Neetel Inside ニートノベル
表紙

中年傭兵ラドルフの受難
新たな依頼と新しい相棒

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 結局のところあれから食料調達をすべて少年に頼り切っていたラドルフは、少なくとも飢える心配が無くなって気が緩んだせいか、彼を奴隷商に売り飛ばすことに罪悪感を感じていた。目的地まであと半日もかからないくらいになって、ラドルフは少年に訪ねてみた。
「なあ、お前なんて言うんだ?」
 少年は口をパクパクさせながら、ジェスチャーをする。何かを伝えたいようだ。
「…もしかして、お前しゃべれないのか?」
 少年は無表情のまま頷いた。それを聞いてラドルフは唖然とした。今までそのことに気付かなかった自分に対してのあきれもあったのだが、しゃべることのできない少年を販売人数が限られている中で、奴隷商が買ってくれるとは思えないからだ。まあ、そういった特殊な需要もあるのかもしれないが、そこまでピンポイントに狙って仕入れを行う奴隷商もいないだろう。がっかりする反面、売る理由が無くなってよかったという感情も混ざって、ラドルフは微妙な表情をした。無表情のままラドルフを見つめる少年の視線に気づいて、ラドルフはやや後ずさったが気を取り直して訊ねることにした。
「お前行くとこは…無いよな」
 そうでなくては、こんな知りもしないおっさんについて来るはずもない。ラドルフは少し考えると、この少年を自分の補佐役として使うことを思いついた。実際、食料を森で調達するときに何度も見せたあのサバイバル技術は役に立つ。とゆーかこいつが今いなくなると確実に飢えてしまう。自分も師匠の手伝いをするようになったのは、こいつと大して変わらない年齢だったし問題はないだろう。
「俺の手伝いをする気はあるか?」
 少年は無表情ながらも雰囲気から察するに、ラドルフを見定めようとしているらしい。
「傭兵としてだからもちろん危険はあるが、あくまで俺の補佐だ。もし自分の身が危ないと思ったら逃げてもかまわない。どうだ?一緒にくるか?」
 先日と同じだが、先日とは違う意味の問いかけに少年は少し戸惑ったようだが、少年なりにちゃんと考え、しっかりと頷いた。
「ならまずは名前だな。呼び名がわからんと不便すぎる。お前、字は書けるか?」
 少年はしゃがむと指で文字を書きだした。おそらくこれが名前なのだろう。
「ん?じーのヴい・ふぇ…なんだって?」
 少年はジェスチャーで何とか伝えようとするが、わかりずらい。そもそも字が汚くて読めない。その後5分ほど名前らしき文字と格闘した後、少年の名前が判明した。
「ジノーヴィ・フェルトロッドか…呼びずらいな。ジーノでいいだろう?」
 本人もそれで文句はないようである。
「早速だがジーノ、とりあえず腹ごしらえしよう。なんか獲ってきてくれ。たき火の準備はしとくからよ」
 その命令にジーノは何ら文句を言うこと無く、(まあ、もともと話せないのだが…)無表情のまま食料調達に向かった。

