Neetel Inside ニートノベル
表紙

中年傭兵ラドルフの受難
だから、やけ酒はだめだって…

見開き   最大化      

 国境近くの町の酒場で、ラドルフはうつ向きながら酒を飲んでいた。
 この情勢では噂は当てにならないと考えたラドルフは、あれから2週間かけて国境の様子を見に行ったのだが、街道は完全封鎖されていた。こっそり国境を渡ることもできなくはないが、この情勢下でキサラギの連中に見つかると、スパイやテロ工作員と間違われて殺される可能性がある。そんな危ない橋を渡るわけにはいかず、引き返してヤケ酒の真っ最中なラドルフだった。
 唯一の救いは、ミハエルの依頼の報酬が予定よりも多かったことだ。これだけあればおっさんのいる町に戻ってタダ飯…もといツケ飯で食いつないで、危険度の低い依頼をコツコツこなすことはできる。この地域の依頼は危険度が高いものが多すぎる。いつ戦争が起きて戦場になるかも知れないうえに、所属不明のコトダマ使いの襲撃の可能性だってある。用がないならこんな危険なとこはさっさととんずらするに限る。
 禍紅石は当初の予定通りこの町のはずれにある森ある場所に隠しておいた。国境封鎖が解かれるまでは手元に置いておくよりは安全だろう。
「ハァ~」
 ラドルフは大きくため息をついた。理屈では理解しているのだが、禍紅石で大儲けして傭兵を引退し、おっさんのように宿屋でも経営しながら平和な生活を手に入れられると思っていた期待感があまりにも大きかったのだ。その分だめだった時の反動も大きい。ラドルフはコップの中の酒を一気に飲み干した。
「マスター、同じのをもう一杯頼む」
 怪訝そうな顔でマスターは酒を注ぎながら言った。
「あんた大丈夫かい?さっきから随分飲んでるようだけど…」
「このくらいでつぶれるほどやわじゃねぇよ」
「いや、そっちじゃなくて代金の方だよ。あんたそんなに金持ってるようには見えないからよ」
「ああ、心配すんな。この間ガッツリ稼いだばっかだからな。ホレ」
 そう言ってラドルフはミハエルからもらった報酬の入った革袋を見せつけると、得意げな顔をして酒のお代りをもう一度頼んだ。
「まあ、持ってるならいいけどね」
 そう言うとマスターはそれ以降、ラドルフがお代わりしても口を出さなくなった。ラドルフはこの酒は景気づけの酒だと自分に言い聞かせながらガブガブ飲んでいた。やけに酒場に人が少ないと思いながらも、それに気付いた時は酒がすでに回っていたのであまり気にしなかった。

「お客さん、もう朝ですよ」
 マスターの声で目を覚ますラドルフ。どうやら昨晩はあのまま酒場で眠ってしまったらしい。首をバキバキ言わせながら背伸びをしていると、何となく懐が軽い気がしてまさぐってみた。
「な…なにこれ?」
 報酬でそこそこ膨れていた革袋が、一晩で見事なダイエットに成功していた。
「ああ、酒代はもうもらっときましたよ」
 シレっとしたマスターの態度にラドルフは唖然とした。
「いやいや。いくら飲みまくったからって、こんなに減らんだろう、普通は!」
「普通は…ね」
 やれやれといった様子でマスターは話し始める。
「ここいらの地域で今、酒がどれくらい貴重なものになってるかあんたも知ってるだろう?」
 ラドルフは血の気が思いっきり引いて行くのを感じた。頭の中で後悔の2文字が激しくルンバを踊っているが、もはや手遅れである。
「しかも酔いつぶれたあんたを泊めてやった上に、モーニングコールまでしてやったんだ。これで値段に文句があるなら保安騎士に引き渡すぞ」
 重みのある声にラドルフは何度もなずくしかなかった。

     

 ラドルフは町のはずれにある大木の木陰で膝を抱えながら、哀愁の漂う表情で空を見ていた。時折、例の革袋を見つめてはため息を漏らした。
 外から見ればただの落ち込んだおっさんにしか見えないが、頭の中ではこれからの計画を立てていた。まあ、当然落ち込んでもいるのであながち間違いではない。
 今の所持金ではおっさんのいる町まで行くのは不可能だろう。とゆーか、さっさと仕事をしないと飢えて死ぬか盗賊になるかの2択になってしまう。だがさすがにこの町で仕事をするのは避けたい。ここはあまりにも国境に近すぎる。今の所持金だとミハエルと別れたあの町で仕事を探すのが無難だろう。
 とりあえずこれからの方針が決まったラドルフは、残金すべてで保存食を購入しミハエルと別れた町へと向かった。

