Neetel Inside ニートノベル
表紙

シェンロン・カイナ
20.神龍腕

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 空木師走にとって、門鐘マリは兄の友人であり姉同然の存在だった。
 海外出張ばかりでろくに帰ってこない両親よりも家族の性質を有していた人だったと言えるかもしれない。
 その葬儀を彼はサボった。
 兄やカンナに出くわすだろうという懸念もあったが、それはおまけでしかなく、彼の本心は以下のようなものであった。
(本人が死んで悲しくないのに、葬式なんかいってなんの意味があるっていうんだ、くだらない)
 喫茶店ビフレストのガラス扉には、看板娘の喪失以来ずっとクローズドの札が下がっている。
 照明の消えた店内で、師走は自分で淹れたコーヒーを小指を立てて飲んでいた。
 もう彼に飲み物を注いでくれる者はいなかった。
 近しい人が死ねば、それを機会に何か自分の中にあるスイッチのようなものが入ってくれるのでは、と漠然とした期待を抱いていた。
 ゆえに彼は殺人に手を染めたのである。
 彼にとって今の人生とは、苦痛がない代わりに、喜びもない、実在を伴わない蜃気楼の城のごときものであった。
 たとえ誰に羨まれたとしても、誇らしいどころか屈辱でさえあっただろう。
 彼は何者かにならねばならない、と強く信じていた。
 このままではいけない、その誰のものともわからぬ声が耳の奥で跳ね返り続けている。
 だけれどもう、この町にはいられない。
 騒ぎが大きくなりすぎてしまったし、なによりもマリを殺した者の存在がネックであった。
 おそらくマリを殺したのはカンナであろう。
 自分をイレギュラーと呼んで襲いかかってきたことから、彼女は特異能力者をこの世にあらざるべきものとして排除せしめんと行動しているに違いない。
 その犠牲者になるのはまっぴらごめんだった。
『夕闇が丘高校で発生した謎の焼死事件の捜査は難航を極め、失踪事件も後を絶ちません。市民たちは不安のあまり登校拒否や無断欠勤するようになっており』
 ぶつん、とテレビを消し、その暗い画面に師走の顔が歪んで映った。
 その顔はどこか猿に似ていた。
 またどこか別の町へいき、自分のスイッチを入れるきっかけを探しにいこう。
 焦ることはない、これはきっと、一生がかりの大仕事なのだから。
 殺人鬼は席を立ち、携帯電話を取り出した。少ない連絡先の中からひとつ選んで、耳に当てる。

「ああ、もしもし、ミルナ。うん、あのさ、今晩会えないかな。
大切な話があるんだ。そう、すごく大切で、今しか話せないこと」


 だけれど町を出る前に。
 とびっきりの獲物を殺してから、新しい場所へと歩き出そう。


 ミルナはマリを殺した犯人を捜すため、あちこちに出向いてここしばらく、ほとんどじっとしていなかった。師走も手伝うことはあったが、とてもミルナの速度には追いつけなかった。
 先約があって来れない、と返答されることも覚悟していたのだが、ミルナは二つ返事で密会を了承してくれた。
 待ち合わせに指定した夕闇神社は今ではすっかり廃れてしまい、初詣でかすかな賑わいを見せる他は夏祭りさえ行われない寂しい場所だった。
 林の中にひっそりと沈み込んだ社はどこか退廃的なノスタルジーを想起させる。
 賽銭箱に続く短い段に、師走は座っていた。
 辺りは闇に包まれ、木の葉の隙間から彼の丸まった背に月明かりが注がれていた。
 ぐっと組み合わせた両手が、意識せずとも細かく震えている。
 そうして、じっと見据える闇の中から、とうとう見慣れた姿が現れた。
「ちぃーっす。こんなとこ呼び出して、どしたん、師走?」
 いつもと変わらぬ気安い笑みを浮かべて、ミルナが手を挙げた。
「二人きりで話したいことがあるなんてさあ、なんだかドキドキしちゃうぜ?」
「羨ましいよ」師走は立ち上がった。
「僕はドキドキできなくて、こんなところまで来てしまったのだから」

