Neetel Inside ニートノベル
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ニートの生活
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 新年明けましておめでとう! 一月一日の午前十二時、テレビでは一斉にテレビタレントが祝いの言葉を叫んでいた。
 何がめでたいんだバカやろう、と口の中で呟いて俺はパソコンに視線を戻した。案の定、掲示板はお祝いレスで鯖が重くなっている。
 チッと舌打ちをして、煙草を一本取り出して火を点けた。煙を天井に吐きながら、俺は物憂い気分になった。これでニート生活が三年目になったからだ。
 とはいえ、これまでに求職活動は数えるほどしかしていない。年末に貯金が底をつき、慌てて探した短期バイトも全て断られた。当然と言えば当然だろう。
 俺が面接官でも俺みたいな人間は不採用にしている。底辺高校卒で空白期間が約二年――それにブサメン――の男を誰が雇いたいだろうか? しかも今月の一七日で二十五の誕生日を迎えてしまう。
 昔は女の価値は二十五まで、それを過ぎたら売れ残ったクリスマスケーキと一緒と言ったものだが、今は男が人生をやり直せるのも二十五までなのだ。
 そもそもの問題は新卒至上主義の社会だと思う。一度ドロップアウトした人間は、再び這い上がる事が出来なくなる社会構造は狂っている。
既卒の何が悪いんだ? 既卒だって能力があればどんどん採用するべきだ! とシュプレヒコールをしながらデモ行進でもしたいところだけれど、よく考えたら俺にはその能力すらないのだった。
だから、俺は今もパソコンの前で煙草を喫ってニート何かやっているのだ。煙草を灰皿に押しつけ、
「イライラすんな……」
 と、いつもの口癖を呟き、俺は部屋の壁を殴った。ストレス解消にはこれが一番だ。
 少し気分が落ち着いたところで台所に向かった。何だか小腹が空いてきてしまったのだ。冷蔵庫の中を漁っていると、寝室から母親が出てきた。しらーっとした冷たい目をして、
「なにしてるのよ」
 と言ってきた。そろそろと俺の前まで歩いてくる。俺は小さい声で応えた。一日誰とも話さないから、声が出なくなるのだ。
「ああ……。いや、何かお腹が空いたから……」
「あんた今日はもうゴハン食べたでしょ。ごく潰しのくせに」
 汚らわしそうに言って、母親は冷蔵庫の扉を閉めた。そして中身を守るかのように冷蔵庫の前に立ち腕を組む。
「さっさと寝たら? 生活習慣が乱れてるから、仕事ができないんでしょ」
「……」
 返す言葉がなかった。二十四にもなって親のスネを齧っている人間に、何も言えるわけがない。俺は空腹を抱えたまま自室に帰っていった。
 カチカチッ、とマウスをクリックして掲示板に書き込みを試みる。だが、やはり掲示板からはエラーが返ってきた。まだ年越し直後で鯖が重いようだ。
 溜息をつき、目元を親指と人差し指で軽く揉む。すると表から打ち上げ花火の音が聞こえてきた。誰かが近所の公園で花火をやっているらしい。
 この辺にはDQNが多い。恐らくはいつも夜中に騒いでるアホだろう。死ねばいいのに、と独り言を呟く。
 俺はああいったアホどもが、この世で一番嫌いなのだ。俺は社会貢献度ゼロで、生産性のないクズ人間だが、あいつらよりは人間としてマシだと思っている。
「もう寝よ……」
 何だか鬱になってしまった。普段なら掲示板に「おやすにー」と書き込むところなのだが、鯖が重いのでそれも出来ない。
 俺はパソコンの電源を落とし、電気を消して布団に入った。ヒンヤリとした布団が冷たい。こんな時、一緒に寝てくれる彼女が居ればなあ、といつも妄想する。
 何を隠そう、俺は童貞なのだ。まあ、ブサメンの大半は童貞、あるいは素人童貞だろうが。このままでは三十まで余裕で童貞である。三十まで童貞だと、男は魔法使いになれるという都市伝説がまことしやかに囁かれているが、俺が魔法使いになる日も近いだろう。
 と、くだらない事を考えているうちに、俺の意識は遠のいていった。

 次の日――いや、正確には一月一日の昼過ぎか。俺はガキの騒ぎ声で目を覚ました。
 どうやら三歳の姪っ子が来ているらしい。当然の事だが、ガキの親――要するに俺の姉とその旦那も来ている。自分の家に居ればいいのに、何で実家に帰ってくるんだよ。
 イライラするぜ。俺は起き上がり、布団を畳んでパソコンの電源を点けた。トイレに行きたいところなのだが、姉夫婦と会うのは気まずい。俺がニートなのを知っているからだ。
