Neetel Inside ニートノベル
表紙

アース・ジ・アース
第六話

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「時間だ」
 金田が呟くと櫻井浩美は立ち上がった。
「とりあえず、おめでとう――ってのは変ね。どうせまたすぐ来るんだから」
 櫻井は微妙な笑みを浮かべた。
「あんた大丈夫なのかよ? 一人で」
「初めての金田くんが心配することじゃあない気がするけど?」
 櫻井が片目をつむってみせた。
「それにあなたのくれた変なキャンディのおかげで空腹はしのげそうだし」
 カラスやヘビの怪物も問題だが、それと同じレベルで問題なのが空腹だった。コンビニもスーパーもない。野草すら今回はない。
大抵の場合水も食料も期待できないから、食料は来るときに持ってこなければならない。櫻井は七回もこの世界に来ているから、当然わかってはいる。
それでも、いつでも万全を期せるわけではない。呼出はいつも突然だから。
「変なじゃない。白蛇タブレットだ」
「別にいいけど、よっぽど好きなのね。五千円も買うなんて」
「……それについては言及しないでくれ」
 金田が口を濁すと、櫻井は不思議そうな顔をした。
 
 結局、カラスの後には何事も無く、金田彬他数名が持っていたお菓子で飢えをしのぎながら時間を過ごしていた。
 最初にもがながもとの世界に戻り、その後は次々と。最後に残ったのが金田と櫻井だった。
 金田はポケットから携帯を取り出した。
「みんなの番号はちゃんと入ってる? 戻ったらすぐに次の準備すること。それとスキルはちゃんと考えておきなさい」
「おねえさんぶるなよ」
「そんなつもりは……あるかもね。あなた似てるのよ。私の弟に」
「本物かよ」
「嘘。弟なんて……いないわ」
 櫻井はあまり冗談がうまくないらしい。
 金田は女の子を残して先に行くことに引っ掛かりを感じてはいたが、帰還は時間順なのでどうしようもなかった。
「そんじゃあ行くわ」
「それじゃあ、またこっちで待ってるわね」
「笑って言うとこじゃないだろ」
 お互いにくすりと笑う。
 コールボタンを押した。スッと消えていく金田を櫻井が見送った。

 金田は気づくと自分のベッドの上にいた。
「帰ってきたのか?」
 帰ってきたのだ。
 金田は携帯をひらく。待受の画面に表示された着信履歴と受信メールの件数がひどいことになっていた。先日の渡辺依衣子からの十通、十件前後なんてのは数じゃないくらいの数だ。
 彼のお腹が鳴く。二日とちょっとタブレットキャンディしか食べるものがなければ腹だって空く。携帯を閉じて、立ち上がった。ラーメンでも作ろうと思って。
 そういえば、と金田は携帯をまた開いた。日付を確認すると異世界に行く前から一日半程度しか経っていなかった。
「時間の流れが早いのか? でもな」
 滞在時間のことも考えれば法則はありそうでないような気がした。
 また腹が鳴く。
 一階に降りてやかんに火をかける。冷蔵庫の横の棚からカップ麺を三つ取りだして、ビニールをはずす。蓋を半分開け、かやくと粉末スープを取り出す。かやくを麺の下にあけて、お湯が沸くまで待つ。
 その間に着信とメールを見る。メルマガや藤間からの少数のメールののぞいた、約三分の一が依衣子で約三分の二が姉からだった。
 金田は髪の毛をかきむしり、難しい顔をしている。返信するべきかどうかを悩んでいた。
 心配をかけたのだろうから、するのが人として当然なのだが、二人ともうるさかった。
 金田の母親は離婚していて一緒にはくらしていない。父親も仕事が忙しいらしく家には滅多に帰ってこない。
 必然的に姉が親代わりであり、父親で母親なのだ。その分、金田は姉に頭があがらない。
 門限があるわけでもないし、二、三日家を空けたところでそれほど怒られるわけではない。
 ただそれは連絡があれば の話だ。金田姉はそういうところは厳しかった。
 二日も無断で外泊などしてようならそれはもう偉いことになる。ちょっとそこらで拷問されてる方がマシなんじゃないか、と思うくらいだ。
 面倒見のよすぎる幼馴染もけんけんとうるさいし、母親が二人いる気分だった。
 情けなく悩んでいるうちにやかんがぴーぴーと鳴り出した。ピーピーやかんに憧れて、姉がわざわざ、ぴーぴーなるキャップを買ってきたのだ。
 カップ麺にお湯を注ぐ。待つこと五分。いい香りがしてきた。
 ちょうどその時、携帯が『うめえなあもう』を歌い出した。画面には姉の文字。
「鬼より怖いぜ、俺の姉のほうが――なんてな」
 替え歌を歌ってからだ。大きく。大きくため息をついて、金田は携帯をとった。

       

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