Neetel Inside ニートノベル
表紙

中年傭兵ラドルフの受難
仕事としての殺し

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 さて、ラドルフがミハエルとともに街を出て半日、荷馬車の上で二人は互いのことを話しあっていた。
「ほお、じゃあこの荷物は全部酒なのか」
 ラドルフはちょっとばかり物欲しそうな目で荷物を見る。
「ええ、レジーナ教の祝日にはこのお酒がないと始まりませんから」
 体を前に戻してラドルフは首をかしげる。
「でもそれならよ、わざわざこんなとこから持っていく必要があるのか?祝日にこの酒がいるなら向こうの連中は買い置きしててもおかしくは無いんじゃないか?」
 ミハエルは得意げな顔でそれに答える。
「それがですね、あの地方で特殊な虫が発生してるんですよ。なんでもアルコールに群がる習性があるらしくて、あっちで作られる酒の大半がやられているらしいです」
 ラドルフは少し感心した。このミハエルという少年は、ヘラヘラした感じで何も考えていないのかと思っていたが、やはり腐っても商人、他地方の情報もしっかりチェックしているようだ。
「しかしラドルフさんのその剣、変わった形してますね」
 そう、ラドルフの背負っている剣は少々変わっている。大まかな形は標準的な大剣、いわゆるバスタードソードなのだが、刃の片側にはいくつもの切れ目のようなものが入っているのである。
「ああ、これか。まあこれは俺の師匠のお下がりなんだ。師匠はこいつのことをバスタードソードブレイカ―だって言ってたよ」
「てことは、バスタードソードを壊すための武器ってことですか?」
 ラドルフは少し唸ると、思い出すような表情で答えた。
「まあそういう一面もあるだろうがな。これも師匠に聞いた話だが、バスタードソードのバスタードってのは雑種を意味するらしい。切る、刺す両方に対応できる剣の雑種としてバスタードソードってのはできたらしい。」
 今度は逆にミハエルが感心していた。
「要はその切る、刺す為のバスタードソードにさらにソードブレイカーの要素を入れたのがこのバスタードソードブレイカ―何だそうだ」
 ラドルフは心底あきれた様なしぐさをしながら話し続けた。
「しかも、師匠の特注品で強度重視で作られたせいか、普通のバスタードソードより一回り大きいだけじゃなく、重さは10倍近くある」
「10倍ですか!!」
 ミハエルはのけぞってしまうほど驚いた。
「まあそのおかげで、俺には使いこなせんがね」 
 その言葉に違う意味でも驚いたが、ミハエルはジト目になってラドルフを見た。
「じゃあそれはハッタリですか?襲われても護衛できませんなんてことは…」
 ムスッとした顔でラドルフは答える。
「人聞きが悪いな。襲われる前から、襲われにくくするためにこんなでかい剣背負ってるんだ。それに俺の本来のエモノはこっちだ」
 ポンポンとラドルフは腰に帯刀してある短剣を叩いた。ミハエルはあからさまに不安そうな顔をしていたが、面倒なのであえて無視することにした。

 街を出て4日後、治安の悪いとされる山道に差し掛かろうとしていた。
「そういえば、治安が悪いって具体的にどんな感じなんだ?」
 ミハエルは懐から手帳を取り出し、確認しながら話し始めた。
「ここらで出るのは農民が小遣い稼ぎでやってる強盗のようなものですね。数は5人から7人。奪うのはお金のみなので保安騎士たちも証拠を押さえられず、捕まえられていません」
 ラドルフはあきれたような顔をした。
「どれだけ役立たずなんだ連中は」
 ミハエルはさらに続ける。
「どちらかというと、農民の方たちが上手くやっているみたいですね。これは噂ですが、儲けの何割かを賄賂として渡してるらしいです」
「ん?てことは、もしかして死人は出てないってことか?」
 ミハエルは手帳をめくって確認すると、にっこり笑って答えた。
「ええ、そうみたいですね。でもよくわかりましたね」
「無能な保安騎士たちにもメンツってのがある。死人が出てる状況を長い間放置してたら、どれだけ隠しても噂で広まってしまうしな。それで、だ」
 ミハエルの方をまっすぐ見て、ラドルフは訊ねた。
「どうするつもりなんだ?農民どもにくれてやる金なんてないんだろ?」
「一応それなりの額のお金は持ってますが、あくまで関所を通るためのお金ですからねぇ」
 意味ありげに俺の方を見て、申し訳なさそうな顔をするとミハエルは頭を下げてきた。
「とゆーわけで護衛、よろしくお願いします」
「結局すべて俺任せか。まあ、それが仕事だしな」
 ラドルフは自分に言い聞かせながら馬車の荷台に行くと、何かを仕込み始めた。

     