 その後二人は腹ごしらえを済ませた後、到着した街で早速仕事を探すことにした。本来なら酒場で情報を集めたりするのが定石なのだが、一文なしであるラドルフ達が酒場に入るのはマナー違反である。まあ、マナー云々などと言っていられる状況ではないのは百も承知なのだが、酒も頼まずに仕事を探しています、なんて言えば自分たちが一文なしであることを宣伝して回っているようなものである。無論そんな奴に回ってくる仕事など使い捨てとしての役割と相場が決まっているわけで、それだと飢えるのを覚悟でここまで来た意味が無くなってしまう。幸い今は飢える心配はなくなったものの、一日経てば野宿しているところを誰に目撃されるかわかったものではない。今ここにおいては、早さこそがすべてを決する状態なのだ。
 まあそんな切羽詰まった状態で仕事のえり好みができるわけもなく、ラドルフは気乗りしないまま自警団の詰所へと向かった。この情勢の中、防衛戦力の強化は何よりも優先される事項だろう。保安騎士たちが頼りにならないのは周知の事実なので街の人間が組織した自警団こそ、ここの最大の防衛戦力である。それでも一般人が組織したものに変わりはない。この状況下で即戦力である傭兵は喉から手が出るほど欲しい…はずだ。期間契約で街の護衛を引き受ければ、少なくともその間衣食住を心配する必要はなく、期間が終わればその金でおっさんのいる町に戻れるはずだ。後は契約期間中にゴタゴタが無いのを祈るばかりである。
 詰所に到着したラドルフは、早速自警団長と交渉に入った。彼らも防衛戦力不足は重々承知しているらしく、思っていたよりもあっさり雇われることにはなった。ただ、もともとの資金不足と既に腕利きの傭兵を1組雇っていることもあって、契約金は思ったよりも少なくなった。
「で、どんな奴らを雇っているんです?」
 ラドルフは自警団長に、契約金についての不満を隠そうともせずに話し始めた。
「かなり有名な二人組の傭兵ですよ。確か…片方が野獣使いとかいう通り名ですよ」
 ラドルフはその名前を聞いて硬直した。超有名どころである。ここ最近で一気に名を上げた実力派の傭兵だ。あまりの戦果にコトダマ使いではないか、との噂も流れている。しかしこれは、幸運かもしれない。敵ならともかく、仲間として同じ任務を受けるのなら、心強いことこの上ない。まあ、報酬が少ないのはそんなビッグネームと並べられれば仕方のないことだろう。最低限の状況を理解したラドルフは契約の詳細を取り決めると、自警団長と握手をしジーノを連れて部屋を後にした。
 契約期間は2カ月。その間、衣装住は保障される。依頼主である自警団長の命令を優先し、襲撃等があった場合はできれば敵の殲滅、できなければ一般市民の避難が終わるまでの時間稼ぎだ。その後は各自判断で撤退が許可されている。そんな状況で逃げられるかどうかは疑問なところだが、まあなるようにしか無らんだろう。無論準備と対策はしておくが、そんなものはたいした気休めにもならない。
 そんな風に考えながら、あてがわれた部屋に向かっている途中に声をかけられた。
「あなたが、新しく雇われた傭兵?」
 軽く睨みつけると、女は余裕の笑みを返してきた。なかなか手ごわい女のようだ。
「ジーノ。先に部屋で休んでろ」
 いつも通り無表情のまま頷くと、ジーノはあてがわれた部屋の方へと歩いて行った。
「ずいぶんかわいい連れね。あなたの子供?」
「いんや、川辺で拾ったガキだ。俺の助手みたいなもんだよ」
 それが本当かどうかを見極めようと、女は目を細めラドルフをなめまわすように観察した。ラドルフは美人に見られて悪い気はしなかったが、長旅で疲れていたため少しめんどくさく感じた。
「ほんとだよ。そんなことであんたに嘘ついてもしかたないだろう。なあ?野獣使いさんよ?」
 女から余裕の笑みが消えた。割とヤマ勘で言ったことだったのだが、ビンゴのようだ。
「ふん。流石は闘神の弟子ってところかしら。今日は夜も遅いし、自己紹介の続きはまた明日にしましょうか」
 そう言って女は去っていった。そこそこ剣呑な空気ではあったのだが、ラドルフは久しぶりに上玉の女と会話ができて妙に得した気分になっていた。そんな彼はきっとある意味ダメな男である。

     

 次の日の朝、久しぶりのベッドでの睡眠に心も体も癒されたラドルフは、上機嫌で起床した。隣を見るとすでに起きて顔でも洗いに行ったのか、ジーノの姿はなかった。部屋を出て庭にある井戸で顔を洗い、髭を剃っているとジーノの姿が見えた。何故か洗濯をしている。ジーノが洗っているのは明らかに自分たちの洗濯物ではない。おそらく自警団のものだろう。
「お前なにやってんだ?」
 こっちの方を見ると一回ぺこりと頭を下げた。おはようございます、的な意味のようだ。その後、ラドルフの質問の答えとしてなのか、洗濯桶をしきりに指差すジーノ。まあそんなことは見りゃわかるんだが、聞き方がまずかったのかもしれない。
 そんな所へ、この自警団の雑務をしているおばちゃんが歩み寄ってきた。
「ああ、ありがとねぇなんか手伝わせちまって。はい、ご褒美にこれ食べな」
 そう言っておばちゃんはリンゴをジーノに渡した。ジーノはこれどうしましょう、みたいな雰囲気でラドルフの方を何度も見た。
「せっかくだから食っとけ」
 ジーノは少々戸惑っていたようだが、木陰の方に移動して早速リンゴをかじりだした。
「あんた、昨日新しく雇われたっていう傭兵さんだろう?あの子はいい子だねぇ。しっかりしてるよ。朝、急にあたしらのところへ来て、掃除や洗濯を何も言わずにやり始めた時は驚いたけど、まじめでいい子だぁ。」
 なんというか、あいかわらず何考えてるのかわからん奴だ。
「あの子があんなにしっかりしてるのは、あんたのしつけかい?あんた見た目によらずしっかりしてるんだねぇ」
 どういう意味だオバハン。まあそれはともかく、あいつがあんな感じである理由はわからんが、ここにいる連中に気に入られている分には問題ないだろう。そう考えたラドルフはジーノがしゃべれないこと、恐らく孤児であるということをおばちゃんに説明した。
「そんな感じなので、もしかしたら迷惑をかけるかもしれませんが、よくしてやってください」
「そうだったの…。わかったわ。他の人にも言っておくから…。」
 おばちゃんはジーノの頭をなでながら半泣きで話した。
「困ったことがあったら何でも言ってね?がんばるのよ、ジーノくん」
 まあそういった風にされても、ジーノはまったく無反応だったが、それすらも不憫に感じたのかおばちゃんは目頭を押さえながら持ち場に戻って行った。
 その様子に、ややあきれた感じでラドルフはジーノに話しかけた。
「手伝いをするのは構わないが、本業に差し支えない程度にしとけよ?」
 そう注意すると、ジーノは小さく頷いた。この様子ならジーノの方は問題はないだろう。問題は野獣使いの方だ。彼女らとはなるべく協力体制をとっておきたいラドルフは早速会いに行くことにした。
 野獣使いの部屋の前、ノックをしようとした矢先、妙な唸り声が聞こえた。ラドルフは森の中で獣に狙われているような感覚に襲われて、短剣に手をかけた。周りを見渡すが、敵らしきものの姿はない。しかし、ラドルフの傭兵としての勘が凄まじく警鐘を鳴らしている。短剣を握る力が一層強まったその瞬間に、部屋から大きな声が聞こえた。
「ガル!お止め!!」
 その声が聞こえたのと同時に、さっきまでの気配が消えた。ラドルフが安心して大きく息を吐くと、部屋から昨日会った野獣使いと呼ばれる女が出てきた。
「ごめんなさいね。彼知らない相手にはたいていこうだから…」
「彼?」
 ラドルフが間抜けな顔で聞き返すのと同時に、部屋の中から息の荒い獣のような男が出てきた。前傾姿勢で腕をダラッとさせたその様子は猿を連想させる。どうやらこいつが野獣らしい。
「彼の名前はガル、私はムーヌよ」
「…ラドルフだ」
 ガルと呼ばれる獣じみた男の理性の無いその瞳に、ラドルフは恐怖を感じていた。
「大丈夫よ。私が命令するか、私に危害を加えたりしなければ彼はあなたを攻撃することはないわよ」
 自身の恐怖を見透かされて、ややバツの悪い顔をするラドルフ。その様子を見てムーヌはやさしく微笑んだ。その表情に不覚にも少しときめいてしまったラドルフだったが、ムーヌの後ろに控えているガルに思いっきり睨まれてそんな感情は吹き飛んでしまった。
「まあ、これから2カ月。長いようで短い期間だがよろしく頼む」
「ええ、こちらこそ」
 二人はしっかりと握手を交わした。傭兵という割には随分と華奢なムーヌの手は、ラドルフによこしまな感情を芽生えさせるのには十分だったが、再びガルに睨まれてそそくさと野獣使い達の部屋を後にするラドルフだった。

       

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Neetsha