Neetel Inside 文芸新都
表紙

冒険者稼業。借金返済額1億G
初仕事.後編

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「茸、みつかんねーな」
さっきから色々歩き回っているけれど全く見つからない。
それにしてもあの男は流石に俺たちより手馴れているだけあって頼りになった。
迷わないよう木々に目印をつけたり変な音を聞きつけると黙って動かないように指示したりなど冒険者と言う風格は少し漂わせていた。
「まだ見つからないとは決まった訳じゃないよお兄さん」
「うおっ! いつのまに隣に?」
「うん? 今さっきだけど」
驚いて声を上げると前からでかい声だすなと怒鳴られた。いや、でかい声だしてんのはお前だと言いたくなってしまう。
どうにも気まずく前を向いていると視界が開けた広場にでるらしかった。
ザザッっとどこかで木々が揺れる音がした。
「ねえお兄さん。さっきはあんな事言っちゃったけどさ、本当に僕お兄さんの事気に入ってるんだよ。良かったら次の仕事も一緒に―――」
ぶとちっという何かが千切れる音と共にびちゃっと何かが地面に零れる音が耳に届く。
俺はこの音を知っている。
「あっ……」
あのびちゃっという嫌な音は、地面に大量の地が零れる音だ。
目の前のあの少年の腕が半分なくなっていた。
「あ………ああっ! あああああ!!」
絶叫が森に木霊する。
「なんだ、なにがあった!?」
先頭から男が駆け寄ってくる。
何もかもがスローに思えた。なにがおきているのか全く理解できない。
「いつっ」
鋭い刃物で切り裂かれる痛みが腕に走る。見ると血がそこから流れていた。
気配を感じて木々の奥を覗く。
いた。奴らはそこにいた。
ただじっとこちらを見つめていた。口に誰かの腕をくわえて、鋭い爪からは血が滴り落ちていた。
目が合った。言いようの無い恐怖が身体に走る。
殺されるっ!
「痛いイタイイタイいたい!」
喚き声でやっと我に返った。恐怖感はまだあったが自分がなにをすべきか把握する。
「ば、化物だ! 化物があの奥でこっちをみている!」
「なんだとっ!?」
少年の腕からとどめなく溢れる血を止血している男が手を止めてこちらを見る。
すぐに剣を持って立ち上がった。止血の方は他の奴に任せたようだ。
「どこにいる!」
「そ、そこのっ」
あれ? いない。
夢? 幻覚? 違う! 
あそこに本当にいた! 俺のこの腕の傷が痛みで叫び声を挙げる少年が、目が合ったときのあの恐怖感は本物だ!
それは紛れも無い証拠なんだ!
「ほ、本当にっ、いたんだ! 目、目が合ってっ」
「わかってる! 獲物にばれたんだいつまでもそこにいるわけが無い。違うところで、けどすぐ傍で俺たちを狙っている!」
えもの……獲物?
俺たちが? あいつらの……
「どんな奴だったんだ。なんでもいい!」
周囲に隙なく目を配って警戒しながら問い掛けられる。
け、毛むくじゃらで、犬のような牙があって、鋭くて長い爪をもっていて。
黄色の、恐ろしい目だった。
「お、狼だ……狼が立ってた! 人間みたいに!」
「……なんてこった……」
男の瞳から失望の色が伺える。
「だめだ。俺たちじゃ敵わない。狼男だ」
狼男。満月の夜に狼になる。人を襲って食らう。
そんなものただのおとぎばなしだとおもっていた。
「狼男なんて俺だって見た事無い。俺よりずっとレベルの高い冒険者じゃなきゃ、全滅だ。終りだ……」
男は張り詰めていた緊張を解いてだらしなく腕を下げた。