 むき出しの土の上に立って二人は向かい合った。
 不意に、本当に告白でもしてみようかという案が師走の胸に起こった。名案どころか血迷いに等しかったが、悪くない気がした。
 想いを告げ、町を出て、二人でどこまでも遠くへ逃げるのだ。
 彼女と二人なら誰にも負ける気はしない。
 これから来る冬の寒さだって、身を寄せ合う都合のいい口実になってくれるだろう。
 カンナの追跡を一端逃れ、けれどいつか再会し、ちゃんと話し合って和解するのだ。
 そうして自分と兄、カンナとミルナで、静かな余生を過ごしていく。
 いつか遠い夜に、出会った時と同じ月を見上げながら。
 けれどそれでは。

 師走は上着を脱ぎ、シャツをまくって上半身を夜気に晒した。
 傷ひとつない華奢な肉体は彼の精神を表しているようであった。
 その目が赤く染まり、肌から金色の体毛が生えてくる。
 植物の成長を高速で再生した映像のように、あっという間に師走は黄金の人猿へと変貌を遂げた。
 裂けた口腔から、にごった涎が滴った。じゅ、と土が焼ける。
 ――そんな幸せでは、自分はきっと、満たされない。
 口を閉ざしたまま見つめてくるミルナに、師走は一歩踏み出した。
「ねえミルナ」と猿の喉から変わらぬ師走の声が出る。
「僕は悲しんでみたいんだよ。何が起こっても悲しくない、そんな自分が悲しくて、本当の悲しみってやつを知りたいんだ。
 たぶんそれだけだったんだよ」
 だからチンさんを殺した。だから兄を殺しかけた。死というものを知ってみたくて。大切な人を失えば。
 そうして次は。
「それで次はちょっと仲良くなった命の恩人を手にかけてみよーっ! ってわけね」
 平然とした態度を崩さないミルナに、師走は肩をすくめてみせた。
「君は驚かないんだね、僕が人殺しだと知っても」
 それも変人の彼女らしい、と師走が納得しかけたけれど、返答は予期していたものとは違った。

「だってまぁ、知ってたし?」

 さァ――と風が吹き木々の葉が揺れた。
「……いつから?」
「最初ッからに決まってんじゃん。最初に会った時、師走さ、殺されかかってにしちゃ大人しすぎるよ。一方的にやられたやつって、もっとびびってるもん。あんたは殺意が強すぎ」
「僕が人殺しだとわかってて、助けたっていうか?」
 師走の赤い目が細められた。
「馬鹿だな、君は。人を助けて自分が死ぬなんて、なんてひどい偽善だ。幻滅したよ」と吐き捨てるように言う。
「殺す気が少しだけ失せたけど、まァいい、許してあげよう。殺すけど」
「ごめんなさい許してぇ! なんでもするからぁ! ……っていってもダメ?」
「言い逃れなんか聞くわけないだろ」師走は力なく首を振った。
「やれやれ、ま、所詮は普通の人間だったってことか、君も。僕はどこか君を尊敬していたつもりだったけど、それは誤解だったみたいだね。
 そうか、そうだな、やっぱりただの人間が殺人鬼に勝てるはずもない、か」
「殺人鬼」とミルナは反復した。そして声をあげて楽しげに笑った。
「バッカみたい」
 師走はぶわっと毛を逆立てた。
「冗談を言ったつもりはないんだけどな」
「師走」ミルナは笑うのをやめた。
「命ってさ、ひとつだけで生きてるわけじゃないんだよ?」
 肩をすくめて、師走がため息をつく。
「わかるよ、次に君が言いたいことが。
 だからみんな助け合って生きていこう、争いなんて馬鹿らしい、とこうくるんだ。
 そして知ったような顔をして、ちゃんと罪を償おう、一緒にいてあげるから、といってハッピーエンド。ふん、くだらないな」
「零点!」
「は?」
「そんなキレーゴトは言わないっての。私が言いたいのは、殺す以上は、殺されることも覚悟しとけよ? ってことだけ」
「君が?」笑わずにはいられなかった。「僕を?」
「そもそもさァ、人殺して何が偉いわけ? だって私ら、普段から困ってる人たち助けてねーじゃん。見捨ててんじゃん。だからみんな殺人鬼と変わらない」
「それ以上喋ったら」師走はもう笑わない。「殺すぞ」
「やれるもんなら、どーぞ?」
「馬鹿、ただの人間のおまえがどうやって僕に勝てるっていうんだ。
 夢を見るのは卒業しろよ、殺し合いは麻雀遊びとは違うぜ」
「ふふふ……そいつはまだわかんない、かもよ?」
 まっすぐに腕を伸ばし、何かを封じ込めるように拳を握る。
 どこからか風が吹き、彼女の金色の髪の一本一本がそれぞれ別の生を受けたようになびいた。

