Neetel Inside ニートノベル
表紙

シェンロン・カイナ
『06 夜の公園』

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 夕方近くになると人気が緩やかに減っていき、日が沈んだ途端にパタリと町は静寂に包まれる。
 もちろん駅前のデパートやコンビニエンスストアなどは営業しているが、それにしたってこの静けさはよその町の深夜三時クラスだろう、とクリスは風を切って走りながら思った。
 原動機つき自転車に跨って一通り町を探索してみたが、カンナの姿はない。
 あのツインテールと服装は目立つので見かけながら気づかなかったということはないだろう。
 路肩にバイクを止め、携帯を取り出して画面を見る。どちらからも返信なし。
 帰宅したい思いと格闘しながら、まだ回っていない場所を脳裏に浮かべていく。バイクでは入れない狭さの路地裏、北の無人通り、そして――
(まァ、ちょっと見てみるだけだ)
 ブレーキをかけながらエンジンをかけ、クリスは走り出した。
 行く先は夕闇が丘公園。三日前、ホームレスが殺害されたところだ。

 ヘルメットを外し、クリスは実に七年ぶりにその公園に足を踏み入れた。
 懐かしさのあまりに遊具や木を見回すが、そこが殺人現場だと思い出してぶるっと震える。
(いなければいい。いなければ、帰ろう)
 今まで意識していなかったが、今夜は風が強い。横から煽られて木々が鬱陶しそうに揺れていた。
 中央に大きな滑り台がある。その裏側にある茂みに秘密基地があるはずだった。
 そおっと回り込んでいく。冷たい夜気に包まれているにも関わらず、額から一筋の汗が流れた。
 そして、草むらに半ば隠されるようにして、そいつはいた。
 心臓が、ふわっと持ち上がった気がした。
 夜と同化するかのような黒いウインドブレーカー。
 フードを被ったそいつの顔は、
(猿、か……?)
 顔を覆う体毛は金色。人間には生えぬ部位を毛に覆われてはいたが、そいつはしっかりと二本の足で地面に立ち、真紅の瞳からは知性を感じ取れた。
 いや、違う、とクリスは生唾を飲み込んで己の考えを否定した。
 感じ取るべきなのは知性なんかじゃなくて――
 その時、ずっと滑り台の陰に屈んでいた疲れからか、動くつもりはなかったクリスの足が、わずかに後退し砂利を踏んだ。
 クリス自身の耳でも聞き取れるかどうかのそのわずかな音で、金色の猿はぐるっと首を巡らせて、クリスを見た。
 全身の血液がカッと燃えた。
 気づかれた。
(やばい、逃げ――)
 腰を上げかけた時、猿が若干膝をたわめた。一瞬で跳躍。蹴られた砂利がはじける。
 太い腕に首を掴まれて、ようやくクリスはその接近を知覚できた。
 眼前に口腔から熱い息を吐く猿の顔があった。口と鼻がわずかに犬のように突き出している。
 街灯を反射するそいつの目の奥に、しっかりと人間の複雑な思考の渦が流れているのが、クリスには見えるようだった。
「ぐぁっ……」
 高々と吊るし上げられ、呼吸ができずクリスの顔が見る見る間に赤くなっていった。
 わずかな抵抗として必死に足で猿の胴を蹴るが、びくともしない。
 決して猿は大柄ではなかった。体格だけなら人と変わらなかったろう。けれどその体内には紛れもなく野生動物としての強靭さが宿っており、一介の高校生にすぎない自分はただされるがままだ。
(俺を殺すつもりなのか……)
 はっきりとわかった。あのホームレスを殺したのはこの猿だ。
(なんで……)
 その時だった。
「クリスッ!!」
 突然、訪れた自由落下にクリスは受身を取ることさえままならず地面に叩きつけられた。
 風が吹いた。強い風が。
 げほげほ咳き込みながら顔を上げると、猿のウインドブレーカーが破れ、腕と足から出血していた。
 防水加工の生地を鮮血が伝わっていく。
 猿は怯んだように二、三歩後ずさった。
「大丈夫?」
 藍馬カンナは、よ、と片手を挙げた。クリスは呆然と彼女を見上げるばかり。
「カンナ……おま、なんでここに」
 トレンチコートの探偵に助け起こされながら、クリスはぼんやりと尋ねた。
 彼女は猿から視線を逸らさずに短く答えた。いつもと違った表情。見たことのない顔だった。
「話は後で。今はあのイレギュラーを始末するから」
「イレギュラーって……?」
 猿が背を向けて脱兎のごとく駆け出した。その背中目がけて、カンナは手に持った杖を掲げる。
 眼を閉じ、桃色の唇を蠢かす。どこからともなく風が吹き、彼女の髪をもてあそんだ。
「刻まれろ――ウインドセパレーターッ!」
 野生の勘か、猿が何かから身を庇うように縮こまった。
 瞬間。烈風。血飛沫。はじける、肉片。
 不可視の風に全身を刻まれ、血まみれになった金色の猿が両膝をつき、うつ伏せに倒れた。
「やった……」とカンナはどこか嬉しそうに呟いた。
「待ってて! 今トドメを刺してくるから」
 突然の出来事に呆然としながらも、クリスはカンナが意外に思うほどしっかりした声音で答えた。
「俺も行く」




<顎ノート>

ウインドセパレーター(笑)
この黒歴史な呪文(?)もこの小説のキモとなる壮大なネタだったのですがそんな小手先芸に堕ちちゃダメだね。

黒歴史呪文→顎もついに中二か→実はそんな呪文なんかなかったんや!→ΩΩΩ<な、なんだってー!

だから?って感じですな。だが私はあやまらない。

クリスの名前はシマとくっつけてシマリスって感じだった。
師走→クリスマス、結晶→クリスタル
ポケモンかよ。

シマとくっつけるならアリスの方がよかったなーって感じ。
シマいなくなったからクリスの名前にもまったく意味ないし……。
名前見るたびに外人のイケメンが頭に浮かんで困ると不評でした。


あとバトルモノは二度と書きたくねえって実感した回。
まわりからさんざバトルとかラブコメとか勧められた結果がこれさ。
あんまり恥ずかしくはない。やってみたかったし。
ただ飛ばないブタはただのブタで、ギャンブル小説を書かない顎男は走らない馬と同じなんじゃねーかなと思う。
いる意味なくね? ひねくれてない俺なんか……。

       

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