ。真夏の一大イベント「球技大会」。甲子園より熱い闘いのシーズンが幕を開けたのである。
 他の高校ではどうか知らないが、私が通っていたところでの花形球技はなんといっても男子のソフトボールであった。雪解けと同時、いや、まだ微かに雪の残る時期から早くもクラス毎の練習試合が始まり、まだ五ヶ月も六ヶ月も先の聖戦に向けて各クラスのボルテージが上がってくる。昼休みの練習試合にすら観客が存在し、その中には黄色い声援も混じっているのだから盛り上がり方は尋常ではない。バスケット、サッカー、バレーとソフトボールの他にももちろん種目はあるのだが、男子がソフトボールで優勝することはクラスの総合優勝よりも価値があったのである。
 たとえば、シーズンが始まり練習試合を繰り返していると自然に強いクラス、弱いクラスの線引きがなされるようになる。男子ソフトの強いクラスは周囲から一目置かれ、万が一優勝候補なんて呼ばれるようになると、もはやそのクラスに所属しているだけでステイタスとなる。丸眼鏡におさげ、膝下10cmはあるだろうかスカートを履いていても、「私、七組だよ」と言えば周囲は「おおーっ」となり生意気な口は利けなくなるのだ。逆に、予選敗退確実だなんて言われているクラスの生徒は肩身が狭い。「今回のテストで学年四位? へー。でも君、五組なんでしょ?」とまるで犯罪者のような扱いをされるのである。
 また、たとえクラスが総合優勝できようが、男子ソフトが予選敗退していた事がバレると「なんだ、ニセモノ優勝か」などと訳の分からぬ批判を受けるハメにもなる。そんな状況だから、高校三年の夏、私のクラスも早くからソフトボールに対しての熱は凄まじかった。
 さて、ここで冒頭のシーンに戻るのである。
 シーズンに入るとグラウンドの争奪戦は正に熾烈を極め、男子は常に策を練っていた。グラウンドでソフトの練習試合を行える場所は主に三ヶ所あり、普段ソフトボール部が試合等で使っている場所が当然ながら一番人気。ベースやバックネット、マウンド完備で広さも的確。本番さながらの臨場感で練習試合を行える。その第一試合場の使用権は常に早い者勝ちで、順番で使えるようにしようだなんて甘ちょろい考えは男子諸君には無かった。そのくせ、ある日ソフトの弱いクラスが見事第一試合場を勝ち取ったりすると、「ちぇっ、五組のクセに」となるのだから五組の皆さんはたまったもんじゃない。
 しかし、二番人気以下の試合場となると急速にクオリティが落ちるのだからそれほど必死になるのも分からないじゃない。二番人気の試合場は第一試合場の隣にあり、ホームベースの位置にタイヤが一つ置いてあるだけという劣悪な環境である。地面はボコボコしてるわ狭いわ、二塁ベースあたりの位置には第一試合場のセンターが立っている。当然邪魔くさいことこの上ないが、そこは第一試合場を取れなかった自分達が悪い。文句など言える立場ではないのである。
 三番人気の試合場となると、それはもはや試合場ではない。ピッチャーとキャッチャーの間に陸上部のトラックが走っており、陸上部からは「トラックは踏むな」と釘を刺されていたようで、非常にやりにくそうにしていた。その上雑草だらけで土はボコボコ。ひどいものである。
 それでも、その第三試合場すら確保できなかったようなノロマのクラスは、もう適当な場所でフリーダムに練習試合を組む。ホームベースの位置もハッキリしないまま、平衡感覚もグチャグチャに打ったり投げたり。そうなると私達の観戦する気もすっかり失せ、さっさと教室に帰ったものである。
 そうならないために、各クラスに必ず一人「場所取りエース」なる人物がいた。授業終了のチャイムと同時に教室から消え、第一試合場まで全力疾走。時には上靴のまま外に飛び出して、後から仲間に運動靴を届けてもらう。そういったグラウンド争奪戦の様子を見るのが私は大好きで、いつも胸を躍らせていたものである。
 私のクラスの場所取りは、いつも佐々山という男が担当していた。彼は他クラスからも注目されている天才場所取り男であり、佐々山擁する我がクラスはグラウンド争奪戦において常に優位に立っていた。ある程度の走力を持っていたのは言わずもがな、その執念は他クラスを震え上がらせた。
 彼を天才たらしめた所以に「ブラインド佐々山」という究極奥義があり、なにやら今日はその必殺技が見られそうだという噂を聞くと、私は朝から非常に興奮したものである。
 なにしろ四限目の終わり頃にお腹が痛いと教室を抜けだし、チャイムと同時に一階のトイレから一目散に走り出すのだ。頭のマトモな生徒相手なら負けるはずがない。これにより私のクラスはかなり高い頻度で第一試合場を勝ち取り、観戦する身としても随分と良い思いをさせていただいた。
 さて、実際に我がクラスの戦いの軌跡を記していくのは次回に回させていただくとして、今回は場所取りエース佐々山の功績を褒めたたえてあげて欲しい。
 次回になっていきなりショックを与えないようにこれだけはあらかじめ言わせていただくが、なにしろ場所取りエース佐々山、試合中はベンチを温めていたのである。(了)

       

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