Neetel Inside ニートノベル
表紙

中年傭兵ラドルフの受難
奇襲と復讐者たち

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 表通りの露店でラドルフは肉をはさんだパンを買って、歩きながらかぶりついていた。ラドルフが今考えるべきは、これからどうするかである。当分はツケ飯を食ってゆっくり安全な仕事をこなしていく予定だったのだが、ラナさんのあの怒り様ではそれも無理だろう。とゆーか、寝る場所すらままならないかもしれない。幸いミハエルと偶然再会したことで、当初の予定よりは金にかなりの余裕がある。しかし、戦争が始まろうとしているこの時期に蓄えはいくらあっても足りないだろう。いざという時に、資金が足りないなんて状況だけは避けたい。寝床に関してはどっかの馬小屋にでも厄介になるとして、問題は食料だろう。戦争の準備として国が結構な量の食料を買い集めたはずなので、物価はかなり上がっているはずだ。こればかりはケチるのは難しいだろう。
 そんなふうにラドルフが考えているとモルドとメリー、ジーノの三人とバッタリ出会った。
「あれ?こんなとこでどうしたんですか?」
 メリーがラドルフに気付き声をかけると、それと同時にジーノがラドルフの後ろに隠れて服の裾を握り締めた。ジーノの珍しい反応にラドルフは首をかしげたが、とりあえずメリーの質問に答えた。
「まあ昨日ほとんど、胃の中をぶちまけちまったからな。そこの露店で朝飯買ってたんだよ。お前らはどうしたんだ?」
 ふとラドルフがモルドの方を見ると、モルドは申し訳なさそうに目をそらした。
「何言ってるんですかぁ。私たちは朝の買い出しですよ」
 なぜかメリーの機嫌がやたら良かった。心なしか肌がツヤツヤしている。ジーノはラドルフの後ろに隠れたままだ。
「そうか。まあ、ちょうどよかったよ。ジーノを迎えに行く手間が省けた」
「え~。ジーノ君連れてっちゃうんですかぁ」
 メリーがそう言った瞬間、ジーノのラドルフの服を掴んでいる力が強くなった。なんとなくだが、ラドルフはジーノの怯えた様な仕草の理由を聞いてはいけない気がした。そんな風に考えているところで、モルドがメリーを諌めた。
「ほれ、わがままを言ってないで行くぞ。さっさと仕入れを終わらさにゃあならんのじゃからな」
 その後モルドに引きずられるようにして、メリーは市場の方へと連れて行かれた。
 ようやくラドルフの陰に隠れるのをやめたジーノを見てラドルフは、こいつがいるならば食費は随分節約できことに気付いた。まあ始めから気付いてはいたのだが、このままジーノのサバイバル能力に頼りっきりになると、どっちが保護者なのか分からなくなりそうだったからである。明らかに年下に食わせてもらっているこの状況は、あんまりなのではないかと思ったわけだが…。まあこれもいつかジーノが自立するための修行と考えればいい。そんな言い訳だらけの考えで自身のちっぽけなプライドを守ったラドルフは、さっそくジーノに食料を集めさせることにした。
 街のはずれの湖周辺の森に二人は来ていた。毎度のことながら、ジーノは狩りをラドルフはたき火の準備をした。準備の終わったラドルフは、二日酔いがまだ残っているのか横になっていた。
 もはやダメ人間以外の何者でもないラドルフに、後ろから話しかける声がした。
「よお、ラドルフじゃないか」
 ラドルフはだるそうに振り向くと、意外な顔に驚きを隠せなかった。
「ラ―ジャックか!?随分と久しぶりだな。最後に会ったのは2年前くらいか?」
「2年と3カ月半ってとこだな。互いに命があって何よりだ」
「こんなとこでどうしたんだ?」
 ラ―ジャックは頭をポリポリ掻きながら苦笑いをすると、ラドルフの質問に答えた。
「ここ最近ずっと山道を歩いてたもんだから体が痒くってな。水浴びでもしようと思ってここへ来たんだ」
「また山賊退治か?」
「まあそんなとこだよ」
 ラ―ジャックは傭兵の中でも有名な、対集団戦闘の達人である。本来一人で複数を相手にすることは、素人相手でもリスクが高い。本来集団相手では、ラドルフのように奇襲で相手の戦力を削いでから戦うか、敵を分断して各個撃破するのが普通である。それを彼は正面から打ち破る。集団戦闘において集団側が最も嫌なのは、恐怖が伝播することだ。彼は敵を残酷な方法で殺すことによって、集団の波を止める術を心得ているというわけだ。無論かなりの戦闘技術が無いとこのようなことは不可能である。ラドルフとはまた違ったタイプの傭兵といえる。
 ラ―ジャックは水浴びを済ました後で、ジーノの調達してきた晩飯を一緒に食べることになった。
「しかし、お前が弟子をとるとはなぁ」
「まあ、成り行きでな。お前は弟子とか取らないのか?」
「何かを残すことに興味は無いな。技もガキも。俺は過程さえよければそれでいいんだよ」
 相変わらずなラ―ジャックの考え方にラドルフはあきれた。ラドルフがたき火で焼いている肉をもう一つ取ろうとした時に、ラ―ジャックは少し考えるような仕草をした。
「ん?どーしたよ?」
 問いかけにラ―ジャックは目線をラドルフに合わせると、真剣な表情で話し始めた。
「そう…だな。ちょうどいいかもしれん」
 真面目な雰囲気に、ラドルフは食べるのをやめて話を聞くことにした。
「お前に手伝ってほしい仕事がある」
 意外な内容に眼を見開くラドルフ。ラ―ジャックは凄腕の傭兵だ。それこそ単身で山賊団や盗賊団をいくつも潰してきた男だ。昔ラドルフとラ―ジャックが共同で依頼をこなした時も、あくまで依頼人の意向で仕方なくだった。そんな男が手伝ってくれと言ってきたことに、ラドルフは驚きを隠せなかった。
「やばい仕事なのか?」
「ある傭兵を殺す仕事なんだが、俺一人で勝てるかどうかわからなくてな。お前は奇襲攻撃が得意だし俺と目標が戦っている隙に…」
「俺が不意打ちで殺すってことか」
 ラ―ジャックは頷いて肯定した。ハッキリ言って悪い仕事ではないだろう。たとえラ―ジャックと同レベルの傭兵だろうと、不意を突けば致命傷を与えるのは難しくは無い。仮に致命傷を避けられたとしても、何らかの手傷くらいは負わせることができるだろう。今は少しでも稼いでおかなくてはならない。
「わかった。その仕事を受けよう」
 ラドルフはそう言ってラ―ジャックと握手を交わした。

