Neetel Inside ニートノベル
表紙

中年傭兵ラドルフの受難
コトダマと悪夢

見開き   最大化      

 ラドルフ達を乗せた荷馬車は再び街道を行く。その荷馬車で背筋を丸め、しんどそうにため息を吐くラドルフにミハエルは話しかけた。
「疲れてそうですけど大丈夫ですか?」
「微妙…だな。あの女のせいで休むどころか疲れきっちまったよ」
「まあまあ、そのおかげで貴重な情報も手に入ったわけですし」
 ――そう、例の所属不明のコトダマ使いによる襲撃事件。しかも結構な数の村がやられているらしい。
「でも、よく考えたらそんなことがあるんですかね?」
「ん?コトダマ使いが町を襲うってことがか?」
「まあそっちもそうなんですが、そもそも国が把握していないコトダマ使いに、村を全滅に追い込むことができるんでしょうか?」
 そこがこの情報を誤情報だと思わせた最大の点である。コトダマ使いは数だけならそこそこいる。ただ、それがすべて戦闘向けの特性で、尚且つそこまでの威力を発揮できるコトダマ使いというわけではない。それこそ戦況をひっくり返すレベルの者は1つの国につき4~5人程度だ。
「まあ例外はいつだってあるさ。傭兵の中にもコトダマ使いはいるって話だしな」
「ええ!?そうなんですか?」
「ああ、それに今国で飼われてるコトダマ使い達も、最初から特権階級ってわけでもないからな」
「そういえばそうでしたね。国に多大な貢献をしたコトダマ使いは、ミドルネームを与えられて貴族になりますもんね」
 まあその制度ができて結構たった昨今、よほど国に反感がない限りはコトダマ使いが国仕えになるのは当然だ。その方が確実に手柄を認めてもらえるものだし、何より安全だ。よってどの国にも把握されていない、強力なコトダマ使いなど普通は考えられないのだが。
「でもどうするんです?もしそんな村を襲っているようなコトダマ使いに遭遇したら…」
「そんなんもん、逃げるにきまってるだろ」
「まあ、さすがに無理ですよね」
 そのコトダマ使いの能力特性にもよるが、そもそも逃げられるかどうかも怪しいものだ。
「一応護衛が俺の仕事だが、そういう場合は荷物は諦めて逃げろよ?時間稼ぎくらいはしてみるが、たぶんほとんど意味ないだろうけどな」
 自分の死を少しでも連想したのか、ミハエルは随分神妙な顔をした。
「まあ遭遇したらって話だ。神様にでも祈っておけよ」
「でも、随分とコトダマ使いのことに詳しいんですね」
「これでも昔は師匠といろいろな戦場を渡り歩いたからな。味方側にコトダマ使いがいた時は話をしたこともある」
 ラドルフは尊敬のまなざしを向けるミハエルの視線を受けながら、その頃の嫌な記憶が蘇るのを必死に抑え込んでいた。
「ところで、前の農民たちの襲撃のような気をつける場所はあるのか?」
「今のところは大丈夫ですね。ここから1日半行ったところに関所がありますから、そこを越えるまでは安全だと思いますよ」
「なら少し仮眠させてもらう。このままじゃいざという時に、倒れかねないからな」
「ええ、何かあったら起こしますよ」
 そしてラドルフは疲れもあったせいか、すぐに寝息を立て始めた。

 ――声が響く
「――」
 ――今はもう聞こえないはずの声が
「――、――!」
 ――聞きたくもない声が
「――、――。――!!」
 ――俺はナニモシテナイ
「――!――!!」
 ――タダ、ウマレテキタダケナノニ――

「――さん!」
 さっきとは違う声、ちゃんと聞こえている声が頭に響く。
「ラドルフさん!!」
 意識が覚醒する。頭が重く気分が悪い。
「…ミハエル、か」
「大丈夫なんですか?随分うなされてましたけど」
 そう言ってミハエルは手拭いを渡した。よく見ると汗だくだった。
「ちょっとばかり夢見が悪かっただけだ。気にすんな」
 実際、頭は重いが体は軽い。疲れは抜けたようだ。
「…それならいいんですが」
 まだ心配そうな顔をしているミハエルは、今のラドルフには少々鬱陶しかったが、今の状態ではそんな顔をされても仕方ないだろう。よく見るともう日が落ちかけていた。
「今日はここで野宿ですね。今から行っても夜の山道は危険ですし」
「…わかった。今夜の見張りは俺がやろう」
「いいんですか?」
「あれだけ寝たらどーせ眠れんだろうし、少しは護衛らしいこともしとかんとな」
 それに、眠ればまた見るかもしれない。もう一度あの夢を見るのは正直きつい。
「わかりました。じゃあ晩飯の準備でもしますか」
 たき火をしてお湯を沸かし、簡単なスープとパン、干し肉の食事だったが。ラドルフの疲れた心には深く染みわたって行った。

       

表紙

興干 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha