Neetel Inside ニートノベル
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六打数ノーヒット
真冬の抗争

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 さあ、後は最後のSHRをこなすだけ。そこにあるのは不思議な緊張感で、皆あらかじめコートを着込んだり、しきりに時計を確認したりしている。
「はい、それじゃ終わりー」
 担任がそう言って日直に号令を促すと、もう教室内はデッドヒートだ。「オイ日直ー! 早く早く!」という男子の声がどこからともなく飛んできて、結局は号令を待たずして教室を飛び出してしまう者もいる。
「先生ー! 掃除当番の山根君がいません!!」
 毎日一人はこういう奴もいるもんだ。しかし誰にも山根君は責められない。何故なら、早くしないとバスの座席を確保できないのだ。我々北海道のイモ臭い高校生達にとって、放課後の一分一秒は死活問題であった。放課後の楽しいお喋りや消しゴム野球を諦めてでも、絶対バスでは座りたい。それが生徒達の共通意識であった。
 真冬のバス通学の過酷さは異常である。あのはちきれんばかりに膨れ上がった満員バスの中で、優雅に座っていられるのと立っているのとではまさに雲泥の差。その為に私達はあらゆる工夫や試行錯誤を凝らしたものだ。例えば、男子であればスニーカーの靴紐をあらかじめ緩めておくなどは一般常識。一秒を争う事態で、逐一靴紐をゴチャゴチャやっている時間は無いのだ。下駄箱のところでいつまでもぐちぐち靴紐をいじっていて、友達に置き去りにされる男子の姿は真冬の風物詩であった。
 私の通っていたところでは校門からバス停まで少し距離があり、それもまた座席争奪戦に一つのドラマを加える要素として一役買っていた。「あーん、走れないよー!」なんてふざけた事をほざくような女はまず生き残れない。この場に限っては男も女も無く、恥も外聞も捨て全力疾走できる者のみが後の幸福を噛み締める事ができるのだ。……が、しかしだ。そうは言っても、仮にも華の女子高生。不細工に鼻の穴を広げドタドタと全力疾走なんてしようものなら、百年の恋も一瞬で冷められかねない。その為か、基本的に校舎を出る時間そのものは女子の方が早かった。外でスパートをかけられる男子と違い、女子はある程度のリードを作る必要があったのだ。そのリードを極力保ちつつレースを進める為、顔面にダメージが出ない範囲での駆け足などは厭わない。当然、周りに人がいないと見るや、この世で最も不細工な生き物へと変貌するのは言うまでもないことである。
 さあ、停留所に早く着けば良いというものでもない。ある程度理想的な順位でバス待ちの列に並ぶことができたら、後はその順番を死守せねばならない。男子勢力は平然と順番を割り込んでくるような軍団なので、常に目を光らせていなければならないのだ。もっとも、いくら警戒していようが割り込んでくる男子に対し「ちょっと! 順番守りなさいよ男子!!」なんて言えるような女子は非常に奇異な人間であると言わざるを得ない。そんな奴は、次の日から「クソブス眼鏡野郎」というあだ名をつけられること請け合いなのである(眼鏡をかけているか否かは問われない)。
 これに対し、当然女子勢力も黙ってはいない。我々はより姑息な手段で抜け道を潜り抜けてきたものだ。主に女子が用いる必殺技として、「あれー? バス何分だっけ?」なんてちょっと大きめの声を出しながら停留所の時刻表を確認するフリをして、そのままその位置(バス待ち最前列)に居座ってしまうというものがある。まさに悪魔に魂を売るかのごとくこの荒業で、私も随分楽をしてきた記憶がある。今になって思えば、堂々と割り込んでいた男子諸君の方がよっぽど清々しくて気持ちが良いではないか。
 他には一般的に「ズラシ」と呼ばれる手法などがあり(私が勝手に呼んでいるだけだが)、本来一列であるバス待ちを勝手に二列にしてしまい、自分が新たな二列目の最前列に並んでしまうというものだ。これは非常に有効で、男女問わず広く親しまれた戦術であった。
 無論、あくまでもこれらは我々生徒の他に一般客がいないからこそ皆面白半分にやっていたことで(その停留所はその高校の生徒以外にほとんど利用者がいなかった)、普通の停留所でこれをやるのはオススメしないし流石の私にもその度胸は無い。
 とにかくも、そうして順番を確保した者は柔らかいイスに座ってハッピーエンド、かと思いきやそうではない。実は二つ先の停留所は整形外科の患者が多く利用する為、お年寄りやこれ見よがしな怪我人が次々とバスへと乗り込んでくる。せっかく座席を確保できた者にとって、乗り込んでくるお年寄りの存在はさしずめ呪術使いの老婆といったところであった。こうなると、ここから先は力技の一切通用しない至高の心理戦が楽しめる。いわば座席争奪戦の第二回戦だ。
 しかしながら、残念なことにそういったお年寄りや怪我人に席を譲らないという選択肢は私達には無かった。それは道徳心が強いと言うより、そういう人を目にしながら席を譲らないという態度に出られるほどの度胸を誰も持ち合わせていなかったのである。普段悪ぶってるような男子までもがいざとなれば席を譲ってしまう姿には、田舎高校の限界を見たものである。
 こうして、苦労の末に獲得した座席もその内のいくつかを一般客に強奪され、我々の戦いは幕を閉じる。しかし安息などはない。明日になればまた、熱き戦いの火蓋が切って落とされるのだ。
 今や私には縁のない話ではあるが、たまにバスの車内で座席に恵まれぬ高校生を見ると、自身の熱く燃えた高校生活が懐かしく蘇ってくるのである。(了)

       

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