Neetel Inside ニートノベル
表紙

中年傭兵ラドルフの受難
2度あることは3度では済まないから気をつけるべし

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 ミハエルと共にルグレンを出て数日、なんの問題もなくほのぼのとした旅路を行くラドルフ達。どうやら開戦はまもなくらしく、街道を騎士団の部隊が国境に向けて移動していた。敵国を極力刺激しないためか、部隊を小分けにして国境付近に配備しているので、街道付近の治安はすこぶる良いようだ。騎士が部隊単位でいつ来るかもわからない場所で、わざわざ悪事を働くバカもそうはいない。まあそんな状況でもちゃんと保険として、護衛を雇うあたりミハエルは生粋の商人なのだろう。わずかなリスクでも可能な限り回避し、引き際を間違えない。傭兵も商人も大事なことは一緒である。
 以前ミハエルと一緒に旅をしていた時にラドルフは随分切羽詰まった状況だったため、結構険しい顔をしていたのだが、今は逆にやたら上機嫌な表情をしていた。前とあまりに違う雰囲気だったため、ミハエルは気になって訊ねてみた。
「なんか前の時より随分と余裕ありますねぇ。そんなにいいことがあったんですか?」
 それを聞いてラドルフは一瞬キョトンとしたが、すぐさま笑顔になってミハエルの肩に手を置きながら話し始めた。
「まあな。徒歩で帰ることを考えりゃ随分時間の短縮になったし、おまけに護衛としての報酬も手に入るんだ。ミハエルにあえてラッキーだったよ」
 あまりの浮かれ様にミハエルは少しあきれてしまった。
「まあそれはいいですけど、浮かれて護衛の仕事が疎かにならないようにして下さいよ?」
 釘を刺されて押し黙るラドルフだったが、実際こんな場所で気を張っていても仕方ないのである。だがミハエルの言うことにも一理あり、尚且つ雇い主からのお言葉なので不満そうな顔をしながらも、ラドルフは姿勢を正した。
 ミハエルはその隣に座っている無表情なジーノの姿を見て、ラドルフと闘神の関係もこんな感じだったのだろうかと思った。ふと闘神のことに興味がわいたミハエルは、ラドルフに聞いてみることにした。
「そういえば、ラドルフさんの師匠ってどんな方だったんですか?」
「ん?師匠か…まあ、化け物だったな」
 そのあまりに意外な答えに、ミハエルはラドルフを凝視していた。まさか弟子が師匠のことを聞かれて、化け物の一言で返すとは思っていなかったのである。まあ噂を聞く限りでは確かに化け物なのだが、ミハエルの聞きたいことはそういうことではなかった。
「まあ噂でどのくらい強いかは聞いていますが、性格とかはどんな方だったんですか?」
 ラドルフは少し考えると、隣に居るジーノをちらりと見てから話した。
「無口な人だったよ。基本的に余計なことは一切しない人だったなぁ」
「へぇ。なんか意外ですね」
「そうか?」
「なんかもっと豪快で大雑把な性格のイメージがあったんですが…」
 それを聞いて、ラドルフはミハエルをジト目で睨んだ。
「なあ、そのイメージがどこから来たのかものすごく興味があるんだが…」
 ミハエルはハハハ、と乾いた笑いでごまかすとスルーして話を続けた。
「そう言えば結構彼の武勇伝は聞きますけど、最期にどうなったかは聞いたこと無いですねぇ」
 ラドルフの顔が一気に真面目になったのを見て、ミハエルは失言に気付いた。やれ伝説だの最強だのと噂を聞いていたせいで、あまり現実感が感じられていなかったことが災いした。
「す、すいません…」
 ラドルフは顔を上げて話し始めた。
「いや、もう随分前のことからな。まあ、あの人も闘神とか化け物とか言われてたが、結局は人間だったってことだ」
「いったい何があったんですか?」
 ラドルフは少し間を開けると、やや重たくなった口を動かした。
「山賊退治の依頼の途中で、火山の噴火に巻き込まれたんだよ。俺はその時怪我をしていて同行してなかったが、あとでこのバスタードソードブレイカ―だけが山中で見つかってな。死体は発見されなかったよ。流石の師匠も大自然には勝てなかったってわけだ」
 あまりにあっけない結末。闘神と呼ばれた男は、誰にも負けないままその一生を閉じたのである。だからこそ伝説となりえたともいえるだろうが、それを闘神本人が望んでいたかはわからない。寡黙であったがゆえに、最も近くに居たラドルフでさえ彼が何を求めてその強さを手に入れたかはわからない。
 何となく気まずい空気に耐えられなくなり、ミハエルはとりあえず話題を振った。
「そういえば、闘神って呼ばれてますけど彼の名前はなんだったんですか?」
「アレスだ、闘神アレス。生きてた頃はそう呼ばれてたよ」
 そこで、ふと浮かんだ疑問をミハエルは口にした。
「そう言えば、なんで名前が噂で出てこずに闘神ってなってるんですかね?」
 心当たりがあるのか、ラドルフは苦笑いを浮かべねがら答えた。
「多分だが、みんなビビってるからじゃないか?」
「ハハッ、まさかそんなことは…」
 鼻で笑うミハエルだったが、ラドルフの顔が真剣なままだったので冗談ではないことを理解した。
「噂の発生源の奴らは、多かれ少なかれ師匠の戦いぶりを見てるってことだからな…」
 もはや乾いた笑いすら出なかった。ラドルフ自身も自覚は無いが、闘神のことを名前で呼ばず無意識に師匠と呼んでいる辺り、彼も心のどこかに闘神に対する恐怖心を持っているのだろう。

     

