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ゴミ扱いの不人気文芸作家にありがちなこと
①俺の小説は面白くない!!(10/06/28)

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「この小説は面白くないです」
 スカイプでノイズ混じりに伝わった、その真実は衝撃だった。

 文章は稚拙、設定は陳腐、方針は曖昧。それでもそれは小説だった。紛れもなく面白いと思っていた。そして俺は文芸新都の小説作家であり、人気作家になれると思っていた。
 いつ頃からだろうか。もう覚えてはいないが、俺は新都社というサイトを見つけ、小説作家を志した。無論、プロを目指したわけではない。自分は平凡な人間であるし、趣味を仕事にしたら、きっと趣味を嫌いになってしまうと思ったから。
 けれども、書く者はきっと面白くて、必ず皆に読まれる。あの伝説のオナニーマスター黒沢旋風を巻き起こした伊勢カツラ先生や、コ・リズムでで漫画化まで果たした後藤ニコ先生に匹敵する。あるいは、ギャンブル小説でコアな人気を博した顎男先生や、期待の新鋭として注目される青谷ハスカ先生みたいになるのもいい。自分なら絶対に実現出来る──という根拠のない自信だけはたっぷりとあった。

 現実は残酷だ。俺の書いた、晒した小説。ストリートファイト恋愛小説、<キャノンボール>は誰にも読まれなかった。いや、正確に言えば誰かに読まれたのかもしれない。編集部のネットラジオスレで、只野空気や、奉奈しめじといった有名所のDJに。もしくは、su@uという文芸朗読DJに。
 だが、突きつけられた事実は一つ。つまり、俺の小説にはコメントが付いていないのだ。一つも付いていない。一つたりとも。感想は当然の事、期待とも書かれていなければ、叩かれてすらいない。無視されている。無視している読者達からすれば、無視しているという実感さえないだろう。その<キャノンボール>という俺が全力で生み出した小説は、路傍の石のように扱われていた。
 「何故だ?」
 俺は本気で疑問だった。何故なら、面白いと思っていたからだ。最初から、人気漫画のように30、50のコメントが付く事なんて、期待していなかった。それでも、ちょっとは話題になるんじゃないかと。コメントで期待だとか、面白いだとか、斬新だとか褒められて、レビュースレでレビューされたりするんじゃないかと。文芸なのに、連載早々からファンアートが貰えるんじゃないかと、期待した。期待してしまった。愚かだ。
 しかし、結果はご覧のあり様だ。胸を躍らせアップロードし、新連載報告をして、最新更新作品一覧から、俺の『[9072] キャノンボール/ ワイルドキャット』の名が消えるまで、何度F5キーを、更新ボタンを押しただろう。その度に見せつけられる「まだコメントはありません」の文字。残酷だ。残酷すぎないだろうか。

 俺は基本的に馴れ合わない。まだ新都社に来て間もないし、それよりも作品を書いて、それで評価されたいと思っていたから。けれども、最早、事情が違った。知りたかった。どうして、俺の小説<キャノンボール>にはコメントがつかない?
 チャット、ブログ、レビュースレ。新都社には、読者と知り合う為の様々なツールがある。だが、俺はスカイプを選択した。やはり、文芸の作品の事情は、文芸作家に聞こう。そう思った。俺はそう思い立つと、マイクもないというのにスカイプをインストールし、ブログでスカイプIDを晒している、『溶解アイスバー』先生にコンタクトをとった。
 溶解アイスバー先生は、文芸の人気作家だ。ベテランではない。比較的、短い作品を定期的に更新しては完結させる。日常のくだらない出来事を、斬新な切り口で面白おかしく書き、その手軽さや、面白さで、徐々に不動の地位を気付きつつある、新鋭作家だ。文芸歴では自分より少々先輩になるが、彼を相談相手として選択したのは、他の人気作家に比べると、少々少なめな、もっとも完結頻度が高いのでありたまえなのだが、一つあたりの作品につくコメント数が100前後と、程ほどだからだ。人気作家だが、まだ手の届きそうな作家。
 スカイプのチャット欄に、文字が流れる。溶解アイスバー先生にコンタクトをとると、彼は快くレビューを承諾してくれた。

