Neetel Inside ニートノベル
表紙

シェンロン・カイナ
13.さんぽ

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 平日に町中を出歩くというのは不思議な穏やかさと背徳感を覚えさせるものだ。
 愉快になることもあれば沈鬱になることもある、奇妙な時間と空間であり、無遅刻無欠席を誇る者はこの経験をしていない時点で大切なことを学び忘れていると思ってよろしい。
 本来は学校へいるべき年頃の若者二人を見る住民の視線には訝しげな色も混じっていたが、ミルナは気にした風もなく歩いていく。
 その傍若無人とも言える他人を省みない態度は、師走に親しい人を思い出させた。

 角を曲がると、チワワを連れた老婆とすれ違った。
 彼女はミルナの金髪と深緑の双眸に多大な関心を抱いたらしくまじまじと見つめていた。
 チワワがワン! と主人に「気になるからやっぱり戻って話しかけようぜ」と言うかのごとく吼える。
 その髪と眼の色は何かのポリシーなのか、と聞くと彼女は顔の前で手を振った。
 染めているわけではないのだという。
 昔は黒かったんだ、というミルナには変わってしまった髪や目、それ以外のものに未練を残している様子はまるでなかった。
「疲れないか? 人から変な目で見られることもあるだろ」と師走が聞くと、ミルナは笑って答えた。
「だって、それで髪を黒くしたり、カラーコンタクト入れたりしたら、負けたみたいで、なんかねぇ」
「勝ち負けじゃないだろ」
「いや、勝ち負けだって。それに疲れない人生なんて、なんか退屈じゃね?」
(なんとなく、わかってきたかもしれない、こいつのこと)
 師走は猿になれることを、誰にも言えない秘密を人に隠して生きてきた。マリも、カンナも、己の力をそうやって必死に隠匿してきたのだろう。
 彼女は人から奇異の目を向けられたところで、それを凌駕する視線を返すだけなのだ。
 そうするに足る強さがあるから。
 ミルナの目には、自分たちはどんな風に映っているのだろう。
 下から覗きこむと、ミルナはきょとんとした顔をしていた。

 ふらっとミルナが立ち止まったので、危うく師走は彼女の背中にぶつかるところだった。
 何もないところで急に立ちすくんだようだったが、師走が見渡すと、古い木造の民家が立ち並ぶ一画に、でんと大きな銭湯が建っていた。
 夕闇浴場、と木の表札が出ている。ミルナは当たり前のような顔をして暖簾をくぐった。
「ちょ、ちょっと」
「わわっ!」
 袖を引かれてつんのめったミルナは、少し怒ったような顔をして振り返った。
「睨まれたって困る。道具持ってないよ、タオルとか、石鹸とか」
「買えばいいじゃんか」
「財布がないんだよ。ちょっとした散歩だと思ってたから」
「仕方ないなァ。それじゃお姉ちゃんが奢ってあげるでござる」
 奢る、というのは食事の時に用いられる言葉ではなかろうか、と師走が考えているうちにミルナは番台から二人分のタオルやら石鹸やらシャンプーやらを買い込んでしまった。あっという間の早業である。
「そ、そもそも、今更になるけど、なんで銭湯なんだよ。昨日風呂入ってたろ」
「あ、見てたんだ?」
「違う!」師走の背に冷や汗が伝った。
「いや、あ、あんたがタオル持って廊下歩いてんの見たから」
「へーえ」とミルナはにやにやしながら慌てふためく師走を眺め回していたが、
「ま、いいじゃん。知ってる? 朝っぱらのお風呂って気持ちいいんだよぅ。窓から朝日がきらきらしてて。一回試してみ」
 じゃ、後で、と片手を扇子のようにひらひら振りながらミルナは女湯にいってしまった。
 追いかけるわけにも行かず、師走はしばし途方にくれたが、仕方なしに背を丸めて男湯に入っていった。
 不承不承ではあったが、なるほど確かに、極楽気分ではあった。

 変なやつ。
 だいぶ行ったり来たりした挙句、師走のミルナに対する印象はその一言に落ち着いてぴったりと馴染んでしまった。
 肌をゆで卵みたいにつるつるにして銭湯を出た二人は、あてもなく夕闇が丘を歩き回った。
 余所からこの町を訪れた人は大抵、覚えにくくて迷いやすくて厄介な作りだ、と文句を言うところを彼女は「一度通った道に二度と出くわさなくて楽しくね?」と気に入っているようだった。
 単に歩いた道を忘れてるだけの鳥頭なのでは、と言いかけ師走は全力をもって言葉を飲み込んだ。
 鼻をひくつかせて散歩を楽しむ仔犬のように、ミルナは歩いていき、今度は駄菓子屋の前で立ち止まった。
 学校帰りらしき子どもたちがランドセルを背負ったままたむろしている。
 その中でも一番体格のよい少年にミルナは手を上げて近づいていった。
「やっほう大将。元気してっか?」
「昨日も会ったろ」と大将は地面にあぐらをかいて、カップラーメンを啜っていた。
 駄菓子屋の奥を見ると、老婆が座ってこちらをじっと見つめている。側の台にポットが置いてあった。
 昔から何も変わらないな、と師走が物思いに耽っていると、ミルナは隣のアパートとの狭い隙間の中に入っていった。
 数人の子どもたちが、錆の浮いた青い筐体のアーケードゲームに夢中になっている。
 ミルナはそれを後ろから覗き込んで茶々を入れて回った。
 ゲームの順番待ちをしているのかと思えば、そうでもないらしい。
 ゲーム機の横には、出兵を待つ新米兵士の隊列みたいにガチャポンが並んでいた。
「まさかとは思うが」と師走は前置きしてから尋ねた。
「それやるつもりなのか」
 ミルナはポケットから小銭を取り出すと大きな目をきらきら輝かせて小銭を投入し、レバーをガチャガチャ回し始めた。
 小柄な彼女が屈んでガチャポンに戯れている様は、周囲の人種も相まって、一見背伸びした服装をした小学生に見えないこともない。いや、小学生を基準とするとやはり大柄、ということになってしまうか。
 そうして師走は、ついてきたことに若干の後悔を覚えてため息をついた。
 小学生に「あんたミルナの彼氏?」などと聞かれながら、彼女の散財を見守った。
 十分ほど経ち、師走が大将に倣ってラーメンを吸い込んでいると、袖を引かれた。麺を口から零したまま振り返るとミルナが俯いている。
「さ」
「財布は持ってないってば」
 ミルナはがくっと肩を落として、何度か哀れっぽい視線を師走に向けたが、彼の鉄面皮は微動だにしなかった。

 大将たちと鬼ごっこをして遊びまくり、鬼のミルナが年甲斐もなく逃走者たちを殺戮し尽くし、駄菓子屋を後にした時にはもう日が沈みかかっていた。
 鐘の音と夕飯の匂いがどこかから届いてくる。
「くっそ、超悔しいぞ。どうしても欲しかったのにさ、あの銀色で悪くてメカメカしいアイツ」とミルナはこぼしたが、そもそも師走はミルナの財布の中身が総額六百円だったことに驚愕していた。
 洗面用具を銭湯で二人分ぽんと買える身分ではなかろうに。
 肩を落として歩くミルナに、師走は精一杯の言葉をかけてやる。
「働けよ」
「絶対に嫌だ」とミルナは胸を張って答えた。ここまで堂々としていられればむしろ立派である。
 居候先の喫茶店の手伝いさえしないのだから気合の入り方が違う。
「今日一日、君と過ごしてわかったことがある」
「ふむ」とミルナは口元をほころばせて師走に寄り添った。
「何がわかったってのさ、教えておくれ」
「君は気まぐれで、わがままで、子どもっぽくて、無駄に元気だ」
「なんて言い草! 私と一緒は、つまんなかったわけ?」
 口元に微笑みを浮かべたミルナにまっすぐに見つめられて、師走はふいっと顔を逸らした。
「そんなことは、ないけど」
「よし、じゃあ決めたぞ」
 瞬きを繰り返す師走の耳に、ミルナは甘く幽かに囁いた。
「面白いものを見せてあげよう」


<顎ノート>
ううん、やっぱり、全体ばかりに気をとられて細部がつまんない感じ。
結局ただのパーツなんだよね。無機的で無意味な文章。

あとメカメカしいあいつはシャドームーンさま。
こういうさあ、わかりづらい小ネタに走るのも俺大嫌いだよ!
だから俺は俺が嫌いだよ!
でもいつか好きになるんだ。がんばれ俺!負けるな俺!

       

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Neetsha