 それから8日ほど街道を進んで、ラドルフはおっさんことモルドのいる街に戻ってきた。ラドルフは早速おっさんの経営している宿屋兼飯屋のスマイリーに顔を出しに行った。
「なんですか、どうしたんですか、どこで拾ってきたんですかこのかわいい子!?」
 店に入って数分、モルドの娘であり看板娘のメリーがジーノを抱きしめて騒いでいた。なんか興奮しすぎて少し支離滅裂になっている。
「なあ、おっさん。歓迎のされ方に凄まじい差があるような気がするんだが…」
 おっさんはラドルフの向かいに座って、そっと酒の入ったグラスを差し出した。
「…まあ、なんだ。我が娘ながら恥ずかしい。あれはまぁ、ちょっとした病気みたいなもんだから気にせんでくれ」
 ラドルフはグラスの中身を一気に飲み干すと、愚痴をこぼしだした。
「そのご病気を除いても、俺はここに来て歓迎なんてされた覚えなんて一度もねぇけどな」
 いつもは憎まれ口を叩くモルドだったが、流石に娘のジーノに対する態度とラドルフに対する態度があまりに違ったため、気の毒に思っているようだ。ラドルフはモルドの持っている酒瓶をひったくると、自分でグラスに注いで酒を飲んだ。ラドルフがメリーに少なからず恋心を抱いているのは知っていたモルドだったが、父親としてはこんな男の嫁になどやれるはずもない。しかし、アレスが死んだあとラドルフの面倒をことあるごとに見てきたモルドにとって、ラドルフは息子のようなものである。モルドにとってもいろいろ複雑だったが、メリーはショタ好き…もとい年下が好みなのでラドルフに脈などあるはずもない。今は只、酒に付き合ってやるのが親代わりとして、友人としてできることだろう。
 そんなところへ、商人ギルドで用事を済ませたミハエルが戻ってきた。
「な、なんか随分出来上がってますねぇ」
 顔が赤く眼の焦点も定まっていないラドルフの様子に、ミハエルは少し引いた。
「おう、ミハエル。戻ってきたなら付き合えよ。ガキはほっといて男同士、とことん飲もうじゃねぇか」
 ためらいながらも席に座るミハエル。その耳に、モルドがラドルフには聞こえない程度に囁いた。
「こいつはもともと酒は強くない。もうちょいで潰れるだろうから、それまで我慢だ」
 ミハエルは乾いた笑いを洩らすと小声で了解です、と答えた。それから30分程飲んだ後、ラドルフは酔いつぶれた。
「ようやく静かになりおったな」
「ええ、そうですねえ」
 ラドルフの愚痴から解放されて一息ついていた二人だったが、ミハエルはジーノの姿が無いことに気付いた。
「あれ?ジーノ君が居ませんが、もう部屋で寝てるんですかね?」
 その言葉にはっとしたモルドは周りを見て、メリーの姿も無いことに気付いた。ちょうどその時に、厨房から出てきたモルドの妻であるラナがジーノの疑問に答えた。
「ジーノ君なら、さっきメリーが2階の部屋に連れてったよ。もう食べられちゃってるかもね、ジーノ君」
 それを冗談だと思ったミハエルがまさか、と言いながら笑っていたが、モルドが勢いよく立ちあがって走っていくのを見て固まってしまった。
「すまんミハエル君、ラドルフの介抱は任せたぞ!!」
 そう言いながら、モルドは全力で階段を駆け上がっていった。少しの間ポカンとしていたミハエルに、ラナは笑いかけた。
「メリーも前のことで懲りてるはずだから大丈夫さね」
 ミハエルを安心させるために言った言葉なのかもしれないが、前科があることにミハエルは余計驚いた。とゆーかどん引きした。
 とりあえずミハエルは酔いつぶれているラドルフを、ラナさんと協力して体を起こして肩を担いだ。かろうじて足を動かしていたラドルフだったが、急に足が止まったかと思うと体が震え始めた。まずいと思った時にはもう手遅れで、ラナさんは頭から、もろにラドルフの口から放出された吐しゃ物を浴びた。
 次の瞬間、空気が凍りついた。ただそこには、怒りに心を支配された鬼が佇んでいた――。

 ラドルフは即座に理解した。これは夢であると――。
 彼の目の前に仁王立ちしているその人物は、もうこの世に居ないからである。
 ――またこの夢か
 もはや何度見たかわからないその夢に、ラドルフはうんざりした。ラドルフがこの世で最も嫌悪し、恐怖し、憎悪したその人物から罵声が放たれる。
「――、――!――!!」
 耳をふさいでも直接頭に響くこの声は、只耐えるしかない。言い返そうにも声は出ない。殴り倒そうにも体は動かない。
 ――うるせぇ、黙れ糞野郎
「――!――!!」
 もはやその人物がなにを言っているのかすら聞き取れない。ただ、嫌悪感だけが積っていく。
 ――俺はもう
「――!!」
 ――お前の人形じゃねぇ!

 体温の極度な低下で、いきなり夢から現実に連れ戻されるラドルフ。ラドルフは宿屋の外で、雨ざらしにされてずぶ濡れになっていた。状況がまったくつかめずに、とりあえず屋内に戻ろうとドアノブをひねるラドルフだったが、鍵が掛かっているらしくドアはピクリともしなかった。よく見ると、ご丁寧に荷物まで外に放り出してあった。無論全てずぶ濡れである。ラドルフがこの状況を理解するのにそれから15分ほどかかったが、理解したところでどうなるわけでもない。酒と自分の相性が悪いことを再確認しながら、雨宿りする場所を探すラドルフだった。
 ただ彼がこのおかげで悪夢の内容を忘れたことは、不幸中の幸いであったと言えるかもしれない。

       

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