もう諦めているのか。俺達はここで死ぬのか。
ここで死ぬ。死ぬ……嫌だ。
俺は死にたくないっ! 死にたくない!
「な、なんとかしろよ! お前折れた地よりずっと経験者なんだろうが!!」
「無茶言わないでくれ……俺なんかただの駆け出しだ。確かにお前らなんかよりはずっと経験があるけど、そんなの大したものじゃない」
男が剣を下げて警戒を解いたからか、じりじりと気配が歩み寄ってくるのが分かる。数はさっきより多い。一匹じゃない。
分かる。奴らは抵抗の無い俺らを食うつもりだ。
「ぁぁっ……こんなことなら受けなきゃ良かった……報酬に目が眩んじまった……」
そんな嘘だろっ。嘘だろ!?
唯一頼りになると思っていた男は諦めて蹲っているし、さっきまで俺と親しくしていた少年は腕を無くして身心ともに憔悴しきっている。
他の奴らもそうだ。俺と一緒で恐怖と困惑と諦めの色が渦巻いている。
いや、違う。俺は諦めちゃいない。
「戦うんだ……戦うんだよ!」
「………」
返事は無い。
いたいいたいという消え入るような声だけが耳に届く。
「俺は死にたくないっ! 死ねるか! こんな所で死ねるか!! 立て! たって剣を取れ!」
襟首を掴んで男を持ち上げる。
俺の剣幕にたじろいでいたが徐々に蔑むような目に変わった。
「無理だって言ってんだよ……どのみちここで死ぬんだ。だったら抵抗して痛い思いするよかここで自殺でもしたほうが楽ってもんだ」
ちらりと少年を見る。
苦しそうに荒い息を吐き、顔は真っ青で脂汗が滲んでいる。
「きさまぁ……!」
掴んだまま思いっきり殴り飛ばす。衝撃に耐え切れず手を離してしまい男は吹っ飛んだ。
「命令だ! お前ら全員剣を取れ! 戦わないなどとぬかす奴は俺が斬る! すぐに死ねると思うなよ!」
自ら剣を抜いて男の目の前に突きつける。
今は少しでも時間が惜しい。いつやつらが飛び掛ってくるかわからない。
仕方なくといった仕草で剣を取る。
他の奴らもフージュをぬいて全員剣を抜いた。
「絶対生きて帰るんだ! うおおおお!!」
雄叫びをあげて自らを奮い立たせる。
震えるなっ震えるなっ俺の体! 
「うおおおおおおおっ!!」
もう一度雄叫びを上げる。
恐怖による震えはとまった。少し剣が震えているのは、武者震いだ。
俺の二度目の雄叫びを合図に奴らは飛び込んできた。
「うわああああ!!」
気合など呼べないような叫び声で相手に斬りかかる。
すれ違い様に頭をかがめて首を狙った一撃を避け、腹を思いっきり斬りつけた。
相手が跳びこんできてくれたおかげでその勢いも相まってダメージは相当なものとなる。
「ぐぎゃぁあああ!!」
聞くのも不快にさせるような叫び声が響く。
俺の攻撃を受けた仲間を見て連中は少し警戒したようだった。
涎をたらし荒い息を吐きながらゆっくりと俺たちの周りを旋回する。
「さぁ……来るならこい」
剣を構える。数は……1、2……4匹か。
数の上じゃ一応こっちが上だ。ちらりと男を見る。
闘志がきちんと宿っていた。大丈夫だ。他の奴らも震えているけれどきちんと気力は持っている。
そうだ。皆俺の攻撃を見て自信を取り戻したのだ。剣がきかない訳じゃない。
奴らだって怪我をして血を流す。
右から敵が襲い掛かる。上手くかわして剣を横一文字に払う。首を狙ったはずだが結果は肩を少し切り裂く程度で終わった。
「ちっ……っ!」
すぐに左からの敵に爪で切り裂かれた。肩から胸にかけて抉られる。
「ぐぁぅぅっ」
痛みに悶える。こんな痛み初めてだ。
痛い痛い痛い。いたのは嫌だ。苦しい。息が上手く出来ない。
