Neetel Inside ニートノベル
表紙

中年傭兵ラドルフの受難
木を隠すのは森の中、なら箱は?

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 ラドルフは悪臭漂う畑に居た。生理的に受け付けられないこの臭いにはうんざりしていた。手拭いで額の汗を拭くとラドルフは切り株に腰を下ろした。ため息をつくが、もはやその息の中に幸せは含まれていないだろう。そんなことを考えながらうなだれていると。
 ――ガンッ
「いってーな!」
 ラドルフは後頭部に走る痛みで涙目になりながら悪態をついた。振り向くとおっさんが木桶の中身をラドルフに浴びせようとしていた。
「ちょっ!タンマ!!それは勘弁!!!」
 おっさんことモルドは、舌打ちをしながらかろうじて中身がこぼれる前に木桶を戻した。代わりに破滅的な臭いが漂ってきた。この中に自分の排せつ物も混ざってるのかと考えると、ラドルフは気持ち悪くなってきた。
「いつまでもさっぼってねぇーでちゃっちゃと済ませるぞ。」
 切り株から腰を上げると、しぶしぶ作業を再開するラドルフの懐には、例の高価そうな箱によってできた膨らみがあった。

 2日前のあの日、強盗が1人保安騎士に始末されたのを見たあと、コトダマ使いの女がいなくなったのを確認してからこの箱を隠すことにした。このままだと連中の荷物を調べた後、この店は徹底的に家捜しされるであろうことはほぼ確定だ。だが所詮、保安騎士なんてのは安い給料でこき使われている連中だ。腕があってもそこまでまじめなやつは少ない。だいたいこういうのは、貴族出身のボンクラが小隊長を務めていることが多い。たとえそいつが上からの命令でまじめにやってたとしても、貴族出身のやつが思いつかず、尚且つやる気のない保安騎士どもが自発的に探さない場所ならば…。ラドルフはいやらしい笑みを浮かべると、腹が再び痛み出したことにしてトイレに駆け込んだ。
 トイレから戻ると、強盗どもはリーダーらしきやつを除いてみな始末されたようだ。そのリーダーも指が何本か切り落とされていたが…。保安騎士の連中は案の定店の中を捜しまわっている。
 それから1時間ほどたった位に、泣き叫ぶ強盗の生き残りを引きずるようにして保安騎士たちは去って行った。
「ほんとに荷物のながにあっだんだ!!うぞじゃねぇよー」
 叫び過ぎて涸れた声が、ラドルフの耳に残った。たとえあの箱が見つかってて彼の結末は変わらなかった――。手が少し震えている自分にそう思い込ませながら、目を固く閉じてラドルフは自分の最も尊敬していた人間の背中を思い出す。どんなことをしても、されても、決して揺るがなかったその姿を。

 そして現在、汲み取り式のトイレから肥料としての人糞を畑にまく作業を、店のツケの利子として手伝っている。もちろん利子のみの支払である。その作業中おっさんの目を盗みながら糞にまみれた例の箱を回収して労働にいそしんでいるわけだが、ぶっちゃけかったるい。目的を済ませた後は、余計しんどくなった。
「糞臭くなってこれ以上女にモテなくなったらどうしてくれるんだ」
 ボソッと言ったのがおっさんの耳に届いたらしく、大爆笑された。
「今のお前さんの状態より下は無いんじゃから下がりようがないじゃろ」
「あんたは人のことは言えんだろーよ。たまたま異性の幼馴染がいたから、言いくるめて一緒になっただけだろーが」
 おっさんは見下した感じでハッっと軽く笑った。実に不快だ。
「いやいや、30過ぎて童貞のままで魔法使いの称号を得たお前さんよかましですよ」
 ――あー、おっさん、あんたは決して触れてはいけないもんにハイタッチしてしまったみたいデスヨ?
「このまま大事に取っといて40過ぎたら、俺が賢者の称号を与えてやるよ」
 調子に乗って大口開けて笑っているおっさんの口に、俺は迷わず木桶の中身を放り込んでやった。一瞬おっさんの動きが止まったがすぐにせき込みながら吐き出し始めた。
「この童帝が!何しやがる!!」
 ――まだ言うか、このおっさんは。
 追撃と言わんばかりにぶっかける。しかし向こうも反撃してきた。さすがは引退したとはいえ元傭兵のモルドである。何気に現役のルドルフと同じくらいの回避率だ。互いに弾幕を張りつつ人糞の入った最後の木桶に同時に手が伸び、二人とも全力で引っ張った為、木桶はぶっ壊れてしまった。その中身は、昼飯を届けに来てくれたおっさんの奥さんであるラナさんに思いっきりかかったが。
 …空気が重い。おっさんが無謀にも言い訳しようと口を開こうとした瞬間。
「言葉は、不要ね」
 ラナさんはものッすごい殺気のこもった声でおっさんの黙らせた。つーか泣かせた。
 その後鬼神となったラナさんに、おっさん共々フルぼっこにされて俺は宿を追い出された。もちろん糞まみれのままで…。
 まあどの道、箱の中身を売り払うためにもこの街を出ないといけないのでちょうどいいのだが。とりあえずどっかでみずあびをしねーといかんな。などと考えつつ、街はずれの湖へと人に見られんように、コソコソ移動するラドルフは不審人物以外の何者でもなかったが――。

       

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