     

 それからラ―ジャックは準備があるということで、2日後に出発することになった。目標は隣の町に居るらしく、三人は時間を少しでも短縮するために、遠回りな街道を行かずに山道で行くことになった。
 ある程度山に入った辺りで、ジーノがきょろきょろしていることにラドルフは気付いた。ラドルフの後ろを歩いていたジーノに半身で話しかけようとした瞬間、ラドルフの左目に何か液体のようなものがかかった。急に左目を鋭い痛みが襲い、開けることができなくなった。その様子をラ―ジャックは舌打ちをしながら、間合いを取って睨んでいた。
「ラ―ジャック!どういうつもりだ!!」
 左目を押さえながら叫ぶラドルフに、冷ややかな視線を浴びせると剣の柄を握ってラ―ジャックは答えた。
「残念だが目標などはじめから居ない。騙して悪いが仕事なんでな。死んでもらう」
 そう言うとラ―ジャックは腰に差した曲剣を抜き放ち、ものすごい速さで突っ込んできた。ラドルフは慌てて短剣でガードすると、ジーノの投げナイフの援護のおかげで何とか距離を取った。ラドルフの背中に冷ややかな汗が流れ落ちた。
 ハッキリ言って、さっきのガードはまぐれである。ただでさえ剣の技量はあちらに分があるというのに、こちらは左目が見えず距離感がつかめない状況だ。逃げるのも無理だろう。背を向けた瞬間、切られるのは目に見えている。打つ手が無い。ラドルフの頭に、死のイメージが徐々に広がっていった。
 ラドルフは小さく息を吐いて覚悟を決めると、背中のバスタードソードブレイカ―の留め金を外して、地面に突き刺した。剣を握る力が自然と強くなっていき、呼吸も乱れてきた。極度の緊張の中ラ―ジャックの踏み込みに即座に反応したラドルフが、バスタードソードブレイカ―を使ってガードしようとした。だが思いのほかラ―ジャックの踏み込みが鋭かったため、ラ―ジャックにバスタードソードブレイカ―の柄を掴まれてしまった。薙ぎ払われるラ―ジャックの曲剣、それを防ぐために破れかぶれでラドルフのダガーがその軌道上に突き出された。
 二人は絶句した。己が眼を疑うとは、まさにこのような状況を言うのだろう。ラ―ジャックの太ももに深々と突き刺さっている短剣を見て、ラドルフはそんな風に思ってしまった。勿論その短剣はラドルフが刺したものではない。
「ぐがああ!!」
 ラ―ジャックは苦悶の表情と共に、傷口を押さえて地面に倒れた。
 バスタードソードブレイカ―を地面に刺した時に、ラドルフの後ろに居たジーノが小柄な体を最大限利用して、剣の陰に隠れていたのだ。ラ―ジャックが曲剣を薙ぎ払った瞬間その陰から飛び出して、奇襲を行ったのである。これに気付かなかったのはラ―ジャックが本来、多人数を相手に戦うことが多かったため、足元よりも周辺に注意を払う癖があったせいである。ジーノの姿が見えなくなってからは、遠距離から投げナイフの攻撃があると踏んでいただけに、この奇襲は凄まじく効果的だった。
 ラドルフも軽く足に斬撃が掠ったが、歩けないほどの怪我ではない。圧倒的不利な状況から起死回生の一手を正確に行ったジーノは、もはやラドルフ以上の戦闘力を持っているだろう。声を失った少年の力への執着。昔モルドが言っていたが、人を愛することのできる人間が復讐者になることほど厄介なことは無いという。ジーノもその口なのかもしれない。家族を愛していたが故の憎悪、そして尽きることの無い復讐心。それは強さを求める原動力としては申し分ないものだろう。ラドルフはそんな風に考えながら、傷口を押さえて地面に這いつくばっているラ―ジャックを見下ろすジーノの姿を見ていた。
 怪我をした足を軽く引きずって、ラドルフはラ―ジャックにとどめを刺そうとした。
「所詮捨て駒か…。役に立たない男だ」
 木の陰から聞こえるどこか聞き覚えのある声に、ラドルフは絶句した。
「まあいい。結局貴様が死ぬことに変わりは無い」
 傲慢な物言い、芝居がかった口調、間違いなくこいつはいつぞやの貴族のボンボン騎士だ。周りの草陰から傭兵らしき人影がぞろぞろと顔を出した。20人近くいるようだ。周囲を横目で確認すると、ラドルフは正面の騎士を睨みつけた。
「同じ貴族としてせめて私が葬ってやろう。なあ、ラドール・F・リーデンよ」

       

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