Neetel Inside ニートノベル
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六打数ノーヒット
帰りの会はリングの上で

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 小学生の「帰りの会」とは、それはもう熱い議論の場であった。誰それがイタズラしただの、やれあの子に悪口言われただの。議論と言えば格好もつくが、恐らくは単に「チクる」という行為が大好きだったのだろう。
 大抵、その議論の中心は悪ガキである。中学生時点でもあれ程の短気っぷりを発揮していた堀木(第一項参照)が、小学生の頃はもっと酷い有様であったなどとはわざわざ言うまい。(ちなみに、堀木は高校に入ってもしょっちゅう下らない事で喧嘩を繰り返していたらしい。私は高校から堀木とは別々になってしまったので詳しいところは知らされていないが、「怪盗ロワイヤル」というモバゲーのゲームを巡りクラスメイトと大喧嘩を展開したとか。なんか、レアな宝を取られたとかなんとか)
 とにかく、当時の我々は欧米のパパラッチさながらに一日中目を光らせ、何かネタはないかと熱を上げていたものである。例えば、前述した通り人の悪口を言うなんてのは御法度。そんな事をすれば間違いなく放課後には「谷原くんが山井くんの悪口言ってましたー」と吊し上げられるのである。お察しの通り、この役目を担うのは女子である。
 いやあ、本当に当時の男子は胸くその悪い思いをしたであろう。何をするにも監視の目が光り、おちおちチャンバラごっこも出来やしない。
 例えば、私達のクラスでは「外でゲームボーイで遊んではいけない」という訳の分からない規則があった。何だろう。「ゲームボーイやりたいなら家で遊んでろ!」という風潮があったのだろうか。そのルール制定までの詳しい経緯は記憶に無いが、とにかくそういう決まりがあったのだ。
 怖いものである。公園でゲームボーイやってただけで帰りの会で名指しで怒られ、なんか犯罪者みたいな目で見られるのである。公園でゲームボーイやってただけで。とは言え、もちろんこれは私が大人になった今だからこそ言えることで、当時は私も公園でゲームボーイをやっている男子がいれば胸を躍らせたものである。
 だが当然、男子だってそんな事をされて黙っていられるほど大人じゃない。彼らも彼らで女子の悪事を探そうと躍起になっていた。女子は男子ほど頻繁にスキャンダルがある訳ではなかったから、尚更、何かあった時の男子のテンションの上がり方は異様であった。
「今日、岸村ちゃんがひそひそ話してました」
 別に良いだろ。それぐらい。
 が、それはお互い様なのである。とにかく何か理由を付けて敵を悪者にできれば良い。よって、同性の生徒の非行を告発するという光景はほとんど見られず、ほとんど男子vs女子の戦争であった。
 ちなみに、毎日の帰りの会で挙がる案件の数は平均して二件~五件ぐらいだっただろうか? もちろん、たまには一件も問題のない日もある。と言うより、やはりそれ自体が喧嘩みたいなものなんだから、男女間の仲が良い日はあまりそういう罵り合いもなかった。が、逆に教室全体がピリピリしている日の帰りの会は凄い。凄まじい。
「先生! 谷原くんが岸村ちゃんの悪口言ってました」
 とりあえず、一つ意見が出るごとに皆で話し合い。そこで仲直りできれば吉だが、その後も戦争はまだまだ続く。
「でも、岸村ちゃんも今日ひそひそ話してました。そういうのは良くないと思います」
「男子は掃除をあまり頑張っていませんでした」
 何やら雲行きが怪しくなってくる。ヒートアップしてしまうといちいち間に話し合いを挟まないようになり、とにかく相手の悪事だけをバラバラと並べ立てるだけになる。
「体育館に行くとき、女子がちゃんと並んでいませんでした」(それはお前らもだろ)
「男子が友達を叩いていました。叩かれた方は悲しいと思います」
「岸村ちゃんがひそひそ話をしていました」
「山井くんが仲間外れにされていました」
「あ……えっと、女子が給食食べるのが遅かったです」
「昨日のことなんですけど、谷原くんが本を投げてました」
「あ……いや、岸村ちゃんが、ひそひそ話してました」
「授業中、男子がうるさかったです」
「女子の方がうるさかったです!」
 もはやノーガード戦法。お互い取っ組みあっての殴り合いである。
 しかし、やっぱり男子はこういう事にはあまり向いていないのだ(今になって思えば、こんな事になど長けていない方が良いのだが)。終盤にはもう何が何やら分からなくなっていて、泣き出している者も何人かいる。こうして女子はしたり顔になるが、影で「バカブス野郎」というあだ名をつけられているのは、やはり言うまでもないことだろう。
 ところで、私達の中学校には三つの小学校の生徒が進学していたのだが。おおよそ、同じ小学校出身の男女が付き合っただのなんだのという話はあまり聞かなかったものだ。その理由はきっと、いや間違いなく、この小学生時代の憎き思い出だと私は思う。
 だから、もしこの文章を読んでいるあなたが同じ小学校出身の異性に振られたのなら、その理由はあなたが帰りの会でハシャギすぎたからなのである。(了)

       

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