血が服に滲んでいく。思ったより出血は浅い。致命傷には至っていないが十分大きな傷だ。
「ぅぉおおおおん!」
追撃をよけようとすると上手く足が動かず転倒してしまう。
やばい。殺されるっ。
とどめを刺さられる。
「うわあああ!」
目をつぶって剣を思いっきり上に突き出す。ただ恐怖心で何も考えていなかった。
ずぶり、と肉に刺さる嫌な感じが手のひらに伝う。
「ぐがが……」
目を開けると剣は胸を刺し貫いていた。
相手の体重のおかげで貫通しているらしい。
「はぁっ……はぁっ……」
助かった。
そう思った瞬間ぐるりとあの黄色い目が俺の目を捉えた。
「ひっ……うわあああ!!」
剣をはなして転がる。
けれどそれっきり奴は動かなかった。ただ、怨めしそうにずっとこちらを見ていた。
「大丈夫かっ」
男がこちらを心配して近寄ってきた。
俺はあまりの恐怖に失禁してしまっていたが、そこまで気が回らなかった。
「あっ……いや、まあ。俺も初めてはやった。こっちも共同で一匹やったんだ。皆酷い傷だけれど……あんたは独りでやったのか。凄いな」
見ると一匹の狼男が倒れている。
よかった。これで安心……じゃない。
「ああ……あ、あと二匹っ! あと二匹は!?」
慌てふためく俺を見て男は可笑しそうに笑った。
なにが可笑しいって言うんだ。今は生死に関わるんだぞ。
「大丈夫だ。仲間が二匹やられたのを見て逃げていったよ。ただ、遠巻きにこちらを見ているだろうけどな」
「そ、そうか……」
とりあえずは助かった。けれどまだ油断は出来ない。
いつ連中が再度襲い掛かってくるかわからない。もしかしたら増援を呼んでくるかもしれないし、違う連中に出会うかもしれない。
「とりあえず依頼は失敗だ。これ以上の戦闘は流石に無理なんでな。問題は……」
男は目を少年に向ける。
意識朦朧といったところだ。
「どうやってあいつを連れながら連中を撒くかだ……これは中々大変な仕事だぜ」
依頼失敗で撤退するのは俺も賛成だ。
しかしあの少年をつれて帰るとなると危険が高いか……。
だったら結論は一つだ。
「彼は置いて行く」
俺は死にたくない。こんな所で死ねない。
兄貴に会うまでは。
「はあ!? 何を言ってるんだ! 正気か!?」
「それはこっちの科白だ。いいか、彼を連れて行ってもなんのメリットも無い。あんな腕じゃ生きて帰れても……」
「だからと言って見捨てるのか!」
見捨てれる訳じゃない。
それじゃああんまり意味がないからな。
「有効活用するんだ。もう少し傷付けて血の匂いを濃くすれば連中は動けない彼を狙う」
「っ!」
「生き残る為だ。嫌なら、独りで連れて行ってやれ。俺は手助けしない」
俺の意見を飲み込むべきかどうか迷っている様子だった。
たしかに道徳的に、感情的に嫌だけれど生き残る為なら仕方ない。
きっと後悔する。けれど死んでしまえば終りなんだ。これは一つの分岐路だ。
確率の低い賭けに出るか、五分五分の賭けに出るか。
「……わかった」
腹は決まったらしい。
「それじゃあ今すぐここを出発しよう」
そうさ。生き残る為なんだ。仕方ないんだ。
きっと兄貴はこんな俺を許してくれないだろう。兄貴なら絶対助けると言う。例えどんな状況でも。
でも、そんなときになったら俺は兄貴を気絶させてでも逃げ帰る。
それが俺の生き方だ。冒険者としての行き方なんだ。
一問目のテストの解答は、仲間を見捨てる、だ。

       

表紙

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Neetsha