「だから言ったのにさ。特別って、そんな特別じゃないって」

 彼女の囁きに呼応したように、エメラルド色の両眼が透き通った輝きを放ち始めた。
 一段と風が烈しさを増していく。
「そうか、やはり君も――」
 その音は氷が張るそれに似ていた。
 むき出しの右腕を、緑色の欠片――鱗が斑に覆い始め、それは瞬く間に彼女の腕を埋め尽くした。
 鱗といっても生々しいものではなく、滑らかな光沢が月灯りを穏やかに跳ね返している。
 師走は鎖で編まれたかたびらを思い起こした。
(あれは)
 鱗に覆われた二の腕に、切れ目が入った。その奥で、何かが光った。
(こっちを見ている――目、か?)
 師走がそう思ったのも無理はない、切れ目の奥から現れた赤色の宝玉の揺らめく光は、何かの意思を秘めているような奇妙な雰囲気を漂わせていた。絵画の中の人物たちのように。
 その宝玉はミルナの二の腕をぐるっと取り巻くように六つあった。
 師走は視線を動かし、彼女の首元を見た。
 上着の襟元から、鱗と人肌の境界が覗いている。それは彼女の首筋近くまで侵食していたが、それ以上は攻め上がっていかないようだった。
「嬉しいよ、ミルナ。そしてやっぱり幻滅した――」
 もはや人のものではなくなったミルナの腕を見、師走は歯を剥いて笑った。
「その腕じゃ、僕には勝てない。残念だけどね」
「ふふん、そんなセリフ、負けフラグだし」
 鏡合わせのように二人は身構えて対峙し、お互いの呼吸を読み合い、すぐには飛びかからなかった。
 一枚の絵になってしまったかのような停滞。
 そして時が消えかけた頃――
 風が吹き、二対の腕が烈しく激突し、風圧で足元の小石をひとつ残さず吹っ飛ばした。
 木々が揺れ、隠れ潜んでいた獣たちが逃げていく。
 ミルナの目には師走が映り、その逆もまたしかり。打ち合わせた腕の力は拮抗し、前へ進まんと震えながらも動かない。
 やがて二人は同じタイミングで後退し距離を取った。
 猿は残虐な笑みを浮かべ、ミルナはうっすらと微笑んだ。

 待ったなしの真剣勝負の幕開けだった。




<顎ノート>
スクライドのことが忘れられない……それゆえに犯してしまったAYAMATI・・・
犯したいのはAYANAMIだけどな!HAHAHA!

俺の感銘体験は、ガキの頃にバーダック(悟空の親父)に憧れて三秒でフリーザ様に消されたときと、
小五のときに、
「アニメぜんぶつまんね。人生もつまんね。なんかスカッとするもんねーかな」
とガキながらにたそがれていたときに始まったスクライド。
毎週かじりつくように正座してテレビ見てた。

俺にとって、ヒーローとは常に勝利を収める偶像じゃありませんでした。
バーダックが吹っ飛ばされたときに、誰にも子どもの頃には約束されていた「愛するヒーローの約束された勝利」は、俺にはなかったのです。
だから、もし、俺に何か恵まれたモノがあるとしたら、
「超かっけえ! なんだこいつ!」と思った数秒後に人生の厳しさと、
「負けても死んでも俺はこいつが好きなんだ」
と思わせてくれたバーダックのおかげです……。

現在にいたるまで、俺のダークヒーロー嗜好はこの二つが源泉なのです。
だから、腕一本で突撃する主人公にはいまでも憧れてしまう…
それを無理やりシマにしたのは大いなる後悔。
まあシマさんは腕一本というよりも魂一本って感じ。

主人公の腕についてですが、ピカリスでは黄金の腕でしたが、シェンロン・カイナではドラゴンボールのシェンロンみたいなお肌になってます。
タイトルの由来もここから。
投稿するにあたってシマとの関連性を打ち切ろうと思って五秒くらいで改題→シマの名前をすべてミルナに書き換える楽しいお仕事→セリフ焼き直し→腕の描写改訂。
その結果がこのZAMAだよ!

カイナにちなんで、ミルナもカイナという名前にしようかと思ったのですが、
「カンナとクリスを主役だと思わせてひっくり返す」にはミルナの名前がタイトルだとアレなんでやめときました。
小手先芸ですね。
面白いってのはもっとストレートなことなんだ!といまでは思いますが、
そのストレートが書けなくて小手先に走った哀れなAGO。

       

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