 その道中、街道から少し離れた小川で、飲み水を汲もうとしたラドルフの目に行き倒れらしい少年の姿が映った。
「かわいそうなこって」
 ラドルフにとっては行き倒れはそこまで珍しいものではない。おそらくは村を襲撃され、命からがら生き延びたのだろう。そう考えただけで、気にせずラドルフは水を汲む。
 しかし、ラドルフはふとミハエルとの会話を思い出す。新しい法律のせいで女子供は奴隷商人に高く売れる。ラドルフは少し考えると、水を汲み終えた後に行き倒れの子供の顔を覗き込んだ。男の子のようだ。顔立ちは整っている。服はぼろぼろで、髪もぼさぼさだがそこら辺は後でどうにでもなるだろう。こぶしを握り締めて、これは人助けだ!と自分に言い訳をしつつ少年に話しかけた。
「おい!生きてるか?」
 少年はけだるそうに眼を開けると、小さく頷いた。ラドルフはさっき汲んだ水とラドルフにとって生命線である保存食を少し分け与えた。ここで保存食を消費することは結構な痛手だが、奴隷商に引き渡すまでに死なれては元も子もない。とりあえず、この子供が少しでも自分の懐を潤してくれるのなら、その程度の出費は我慢しなくてはならない。そう、これは先行投資である。
 とりあえずラドルフは、半日ほどこの少年の手当てと休息のために時間を使った。流石におんぶして旅をするのは勘弁願いたい。まあ本来ならばもう少し長く休息を取るつもりだったのだが、この少年の回復力の速さにはラドルフも驚いた。
「歩けるようになったみたいだな。ならついてこい。少なくともそうすりゃ飢えることはないだろーよ」
 意味がわかっているのかいないのか、少年は小さくうなずいてラドルフの後をとぼとぼと付いてきた。
 それから1週間、例の少年は逃げる様子もなく、ただ素直にラドルフの後についてきていた。あまりにも素直だったので若干拍子抜け気味のラドルフだったが、手間がかからない分には問題はないと判断していた。しかし、そっちには問題はなかったのだが食料の残量の方が問題だ。もう2日も何も食べてない状況だった。目的の町まであと3日。到着しても食いものを買う金もない。そろそろ選択肢が2択に絞られてきたと考えた矢先、ある出来事が起こった。
 街道の脇、森からそう遠くない所で空腹に耐えながらラドルフ達は野宿していた。ラドルフが眠り出したのを見計らって、少年がラドルフの荷物の中から予備の短剣を持ち出して森の中へ消えていった。
 ギャー、ギャー
 森の方から尋常ではない獣たちの鳴き声が聞こえて、ラドルフは目を覚ました。周りを確認すると、例の少年がいない。しかも荷物から何かを持ち出した形跡がある。今更になって逃げたのかもしれないと考えたラドルフは、鳴き声が既に止んだ森の方を見つめる。
(獣にでも食われちまったのか…もったいねぇ)
 ラドルフがそんな風にため息をついていると、森の方から歩いてくる人影が見えた。例の少年である。
「な!おまえどこ行って…」
 よく見ると何かを背負っていた。それからは明らかに血が滴っており、その光景に恐怖を感じたラドルフは戦闘態勢を取った。そんなラドルフの様子を気にもしないで、少年は背負っていた獣の死体をさばき始めた。そのあまりにも手なれた様子にラドルフは唖然としていた。たき火で程よく肉が焼けて、いい香りが漂ってきたころにようやくラドルフは我に返った。
「おまえが…仕留めたのか?」
 少年は無表情で頷いた。あまりにも信じがたい光景に戦闘態勢を解くことを忘れていたラドルフだったが、焼けた肉を差し出されて我慢していた空腹感が限界に達してしまった。奪い取るように肉をひったくると無我夢中で肉にかぶりつくラドルフ。2人が肉を食べきった後、少年はラドルフの予備の短剣を元通りにしまうと眠り始めた。
「何考えてるのかさっぱりわからんガキだ」
 ラドルフはそう呟いてふと、この少年の名前どころか、声すら聞いていないことに気づいた。

       

表紙

興干 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha