Neetel Inside ニートノベル
表紙

シェンロン・カイナ
17.焼死

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 大切な話がある。そんなメールをもらった時、あなたなら何を想像するだろうか。
 愛の告白、重要な役目の委任、長い別れ、いろいろあるだろう。それこそ人の数ほどに。
 マリは胸に携帯電話を抱えたまま、その中でももっとも幸せな話題を思い描いた。
 そうして呼び出された音楽ホールのステージに立って、照明の下、彼を待った。
 すでに日は沈んでいる。
 闇の中に浮かび上がるステージを教師に見つかれば大目玉だが、比較的このあたりの見回りを彼らがいい加減に済ませていると、かつてカンナは言っていた。
 あまりにも嬉しくて、わくわくして、マリはもう少しで完成するマフラーを編みかけのままにしてしまった。
(一日くらい遅れたって、いいよね、ミルナ)
 今は金髪緑眼の居候のことどころではない。
 そのことにちょっと申し訳ない気がしないでもなかったが、家主は私だからこれぐらいのわがままは許されたっていいのだ、とマリは珍しく勝気に考えた。
 そうして、重いホールの扉が開き、夜の中からそいつがやってきた。
 茶色いトレンチコート。郵便に用いられるような肩かけ鞄。人の腕の長さほどの杖。暗がりの中でも妖しい光を失わない両眼。
 キャスケット帽を失った、二つに結んだ艶やかな黒髪。
 藍馬カンナだった。

「ずっとね」
 カンナはまっすぐにすり鉢上になった観客席を降りてくる。
「マリのことが好きだった。初めて会った時から友達になりたかった」
 杖を軽く振ると、先端から火花が散り、辺りを断続的に照らした。その光は余韻のように弱まりながらも長く残った。
「私にはない優しさがあって、いつも人の心配ばっかりしてるお人好しのマリが、好きで、でもちょっと嫌いで、それでもやっぱり好きだった」
 ステージの上にいるマリと、段の途中で足を止めたカンナの目線が合う。
「だから、悲しいんだ」
 竹刀袋から杖を抜き放ち、その照準を親友に向けた。
「マリを殺さなくっちゃいけないことが」
 刻まれろ。
 その呟きと共に、文字通り身を切る旋風が走った。

 マリの糸は、あまり変化されない項目ではあったが、硬度を変化させることもできた。
 ゆえに襲い掛かってくる烈風を、硬化させた糸を集めて即席の盾とし、身を守ったのは、ひとえに彼女の反射神経によるものである。
 いや、あるいは決して本心を話そうとしなかった幼馴染がぺらぺらと素直におしゃべりをした、そのことが彼女の深いところに警戒信号を放っていたのかもしれない。
 攻撃を受けたマリは、カンナとの話し合いは不可能だと判断したのだろう、咄嗟にステージから飛び降りて出口へと走った。
 無駄に口を利くよりも、脱出を優先した彼女の考えは正しい。
 すでにカンナは正気を保っているとは言いがたかった。
 杖を天井目がけて振り上げる。
「刻まれろ――ウインドセパレーターッ!」
 叫びと共にカンナが放ったのは、マリが走る前方。
 咄嗟にマリはバックステップを取って後退した。本気の殺意に目が見開かれる。
 一瞬の停滞。そこに怒涛のごとく猛襲する疾風。切り裂かれた観客席の綿が宙を散乱する。
 が、そこにマリの死体はない。
 爪から伸びた糸が天井にくっつき、彼女の身体は吊られていた。
「ウインド――」
 杖を振り向けた時にはマリの姿はもはやない。
 もう片方の手で反対の壁に糸を高速で伸ばし、リフトのように移動し終わった後だ。
 戦闘行為の経験がまったくないマリが魔術師カンナを前にしてこれだけの動きができたことは、能力を隠し持つ身として、いつかこのように暴き責め立てられる日のことを想像していたからなのかもしれない。
 その相手がまさか最愛の親友だとは、優しいマリはたとえ考えたくてもできなかっただろうけれど。
 そうして両手の糸を駆使して、マリはホールをピンボールの軌道のごとく跳ね回った。
 その動きにカンナは翻弄され、目を回しかける。
 マリが壁に飛びつき、カンナは彼女の軌道を予測して杖を振るった。
 だがマリは彼女の予測軌道とは別のルートを取った。
 トレンチコートの腹に、いつの間にか白い糸が張り付いている。
「しまっ――!」
 しゅるる、と糸が擦り切れそうな速度で縮まっていき、マリが肩から突っ込んできた。
 二人の少女はもんどり合って、段を転げ落ちる。
 激しい上下の入れ替わりの末、マウントポジションを制したのはマリだった。
「カンナ、やめて、カンナったら!」
 両手を掴んで、もがくカンナを必死に押さえつける。
 下から見上げてくる目は血走り、真っ赤だった。
 唸り声を上げて、抵抗するカンナは優しいマリでなければ獣と表現しただろう。
「もうやめて! 私、このホール中に見えない小さな糸を張ったの。気づかれないように。だから、動かないで、ヘタに動いたら、首飛んじゃうよ!」
 嘘だった。
 少しでも躊躇が生まれるかと思えば、カンナは今まで以上に激しくもがいた。
 こうなったら、本当に、首を糸で絞めて気絶させるしか――
 そうして、優しいマリはそこで迷った。そして、やれ、という声を心の中から聞き取った。なのにさらに迷った。
 それでも勇気を振り絞ってカンナの首に手をかざした時。
 奇跡が起こった。
 ぽた、とカンナの頬に雫が滴った。つう、と滑らかな肌を滑っていく。
 あっという間にその数は増していき、とうとうマリとカンナを叩き始めた。
 雨が降ったのだ。
(嘘、だってここ、ホールの中――)
 そして、自分が雨の中にいる、その事実に気づいた時、マリの全身が総毛だった。
 はっとしてカンナを見下ろす。
 その唇が、忙しく動いた。
「刻まれろ――ウインドセパレーター」
 手首を返し、杖の先はマリの身体を指していた。
 風が走り、マリは宙を舞った。首筋を冷たい何かにさわられた。
 気持ちいい、とさえマリは思った。
 そうして、一瞬の内に傷だらけになり、ステージの上に落下していくその途中で、カンナが杖を構えているのが見えた。
(魔法使い……だったんだ……)
 教えてくれたらよかったのに、と思った。
 そうしたら自分も、糸吐きなんだよ、って言えたのに。
 もっと違う場所で、違う時に、違う気持ちで。
 この秘密を、あなたに伝えたかった。
「燃え尽きろ――フレイムスネイクッ!」
 杖の先から炎の蛇がまっすぐ自分に向かってくる。
 そうしてマリの視界も意識も何もかも、真っ白になった。