 顔を合わせると、何を言われるか分かったものではない。もう少し後で行くとしよう。最悪ペットボトルという手段もある。
 立ち上がったパソコンの前に座り、俺は掲示板の専用ブラウザを開いた。巡回スレの新着レスをチェックする。
 俺がチェックしている板は大まかに三つだ。エロ系、ニュース系、そして定住スレのある板である。暇な時にはニュースをチェックし、夜中にはエロ画像を収集するのが俺の日課だ。
「特にめぼしいニュースはないな……。画像は――っと、おお! ナイスな太股が貼られてる。保存保存」
 全てのスレをチェックし終わり、俺は煙草を取り出した。百円ライターで火を点ける。そして満足気に喫って煙を吐いた。良い画像を保存した後の一服は至福のひと時である。
 だが、そんな幸せな気分も長くは続かない。家族団らんの賑やかな声が聞こえてきたからだ。ニートの俺を除いた家族団らん。すこぶる気分が悪くなってきた。
 その家族の集まりに入る資格を失ったのは自分のせいだ。それは分かっている。真っ当に働いている時は、普通に家族の会話が出来ていた。それが今では……。
「クソ、イライラすんな……」
 またいつもの言葉を呟き、俺は軽く壁を殴った。少し気分が落ち着いた。
 俺は気を取り直し、定住スレに「おはにー」と挨拶を書き込んだ。数分で「おはにー」と挨拶が返ってくる。レスの相手は俺と同じニートだ。
 いわゆる世間一般で言う、社会のゴミ、負け組み、ワープアが集まるスレなのだ。俺に負けず劣らず、最底辺の人間が生息している。だから、俺も気兼ねなく書き込める。
 正直に告白すると、このスレは俺にとっての精神安定剤なのだ。自分よりも下がいる。そう思うと安心するのである。
自己欺瞞だとは分かっている。他人がどうだろうと、自分の状況は何も改善されるわけがない。それは分かっているんだ。だが、自分より下を見て精神の平穏を保つ。それが人間なのである。上を見たらキリがない。だから、下を見ようというわけだ。
俺はスレの更新ボタンを押した。
「新着は無しっか……」
 いつもの事だ。このスレは休日に書き込みが激減するのである。ニート・無職スレなのにおかしな話だ。俺は密かに学生、フリーターが紛れてるのではと疑っている。
 それにしても暇だ。テレビはろくなのをやっていない。散歩にでも行こうか。しかしなあ、と俺は煙草を消しながら考える。
 どう考えても外はリア充だらけだ。初詣やら、正月イベントに行く人でごった返しているのは想像に難くない。本当に馬鹿馬鹿しい。初詣? けっ! くだらねえ。神に祈ってなんの意味があるってんだよ。
 神がニートに何かしてくれるのか? 貧しい人間を救ってくれるのか? 救うわけねえだろ! 大体なあ、都合のいい時だけ祈られる神も迷惑だろうが。
 そもそも仏教徒の奴は神社に行くんじゃねーよ! 死ね。
 などと思いながら、俺はテレビの電源をつけた。散歩は止めにしたのだ。リア充と遭うのは嫌だからな。
 リア充だけならまだしも、昔の同級生にでも遭ったら、首を吊って死にたくなってしまう。
「ゲームでもすっか」
 他にやる事もないので、俺は箱○を始めた。後でシコシコもしよっと。

 あれよあれよという間に地獄の正月が過ぎていった。労働厨も仕事に行った。これでやっとニートタイムを満喫できる。掲示板も活気が戻ってきた。やはり平日の方がレスは多い。
 俺はいつものように「おはにー」と挨拶を書き込んだ。同士から「おはにー」と返事がくる。まあ、もう時間は一時を過ぎているんだけどな。
 台所に行ってコーヒーを沸かし、俺はカップを片手に部屋に戻った。食い物は何も持っていない。昼食は食べないのだ。ニートになってから、一日一食で平気になった。動かないので腹が減らない。
 コーヒーを啜り、巡回スレを一通りチェックした。それから動画サイトでアニメも見た。気づいたら、二時三十分になっていた。俺はいそいそと出掛ける準備を始める。
 ある趣味の為に外出するのだ。一張羅のエドウィンのジーパンを穿き、やはり一張羅のコートを羽織った。そして携帯と趣味の為の道具を手に取り、俺は外に出掛けた。
 外に出ると、刺すような冷気が俺を迎えた。思わず家に逆戻りしたくなる。だが、俺は戻らない。今から行く所には、それだけの価値があるものがあるからだ。
 俺はコートで寒風を防ぎ、寒々とした一月の外を歩いていく。長い坂を下り、やはり長い上り坂を歩き、そして石段を登って俺は目的地に着いた。
 それはとある橋の上だった。陸橋である。そこで俺はコートのフードを被り、持ってきた道具を取り出した。双眼鏡だ。
 そう。俺が今からやろうとしているのは覗きなのだ。と言っても別に人の家を覗くわけではない。帰宅中のJC、つまり女子中学生を覗くのである。道を歩いてる人間を見るわけだから、犯罪ではないはずだ。たぶん……。
 ところで、どうせ覗くなら女子高生の方がいいのでは? と思う人間も居ると思うので説明しておく。実は俺はロリコンなのだ。
 女の旬は十二から十四までだと思っている。真性のロリコンは七歳や十歳が好きらしいけれど、俺は本当のガキは好きじゃないんだ。
 要するに年齢のわりに育ってるなあ、という小学生や中学生が好きなのである。細かい嗜好を説明すると長いので割愛するが、ロリコンにも色々あるんだと理解してほしい。
 と、そうこうしているうちに女子中学生の集団が見え始めた。俺はさっと双眼鏡を構えた。そして目標を覗くと、
「ふひひ……」
 俺の視界には桃色の花畑が広がっていた。知らず、鼻の下が伸びてしまう。いやあ、本当に。何で最近の中学生はあんなにムチムチしてるんだろうね。
 スカートなんて凄く短くしちゃってさ。本当にけしからんよ。あっ! あの子、髪を染めてるじゃないか。校則違反だ。けしからんけしからん。
 お仕置きが必要だよ、全く。お尻ペンペンしてやるべきだね。
「はあはあ」
 俺は夢中になって女子中学生を覗いた。それはもう堪能した。一時間ちょっとも覗いただろうか。段々と、帰宅する女学生の姿が疎らになってきた。帰宅のピークは終わったらしい。
 興奮が冷めてきたら、急に外の寒さに気づいた。俺はフードを取って、双眼鏡をポケットに仕舞い帰宅の途についた。

 それから一週間ほど経った日の事だった。俺はやはりアニメ、ネット、覗き、自慰をループする日々を過ごしていた。
 そんなある日、俺がパソコンでアニメを観ようとしていると、ドンドン、と部屋のドアがノックされた。何の用だろうと思いながら、
「はい」
 と俺は返事をした。
「孝一。ちょっと入っていい?」
 母親だったようだ。しかし、おかしい。普段は勝手に入ってくる親が、何で俺に許可を求めるんだ。それに声が妙に高い。これはお袋が他人の居る場で喋る時の癖だ。つまり。ドアの外には赤の他人の誰かが居るらしい。
 誰だ? 俺の知り合いか。いやしかし、ブサメンで非コミュの俺に尋ねてくる友人など居ない。ということは俺の知り合いではないが、俺に用がある人間か。ん? ますます訳が分からんぞ。
「孝一、居るんでしょ。返事ぐらいしなさい。入っても大丈夫なの?」
 お袋がドアを再び叩いた。客を待たせて焦っているようだ。このままだと返事も聞かずに入ってきそうである。それはまずい。すこぶるまずい。
 俺は部屋を見回す。万年床の汚れた布団、散乱した衣類と無造作に置かれたエログッズ。こんな部屋に人を入れられるか! 最悪部屋は片付けるにしても、俺自身もだいぶ汚れている。もう三日も風呂に入っていない。
 試しに自分の臭いを嗅いでみる。……よく分からん。まあどっちにしろ、汚れてるのは確か。こんな状態で人前には出られん。自分はゴミ人間だと、他人に見せたい馬鹿は居ない。
「何の用?」
「あなたにお客さんよ。早く開けてちょうだい」
 やっぱり客か。こんなゴミ人間に何の用があるってんだよ。はっ! まさか……滞納してる年金の徴収か。俺の財産を差し押さえに来たのか。戦慄が足下から背筋に這い上がり、俺は血の気を失った。ど、どうすれば。
「きゃ、客? ごめん。何か体調が悪くって。風邪を移したら悪いから出れないよ」
 とりあえず嘘をついてみたのだが、
「嘘をおっしゃい。昨日も徹夜で遊んでたじゃない」
 と直ぐに見抜かれてしまった。俺は無精ひげが生えた顎を触り、ドアを開けないで済む言い訳を考える。が、いくら考えても何も思いつかない。
 その間にもドアはますます激しく叩かれている。そして、
「もういい加減にしなさい。開けるわよ」
 ついに勝手にドアを開けられてしまった。俺は慌ててエログッズだけでも布団の下に隠した。それから視線をドアに転じる。
「嘘じゃないって。これは近年流行のインフルエンザかも。げほげほ」
「すみません、お待たせして。この子がそうです」
 俺の迫真の演技を冷静に無視して、お袋は誰かを部屋に招きいれようとしている。息子の汚れた姿を晒そうとは、この親は正気かと俺は疑う。