 月明かりしかない夜、馬車は例の山道を走る。夜の山道とはいえ、満月のおかげで道ははっきりと見えた。しかし、草陰には明らかに不審な影がいくつも見受けられた。
「ふん、暗がりにまぎれて突破するつもりみてぇだなぁ」
 ひょろっとした男が口を歪ませて笑っている。その後ろにも数人いるようだ。
「なあ、もうやめた方がいいんでねぇか?」
 ひときわ大きい男がオドオドしながらひょろい男に訊ねた。ひょろい男はしょうがねーなと言わんばかりにでかい男の肩、いや腕を叩くとなだめるようにして言った。
「大丈夫だってぇ、今までもうまくいってたでねぇーか。それに、ただでさえ貧乏騎士どもに、なけなしの金で賄賂贈ってんだ。ここいらで稼いでおかんと赤字になっちまわーな」
 いつもならここでしぶしぶ引き下がる大男が、今日に限って反論した。
「でもぉ、今回は護衛の剣士がいるみたいだしぃ」
 いつもより食いついてくる大男に、ひょろい男は若干うんざりしていた。
 そんなやり取りをしてる所に、下見役の男が走ってきた。
「どうやら護衛の剣士は荷台で寝てるみてぇだぞ」
 ひょろい男がでかい男を愉快そうに叩きながら話した。
「ほれみろ、連中は闇にまぎれて突破できるとみて油断してやがる。おめぇはいつもみてぇに後ろにどんと構えて睨み利かせてりゃあいいんだよ」
「わがったよ」
 大男もしぶしぶ了承し、彼らは山道を先回りするために移動しだした。

 山賊まがいの農民たちは、皆顔を隠すとあらかじめ木や草の少ない場所に油をまいた。馬車の音が近寄ってくる。ひょろい男の合図で馬車の前と後ろの道を火で遮る。火付けに2人、馬車を取り囲む男たちが4人、計6人である。
 その様子を、ややその場所から離れた場所でラドルフは見ていた。もともと連中の手口はミハエルから聞いており、場所も木や草の少ないこの場所と決まっていたので、連中が気づく手前で降りておいた。もちろん荷馬車には毛布をくるめてダミーを作ってある。取り囲む連中は、馬車の中に居ると思っている剣士を警戒して周りへの注意が散漫になっている。火付け役の二人が取り囲んでいる連中に合流したのを見て、ラドルフは背中のバスタードソードブレイカ―の留め金をはずした。
 仕留めるのは、一番強いであろう敵。あの一回りでかいやつ。体をできうる限り低い体勢にすると、ラドルフは深く息を吐いた。クラウチングスタートの片手で地面に手を付けた格好、もう片方の左手は背負った剣の柄を強く握っている。
「――ッ」 
 目を見開いてラドルフは疾走する。低い体勢はそのままに、スピードだけを上げ続ける。右手はすでに左手と共に剣の柄を握っている。目測でラドルフは剣を振り下ろすまでの歩数を読み取った。
 ――あと24歩、まだ遠い。
 ――あと20歩、誰かがこちらに目線を向けた。
 ――あと12歩、ラドルフから最も遠い位置に居る男が声を上げた。
 ――あと6歩、修正、あと7歩、思いのほか地面の凹凸が激しい。
 ――あと3歩、大男が振り向いた、だがもう遅い!
 ――あと1歩、大男は持っていた剣を苦し紛れに構える。

 ラドルフは一本背負いのような格好で背中から剣を振り下ろす。
 頑丈過ぎるこの剣は、切れ味は大したことは無い。しかし、頑丈過ぎるがゆえに通常の剣よりもはるかに重い。よってこの剣は切るのではなく叩き壊す。スピードに乗ったそれは通常兵装では防げない。使い手が素人の農民ならば尚のこと。防御を選択した時点で大男の運命は――。

 轟音と共に剣は振り切られた。あまりの威力に地面はえぐれ、剣は突き刺さっている。その周りにさっきまで大男だった肉塊が散らばっていた。周りの連中は突然のことに目をぱちくりしている。一番ラドルフに近かった男が自分にかかった血を見て絶叫した。
「あ…、え?なあああああああああ!!」
 ラドルフはすかさず腰の短刀を取り出すと、絶叫していた男の喉笛を掻っ切った。その男は喉を押さえてうずくまったが、やがて動かなくなった。
 ラドルフは一言もしゃべらずに残りの連中を睨んだ。
 すると、一人が叫びながら走って逃げだすのをきっかけに、皆散り散りになって逃げて行った。
 その光景を見ていたミハエルはハッと我に返って、ラドルフに駆け寄った。
「怪我とかは大丈夫ですか?」
 ミハエルは顔を覗き込もうとしたが、ラドルフに払いのけられた。
「さっさと行くぞ、増援とかが来ないとも限らねぇ」
 ミハエルはその時のラドルフの声が、今まで聞いた誰の声よりも恐ろしく聞こえたが、その時のラドルフの横顔は今にも泣きそうに見えた――。

       

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