 パチパチと火が爆ぜている。
 カンナはステージの上の火をぼんやりと眺めていた。全身濡れ鼠である。
 もう雨は上がっていた。いつの間にかクリスが側に立っている。
「どこいってたの……」
「おまえのことをずっと見ていたんだ。ナイフじゃ手伝いできないだろ」
「すぐ戻るって言ったのに。嘘吐き。クリスの嘘吐き」
「ごめんよ」と謝ったけれど、クリスは別のことを考えている顔つきをしていた。
「ねえ、私、正しいことをしたんだよね。クリスも見てたでしょ」
「……」
「マリはイレギュラーだったんだ。悪いやつだったんだ」
「やめろ」
「クリス……?」
「イレギュラーだから、殺さなきゃならなかったけど……」
 握り締められた拳の間から、血が滴っていたが、カンナにはそれすら目に入らなかった。
「悪いやつじゃ、なかった。おまえは悪くないけど、マリだって、悪いやつなんかじゃなかったんだ」
 そうして、太い息をついてクリスがひとまずの落ち着きを取り戻し、カンナを見て、青ざめた。
「おい、カンナ」
「何?」
「その鞄、どうした」
「え?」
 肩掛け鞄が、ざっくりと裂けて、中身はほとんど残っていなかった。
 どこかの角に引っ掛けたのか、あるいは完全に制御できていないカンナの魔術自らが傷つけたのか。
 クリスは二人が衝突した辺りに走っていった。
 そこにはカンナの持ち物が散乱していた。
 今、誰かが来たら、言い逃れができない。
 すべてが終わる。終わってしまう。今度こそ。
 絶叫したい気分を懸命に押し殺して、カンナの持ち物を拾っていく。
 筆箱、ノート、教科書、どれも馬鹿丁寧に名前が書いてある。
 新聞記事のスクラップ、双眼鏡、虫眼鏡、生徒手帳。
 あの焼死体を消してしまうことはできない。時間がないのだ。
 戦闘の音を聞いて、もう間もなく誰かが様子を見に来てもおかしくない。
 マリの断末魔は、耳に残って消えないほど、大きかったから。



<顎ノート>
このあたりから「あれ?これ…つまんなくね…?」と思い出した記憶があります。
特に冒頭の「どうやって書き出したらいーかわかんねーからちょっとカッコつけてみました!てへっ!」みたいな文章がマジ腹立つ。自分に。

正義の味方カンナを書くのが辛かったので、ヤンデレ化させたときはノリノリだった覚えが。
ヤンデレ楽しいけど精神的な弱点がたくさんあるから俺が書くには合わないかもですね。
どこか一本筋の通ったキチガイ書くのが楽しいみたい。

あと伏線張るのヘタすぎ。
後々で新聞記事のスクラップが再登場するんですけど、これももうちょっとさりげなく配置できなかったかなー。

ウィンドセパレーターの由来は新都のセパレート機能からだったりする。
格好つけてこんな名前考えちゃったカンナが痛い子って話だったんだけど単に俺が痛いだけだった。

       

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Neetsha