「ワイルドキャット先生」
 溶解アイスバー先生にレビュー、アドバイスを頼んで、三十分程度待っただろうか。その間自分も心臓をバクバク鳴らしながら、自分が書いた<キャノンボール>を読みなおしていた。キャノンボールはストリートファイト恋愛というジャンルという名の通り、ストリートファイトや恋愛の話だ。バトル描写、恋愛描写、ギャグ描写と受けそうな内容は一通り詰め込んである。これが何故、人気が出ないのか?
 この時点ではまだ、この作品は本当は面白くて、たまたま──丁度その時間に新都がテンポってたとか──何か悪い原因があって、コメントがつかなかったんじゃないか。俺が悪くないんじゃないかという淡い期待もあった。
「少しきついこと言っちゃうかもしれないんですけど」
 溶解アイスバー先生の書き込む文字列に、俺はゾクっとした嫌な汗を書く。心臓が不自然に動いた。血流の流れを感じる。
「この小説は面白くないです」
 スカイプでノイズ混じりに伝わった、その真実は衝撃だった。
「え……」
 思わず、俺は声が出た。相手の書き込み待機表示を見て、追撃が入る事を覚悟する。混乱した。
「ワイルドキャット先生が書いた<キャノンボール>は何がしたいのかわからないです」
 混乱だ。俺は混乱していた。想定外の発言。そもそも、俺は<キャノンボール>を、評価されていないだけで面白いと思っていた。自惚れ、焦燥、顔が熱い。
 俺は恥を忍んで書き込んだ。
「溶解アイスバー先生、俺の小説は、ずばりどこが面白くないですか?」
 間髪入れずに溶解アイスバー先生の返信が来る。
「逆に聞きたいです、どこが面白いんですか?」
 脈動。俺は必死に描きこむ。
「ええと、ストリートファイトの熱いバトルとか、笑えるギャグとか、あと泣ける恋愛とか……」
「<キャノンボール>の粗筋って、槍術を学んでいた主人公が、喧嘩で負けた事でそれを辞めて、代わりに武術の達人の美少女に誘われて、闇の違法賭博のストリートファイト<キャノンボール>に参加し、そこでどんどん活躍していくって感じですよね。まだ第一話の時点ですが」
「はい、その通りです」
 俺は息を飲んだ。溶解アイスバー先生は理解している、俺の作品を。これが『読まれる』ということか。
「基本設定は、悪くないと思うんです。。文章も荒削りだけど、意味はわかる。誤字も殆どないし、そこらへんは十分合格なんです」
「ありがとうございます」
 俺はにやけた。これが『褒められる』ということか。学校で昔、読書感想文が銀賞をとった時も、こんな顔をしていた気がする。
「だけど、それだけなんです。その最初の設定は、膨らみそうなものの、駄目。内容が駄目過ぎる。まず冒頭。いきなり主人公が飯を食ってるシーンから始まりますけど、これって重要なんですか?」
「それは……主人公の日常を……」
「自分が普通の読者だったら、まずその最初のシーンの飯の部分が長すぎて、読むのを辞めますね。だって、ストリートファイト恋愛を期待して呼んだのに、ベーコンエッグに醤油をかけるか塩をかけるかというどうでもいいことがずらずらと書いてあるんですから。料理小説かと思いましたよ。この、最後の方で主人公が敵を倒してる最終限定奥義『暗黒魔王黒竜槍撃』(ダークネスデーモンキングブラックドラゴンランスブレイカー)ってなんですか? これも酷い」
「最終限定奥義『暗黒魔王黒竜槍撃』(ダークネスデーモンキングブラックドラゴンランスブレイカー)は主人公の編み出した必殺技です」
「いや、それは分かるんですけど、何でそんな唐突に必殺技が出るんですか? 魔王なのか黒竜なのかはっきりしてくださいよ。ええと……青色の金色の閃光が突如として棒きれの先端から発射されビームが敵の頭を貫いた、大きな風穴が開いて大地が震える……とかありますが、青色なんですが金色なんですか? だいたい頭に穴開いた奴が数行後にぴんぴんして話してますよ?」
「それは主人公の能力がヒロインの接吻によって覚醒したからなんです、色はカラフルというか虹色的な……。あと敵が話してるのは急所を外れていたからで」
「頭に穴が開いて急所じゃなかったら何処が急所なんですか……」
 スカイプを通して、画面の向こう側で、溶解アイスバー先生のため息が聞こえた気がした。沈黙が続く。俺はどう説明したものやらか、思案していた。
「主人公は超能力を秘められしもので選ばれし力が覚醒したんです」
「余りに突拍子もなくて、困ります」
 溶解アイスバー先生は再び話し始めた。
「確かに、ピンチになって能力が覚醒するっていうのは少年漫画とか、ライトノベル序盤のお決まりの展開ですけど、この<キャノンボール>はそれまで普通に己の肉体とか、あるいは現実に手に入りそうなもの。例えばナイフとか鎖とかで戦ってるじゃないですか。そこに今までのストリートファイトものにはない、斬新さが宿ってたと思うんです。だけど、突如として主人公が覚醒、超能力っていったら、今まで剣で戦ってた侍漫画に、一人だけマシンガンを持った新キャラが登場したような酷さですよ。ボトムズの主人公のチート機みたいな」
「ごめんなさいボトムズ知らないです」
「料理に例えます。今まで西洋フルコースだったのに、突然寿司が出てくるような」
「俺は寿司好きですよ」
「確かに、寿司は美味しい。超能力要素は、出る作品に出れば、面白いし、事実としてラノベでも超能力ものは沢山種類があって売れてますよね。だけど、それは作品によるんですよ。この<キャノンボール>でいきなり超能力が出たのは、デザートに寿司が出てしかもチョコレートシロップがかかってるようなものなんです。良いもの同士なのに、組み合わせやその出すタイミングを間違えて、どちらも台無しにしてしまってる」
 俺は、溶解アイスバー先生の指摘に絶句した。
「他の新都社の小説を読んでみてください。最近でいえば、ドラゴンクエストオリジナルだとか、願いを天にかざしてだとか、ジャンルこそ違いますけど、どちらも地に足のついた展開で、それまでの世界観をぶっ壊すような、そういうことはしてません。終始一貫してる。この部分に限らず、この短い話で、要素を詰め込み過ぎです。バトル要素、鬱要素、ギャグ要素、ハーレム恋愛要素……等など。どれもこれも中途半端でです。とても第一話とは思えないぐらい、登場人物もいる。軽く数えたんですが、二十人以上いますよね。多すぎです。冒頭の食べ物に関する内容もそうですが、読者が知りたがってない上に話にも全然関係ない事を長ったらしく書いてある部分も多くて、うんざりします。ハルヒのキョンあたりから流行り出したのかもしれないんですが気取っていて鼻につく表現というか、少なくともこの小説には合ってません」
 その指摘に、俺は鼻の頭あたりがカーッとなって、指先が震えていた。
「俺の小説は、どうしたら面白くなるでしょうか?」
「駄目な部分を沢山あげました。でも、更に駄目な部分があるとしたら、『売り』がないことです」
「『売り』?」
「要するに、この小説は何処が面白いのか?ということです。この小説でしか読めない何かとは何か。どうして、読者が数ある作品の中からこの作品を読みたくなるのか。成功要素のちゃんぽんではあるんですけど、美味しくはないんです。主人公が槍術を学んでいたって設定も、生かされてないですし。組み合わせが酷い。あなたの書く文章だけに宿る、あなただけの強みって何かないんですか?」
「売りですか……」
「もし人気作家になりたいのだったら、冒頭や話の方針を、もう少し明確にしたほうが良いと思います」
「……」
「ちょっと上から目線で偉そうになっちゃいましたが、それが正直な感想です。これから深夜バイトなんで、落ちます。とりとめもない文章になってすいませんでした」
 俺はその言葉に内心ほっとした自分が、少し憎かった。
「溶解アイスバー先生、レビューアドバイスありがとうございました。バイト頑張ってください」
 間もなくして溶解アイスバー先生のアイコンが、ログアウト表示になる。

 俺の小説は面白くない。

 俺は真っ暗な自室で、ノートパソコンを前に、その突きつけられた事実を噛みしめていた。

       

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