 お袋がドアを手で押さえ、そこから頭を下げながら何者かが入ってきた。その人物の姿が眼に入った瞬間、俺はハッと息を飲んだ。
知っている人物ではなかった。親戚の人間ではないし、同級生というわけでもない。見るのも初めての完全な初対面の人物。恐らく道ですれ違った事さえない。
何だか眩暈がしてきた。極度の羞恥心を感じると、俺は目の前が真っ暗になり気分が悪くなる。今の眩暈は俺の人生の中でも最大かもしれない。
何故なら俺の客というのはとてつもない美人、いや美少女だったからだ。その美少女が見つめている、俺を。汚れた俺を。髪はベタベタでボサボサ。おまけに寝癖だらけ。服も三日間着替えていない。部屋はゴミの山。何処から見ても完全無欠のゴミ人間である。
「えーと……こ、こんにちは。ども。初めまして」
「初めまして」
 どもりながら、とりあえず挨拶をした俺に少女はペコリとお辞儀をし、ニッコリと微笑む。ゴミにも人として接してくれている。目にも軽蔑の光は感じられない。なんて良い子なんだろう。
 人から馬鹿にされて育ってきた俺は、人の悪意には敏感だ。いくら表面を取り繕おうと人の悪意というのは必ず行動に表れる。この子にはそれが無かった。
「じゃあ、あの。お願いしますね。あっ! 後でお茶持ってきますから」
 それじゃあ、後は若い者同士で、というお見合いでの定番シチュエーションのようにお袋が部屋から去っていく。ガチャン、と部屋のドアが閉められた。
 どういう状況なのか分からなかった。俺はだいぶ困ってしまった。ゴホン、と空咳を一つしてちらと少女に目を向ける。
 やっぱり、かなり可愛い子だ。年齢は十七か十八ぐらいだろうか。触り心地の良さそうな真っ黒な髪を肩より少し長く伸ばし、やたらキョロキョロさせている目は大きい。
 ダークグレーのトレーナーとロングスカートを穿いた少女は、ドアの近くで立ち尽くしている。どうやら座るところがないようだ。
 俺は散らかった衣類を部屋の隅に放り投げて、少女が座れるスペースを作った。
「あ、あの。どうぞ」
「は、はい。ありがとう」
 少女はお礼を言ってスカートを押さえながら正座。そして沈黙。何故? 何故黙る。何か俺に用があって来たんじゃないのか。
 あんたは誰だ? 何の用できたんだ? スリーサイズと年齢は? などと数々の疑問が湧いてきたが俺は黙っていた。ネット以外で女の子と話すなんて久しぶりだったからだ。緊張でそれどころではなかった。
 すると俺が黙っていたら、少女の方から話しかけてきた。
「あの、名前は孝一君でよかったよね?」
「あっ。はい。そうっすけど」
「私の名前は葉月って言います。よろしくね」
 そう言って少女は微笑み、右手を差し出してきた。俺は慌てて右手をズボンで拭き、
「あ、ども。よろしく」
 と手を握り返した。が、何が「よろしく」なのかはよく分からなかった。彼女は無駄に手をぶんぶん振って笑顔。肩が痛くなるほど振って漸く放してもらえた。
「で、あの。それで。失礼ですけど、貴方は何なんですか?」
「あれ? 聞いないですか?」
 少女は首を捻って目をパチパチさせる。当然俺は何も聞いていない。
「私はニート相談員をやらせてもらってる者です。孝一君のお母様からご相談を受けて来させてもらいました」
「ニート相談員?」
 何処かで聞いたことがある名前だった。確かニュースで聞いたんだったか。何でもニートが増えすぎた為、国がニートの居る家に派遣するらしい人間だ。
 具体的に何をするのか。どういった人間が来るのか。そういった事は全く知らなかったが、こんな少女が来るとは以外だった。いや、ひょっとしたら見た目が若いだけで年齢は高いのかも。
「ニート相談員ですか。何かニュースで聞いたことはあるきがします。でも、失礼ですけど、本当に相談員の方なんですか? 何か凄く若く見えますよ。十代の方ですよね」
「若く見えますか? 私こう見えても十八なんです」
 こう見えてもというか、見た目通りの年齢のようだった。
「相談員って女の子が多いんだよ。ほら、やっぱり男の人って女の子に励まされた方がやる気でるでしょ?」
「まあ……。そりゃ、そうだけど」
 何だか釈然としない。男は単純だと馬鹿にされているような気がしてならない。
 そんな気持ちが表情に出たのだろうか。彼女が慌てたように手を振って言う。
「あっ! ちゃんと男の相談員もいるんだよ。ただ基本的に男のニートの人には女の子が行くの」

       

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Neetsha